第16話 放送室(3)




〈でもそれが現実、ということかもしれません。誰でも目の前の悲惨な出来事より、自分には関係のない架空の悲劇の方に、心おきなく涙を流すものです。確かに……私は今回の集まりで皆さんと一緒に真実にたどり着ける可能性について、必ずしも期待を持ってはいませんでした。あなた方は皆、三人が消えた事件の証人であり、クラスメイトであり、でなければ重要な関係者です。しかし、私はこの学校が閉校になり、廃校になってからも、ほぼ毎日来てフェンスの外から校舎を眺めていましたが、その時あなた方を見かけたことは、ほとんどありません。皆さん……どうして来なかったのですか。どうして遠くから見るだけだったのですか? 怖かったからですか?   それとも、もうあなたのクラスメイトのことなんて、忘れましたか?〉

 テツさんが顔をしかめる。

「そんなはずないだろう。本当に忘れていたり、恐怖が勝っていたら、誰も今ここに来ていない。つらすぎて来ることができなかったとは考えないのか」

〈……さすが、客観的なご意見ですね〉

 本池美月は、淡々とそう言っただけだった。

〈つらすぎる……何の言い訳にも使えそうな、いい響きの言葉です。私は全部調べました。調べられるものは、何でも。新聞記事から無責任なネットの考察、ニセの古文書まで、およそこの事件に関連すると思われるものは全部調べました。つらさなんて感じる暇はありませんでした。私はおかしいのかもしれません。しかし私にとっては、あなた方も十分理解できない存在です。つらすぎると言いながら、あなた方は普通に学校に通い、友達と語らい、授業を受け、部活に精を出し、日々の生活を楽しんでいたのですから〉

「そんなわけないでしょ!」

 いきなり叫んだのは、意外にも茜だった。

「あたしのお姉ちゃんはあの事件の後、ずっとショックで入院してたんだよ。今も学校なんか行けてないよ。楽しんでるわけないじゃん!」

「ええ……そうですね」

 本池美月の声が、少し遠くを見るような響きに変わった。

〈彼女は違います。私は彼女を一度、校門の前で見たことがあります。彼女はパジャマ姿のまま、泣きながらフェンスをよじ登ろうとしていました。すぐに病院の人が来て、連れて帰っていきましたけど。……だから、私は彼女を今回の集まりからは除外しました。でも……あなたは違います〉

 再び本池美月の声が冷たいものを帯びる。

〈あなたは苦しむお姉さんのために何をしましたか? お姉さんが退院してからの、主たる介護の担い手はお母さんでした。お母さんはパートの仕事もやめて、一日中お姉さんに付き添いました。でもあなたは違う。学校から帰ってきても何もしなかった。時には帰ってすぐ、友達と一緒に遊びに出かけましたよね。なぜそんなことができるのですか? あなたもまた、私にとって理解できない存在です〉

「は……あ?」

 茜は目を見開き、声を震わせていた。こんな茜は初めて見た。

「あんた一体何様なの。一体何の権利があって、何でも知ってるみたいに、そんな偉そうな言い方できるの。家の中のことなんてあんたに分からないでしょ!」

〈ええ……ですから分かるようにしばらくの間、あなたの家には確認のため盗聴器を設置しました〉

 盗聴器?

 わたしだけでなく、全員がぎょっとして放送室のドアを見るのが分かる。

〈あなたは全く手伝いをしなかったわけではありませんが、すぐに『どうして自分がこんなことしなければならないの?』とか『わたしにも都合がある』と言って拒否していました。それどころかお母さんが買い物に行き、家の中にお姉さんと二人だけになると、『そんな病気のふりしても、分ってるんだからね。友達がいなくなったからって、同情を引こうと病気のふりして、学校にも行かないでお母さんを独り占めにするなんて、最低だよね』と、いつも言っていました。だから私はあなたが、この集まりに呼んだ他の人たちと同類だと……いえ、同罪だと判断することができたのです〉

 顔をこわばらせていた茜が、わっと泣き出す。

 本池美月がそれに動じた様子は全くなかった。

〈あなたたちは皆、同罪です〉

 彼女は言い放った。

〈つらすぎる? いいえ、あなた方はただ面倒になって、持て余して、放り出しただけです。三人は一番身近なあなたたちが、どんなに困難でも、どれだけ時間がかかっても、自分たちを探し出してくれるのを、ずっと待っていたのに〉

「俺は関係ないぞ!」

 横井修がフンと鼻を鳴らして怒鳴った。

「俺は全然身近じゃない。それに探し出すのは俺たちじゃなくて、大人の責任だろ。でなきゃおまえが探し出せばいいじゃないか。そうだよ、おまえが探せよ。俺たちはみんな見たんだぞ。消えた? 見つけてくれるのを待ってる? ウソつくな。あんな狭い隙間に吸い込まれた奴が、どうやって生きてるんだよ。死んだに決まってるだろ! 助けられるって言うなら、おまえがやれよ。どうやって助けるんだよ。言ってみろよ!」

〈あなた方三人が動画サイトに公開していたフジニ考察シリーズは、一応全部見ました〉

 本池美月の声は全く変わらなかった。

〈祟り説、猟奇殺人説、宇宙人説、どれも論ずるに値しない低レベルなものでしたが、一つだけ重要ポイントを取り上げていました。第三の消失事件の時、目撃者の難波涼音は、放課後は閉ざされていたはずの校門が開いていたと強く主張しています。しかし警察も学校も、これを認めていません。どちらが正しいのでしょうか。どちらかが嘘をついているのでしょうか。それとも……閉まっていた校門を故意に開けた、第三者がいたのでしょうか〉

 そこで本池美月は、私たちの反応を伺うように一度言葉を切った。

〈第三の消失者……藤田真由莉の最後の目撃者は確かに難波涼音ですが、実はこの事件では警察に事情聴取された児童が、他に三人います。佐々木梨歩、高塔萌音、白川詩です〉

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