吸血鬼

裏切りと絶望と

 ●華雅女子学園?

 

 ハァ……ハァ……アアッ

 

 ―――何だろう

 

 アッ、アアッ……

 

 艶めかしい女の声だと気づいた舞は、うっすらと目を開けた。

 身体が動かない。

「?」

 状況から察するに、今、自分は裸にされている。

 しかも、どうやら両手両足を何かに固定されているようだ。

 最悪なことに、弛緩剤でも打たれたんだろう。

 身体に力が入らない。

 

「あら?お目覚め?」

 その声に振り向こうとするが、思うようにいかない。

 

「ふふっ。ぐっすりお眠りだったわね」

 白銀だ。

 ようやく、声のした方を向くことが出来た。

 

「!?」

 

 それは、信じられない光景だった。

 

 全裸の白銀が誰かと睦み合っている姿が、舞の目に飛び込んできたのだ。

 

 いくら武闘派とはいえ、舞も年頃の少女にすぎない。

 その光景は、舞には刺激が強すぎた。

 

「しっ、白銀?」

 

「うふふっ……ハァ……どう?この光景」

 相手に対して上位の姿勢で快楽を貪る白銀が、淫らな目で舞を見つめていた。

 

「きっ、貴様!気でも違ったか?」

「快楽は人間の基本。性欲こそ人間の、いえ?生命の最も根元。それを否定してはダメよ?―――何より」

 グイッ

 白銀は手近にあった鎖を引っ張った。

「きゃぁっ!」

 鎖は首輪につながっており、その余波で白銀の下にいた“相手”の上半身が起こされた。

「相手は“この子”なんですから」

 

「っ!」

 舞は驚愕の眼差しで白銀の“相手”を見た。

 目隠しをされ、両手を拘束されているが、それでも、それが誰かはわかる。

 それが、信じられなかった。

 

 

 白銀の相手は―――

 

 

 

 うららだ。

 

 

「うらら……?そんな、馬鹿な」

「そうよ?」白銀は勝ち誇ったように言った。

「この子の“初めて”は私が相手してあげた。私はこの子、この子は私のものよ?」

「ばっ、バカかお前っ!うららは女だぞ!?貴様だって女だろうがっ!」

「そうよ?」白銀は楽しそうに頷くと、腰を上げ、

「ひぐっ」うららが苦しそうに短く悲鳴を上げた。

 

 

 そして、それが、舞の視界に飛び込む。

 

 

「ひっ!?」

 

 あり得ない。

 あってはならない。

 これは、全ての摂理に反している。

 こんな、馬鹿なことは、あってはならない。

 

 ―――理性では、そう思う事が出来る。

 

 だが、目から入る情報は、それを否定していた。

 

「ほらぁ。立派でしょう?」

 白銀は、それを掴むと、愛おしそうに口づけした。

「ひんっ!」それがよほどの刺激なのか、うららがつやのある悲鳴を上げた。

「ふふっ。まぁ、いいわ?私もこれから学校があるし」

「ちっ、ちょっと待て!貴様、うららに何を!?」

「見ての通りよ」

 白銀は、うららの首輪につながった鎖を力任せに引きながら舞の元へとやってきた。

 

「あなたももう少しで、この子が欲しくてたまらなくなる」

「ばっ、バカを言え!うららを……うららを戻せっ!」

 普通だったら、舞は白銀を殺していたろう。

 だが、身体が思うように動かない。

 そのもどかしさが、うららを傷つけられることの悔しさとなって、舞の瞳から涙としてこぼれ落ちた。

 

「言ったでしょう?あなたも、もう少しでこの子が欲しくてたまらなくなるって」

 白銀は、うららを舞の前に立たせた。

「今のうららのようにね」

 とんっ

 白銀が背を押したのが合図だったのだろうか。

「う、うらら?」

「ハァ……ハァ……アアッ」

 うららが、驚愕する舞に襲いかかった。

 

「う、うららっ!や、止めてっ!」

 うららは舞の哀願が聞こえないのか、ひたすらに舞を嬲り続けた。

「お願いだから、正気に戻って!」

 

「―――無駄よ」その光景を冷ややかに見つめていた白銀が言った。

「うららは快楽だけを求める獣になっている。あなたはそのエサ―――生け贄なのよ」

 

 白銀は、舞を嬲るうららを楽しそうに見つめながら続けた。

 

「舞?あなた、初めてなんでしょう?よかったわね。慰み者でも、惚れた相手でさよなら出来て」

「し、白銀っ!た、頼むっ!頼むから、うららを止めてくれっ!」

「頼むから?止めてくれ?」

 ふんっ。

 鼻白んだ白銀が、見下した目で舞に言った。

「それが人にものを頼む態度?ふざけてるわよ?」

「―――おっ、お願いしますっ!私はどうなってもいい!だから、だからせめてうららだけは!」

 舞は矜持を捨てた。

 最愛の人を守るための矜持―――

 それを捨てることで、最愛の人を守れるなら。

 舞は心から願った。

 うららを助けたい。と。

 

「うららを……グスッ……お願いします……うららを、助けて……下さい」

 

 その舞の涙ながらの嘆願ですら、白銀にとっては楽しみでしかなかった。

「あっそ」

 歌うように頷くと、白銀はドアへ向かって歩き出した。

「じゃ、うららをまず満足させてあげて頂戴。それから考えてあげる」

「しっ、白銀ぇぇぇっ!!」

 

 白銀っ!戻れっ!

 うららっ!うららっ!や、止めて!

 お願いだから、それだけは止めて!

 

 ひっ……!!

 

 いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 

 舞の悲鳴を聞きながら、白銀はドアを閉じた。

 

 

 

 ●昼休み 華雅女子学園 生徒会室

 食事に向かう途中、水瀬は風紀委員から生徒会室へ出頭を求められた。

 風紀委員達の顔色からして、ただならぬことが起きたと判断した水瀬は、すぐに生徒会室に出頭し、生徒会長から説明を受けた。

「先輩達が登校していない?」

「正しくは、昨日の夜から寮に戻っていない」

 クリスはチュッパチャップスをくわえることもなく、真剣な、まっすぐな眼差しで水瀬を見つめたまま、そう答えた。

「何か、あったんですか?」

「あったから、二人は戻っていないし、我々も、こうしてお前を呼びだしたんだ」

「……はぁ」

「生徒会長権限で、捜査に必要な校内全域に渡る機材、人員の使用許可を与える。―――頼む」

「―――わかりました。とにかく、学園施設のカギを貸してください……あれ?」

 水瀬は、生徒会室に誰か一人足りない気がして、室内を見回した。

「どうした?」

「風紀の副委員長さんは?」

「あれはすでに、独自で捜査を続けている。そう、報告が入っている」

「誰かと行動を共に?」

「あれは、常に一匹狼だよ」

「一匹狼?」

「ああ。あれは校長の犬だ」

 

 

 

 ●昼休み 華雅女子学園 場所不明

「あらあら」

 その光景を見た白銀が、楽しそうに笑った。

「随分、お楽しみだったみたいね」

 

 白銀の目の前には、重なり合うようにして倒れる二人の女の姿があった。

 舞とうららだ。

 激しく暴れたんだろう。拘束された舞の両手両足首には血がこびりついていた。

「ふふっ……」

 

 なんと無様な姿だろう。

 

 白銀は舞の姿がうれしくて仕方なかった。

 周囲から羨望の眼差しで見つめられるその麗しき姿が、髪を乱し、体液に汚された、かくも浅ましい姿をさらしている。

 それが、うれしくて仕方ない。

 

 パンッ!!

 白銀の手が舞の頬を一閃した。

 

「っ……うっ……うぁ……」

 その痛みに、意識が未だに朦朧としている様子の舞が、弱々しく瞼を開けた。

「しろ……がね……」

「おめでとう。気持ちよかった?“クスリ”のおかげで、さぞや満足したでしょう?」

 侮蔑を笑顔に隠した白銀を虚ろな目で見つめながら、舞は哀願した。

「もう……十分……だろう?……うららを……うららを……」

「……そうね」

 白銀は、無造作に舞に覆い被さるように倒れていたうららの首輪を引っ張った。

 グイッ

「!?……あっ……あっ?」

 視界がふさがれているせいで何が起きたかわからない様子のうららの唇を、白銀の唇がこれ見よがしに塞ぐ。

「よくやったわね。うらら」

「……白銀さん?」

「そうよ?私の可愛いうらら」

 舞の焦点の合わない瞳を一瞥した白銀は、うららを抱きしめながらささやきかけた。

「えらいわよ?あとでたっぷりご褒美あげなくちゃね」

「お願いです……」

 うららの口から懇願が漏れた。

「この事は……この事は……舞さんには、舞さんにだけは……言わないでください」

「うふふっ。そうね」

 白銀は、うららを抱きかかえ、部屋を後にした。

「さぁ、うらら。シャワーで綺麗にしてあげるわ?」

「……お願いです。お願いですから……白銀さん……」

 舞は、そのやりとりをただ、ぼんやりと聞くだけ。

「……あっ……」

 舞の意識は、再び、暗闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 ●華雅女子学園 生徒会室

「校長の犬?」

「ああ。そうだ。白銀は校長の子飼いの犬だ」

 クリスは面白くもないという顔で言った。

「あいつは生徒会の自治なんざ興味がねぇ。あるのは、他人を支配することだけ。それが、校長に気に入られたのさ」

「それでよく生徒会に」

「風紀にも派閥がある」ようやく、クリスは引き出しから取り出したチュッパチャップスをくわえた。

「元々、風紀は白銀が一大派閥を形成していた。この頃はすごかったぞ?

 風紀上、どんな問題があっても、風紀に袖の下さえ通せば、たちどころに無罪放免。

 まぁ、先代生徒会長も一枚かんでいたから、生徒会もデカイことはいえねぇがな。

 ところが、ここに舞が加わったおかげで派閥は分裂。生徒会長もオレが追い出したから、白銀は副委員長にまで落ちぶれたのさ」

「荒れていたんですね?」

「金が全てっていう、このガッコの生徒達の価値観を具現化させただけともいう」

「理事長は、そういうのに反対されておいでだ。“金ではどうしようもないことだってある。それを教えるのも教育だ”ってな」

「ご立派」

「生徒会のスタッフとして業績だけは上げているが、あれは未だに過去の復活を狙っていやがる。つまり、舞が邪魔なのさ」

「―――白銀さんでしたね?」

「ああ。芹沢白銀。気をつけろ?親は警視庁刑事局長だ。下手に敵に回せば、学校での立場はともかく、本当の意味で社会的に立場を危うくするぞ?」

「だから、私に来たんじゃないですか?」

「……わかるか」クリスは申し訳ないという顔で水瀬を見た。

「水瀬家は元々、皇室絡みの家柄。警察なんて恐れはしません。……まぁ、それがいいかどうかは別ですけど。わかりました。私は私で探してみます」

「頼む。メシくれぇ、おごってやるからな!」

「はい」にこっとほほえむと、水瀬は生徒会室を後にした。

 

 

 

 

 ●華雅女子学園 場所不明

 

 白銀が何をしたのか、舞にはわからない。

 

 ただ、うららの様子があきらかにおかしくなったことだけはイヤでもわかる。

 

「さぁ。うらら?たまらなくなったでしょう?」

 そうささやかれるうららは、上気した顔に荒い息を吐いていた。

 舞の目の前には、うららを背後から抱きしめる白銀と、

「“これ”も繁殖期だから、あなたもガマンできないわよね」

 “それ”を白銀に玩ばれ、歓喜に満ちたつやのある声を上げるうららがいるだけだ。

 

 

 ―――イヤだ。

 

 ―――あんなの、もう耐えられない。

 

 学校で受ける注射を恐れる子供のように、舞は目の前の光景を震えながら見ていた。

 

 ―――あんなの、もう一度受けたら、死んじゃう。

 

「さぁ。うらら?」

 トンッ

 背を押されたうららが、ガマンできないと言う様子で舞に襲いかかった。

 

 舞の哀願も、悲鳴も、うららの行動に何の影響も及ぼさない。

 

 そして、

 

「痛っ!」

 腹部の鈍い痛みに、舞は悲鳴を上げた。

「ふふっ。よかったわね?舞。オンナにしてもらえて」

「くっ……ヒック……ヒック……」

 その痛みは、抵抗する意志も、白銀に噛みつく度胸も、すべてを舞から奪い去っていた。

「うらら?たっぷり愛してあげなさい?」

 

 それを合図にしたように、舞の地獄が始まった。

 

 どれほど時間が過ぎたころか。

 

「白銀さん……」うららが、弱々しく言った。

「お願いです。私……グスッ……私、どんな、どんなことでも耐えます。言うこと聞きます。だから、だから、こんなことしてるなんて……私がこんな変態だなんて……グスッ……舞さんには、舞さんにだけは、言わないでください。お願いします……」

 

 そう。

 うららは、この期に及んでもなお、舞には知られたくなかったのだ。

「うらら……」

 眼帯からこぼれるその涙が、舞をかろうじて精神の破滅から救っていた。

「あなた……」

 

「しょうがない娘ね。まぁ。眼帯に耳栓じゃ、感覚狂っちゃうものね」

 舌打ちした白銀が、眼帯の留め金に手を回した。

「まっ、まて白銀!それは!」

「そうよ?やっぱり、“相手”が誰か、知らなくちゃ」

「お、お前、うららを!」

 

「―――もちろん。大切よ?」

 

 白銀は、笑みを浮かべたまま答えた。

「だから傷つけるの」

 

 耳栓のついた眼帯が乱暴に外された。

 

「……あっ」

「うらら……」

 

 舞の目の前で、うららの泣き顔が凍り付いた。

 

 驚愕

 絶望

 

 あらゆる負の感情が、その顔に見て取れた。

 

「……いっ……」

 

 見られてはいけない。

 

 見られたくない。

 

 だから、

 

 だから私は、

 

 ここまで耐えてきた。

 

 どんな苦しみにも

 

 どんな陵辱にも

 

 それなのに……

 

 それなのに……!!

 

 

 

「いっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!」

 

 

 

 室内にうららの悲鳴が、絶望の絶叫が―――響き渡った。

 

 

 

 

「嘘つきぃっ!舞さんには、舞さんにだけは!見せないって、見せないって、約束してくれたのにぃぃぃっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

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