第15話 放送室(2)
シャッターさえなければ、すぐ行ける放送室だが、外から回るとかなり遠い。保健室、理科室を過ぎるとようやく東西廊下に接する事務室になりその次が放送室だ。
ただし放送室には雑音を防ぐため、外向きの窓はない。その次の職員室とは室内のドアでつながっているので、職員室から入るのが、一番近い。
校舎の軒はそこそこの幅があるので、窓際を歩いていれば直接濡れることはなかったが、水煙のようなものがまとわりついてきて、すぐに服の外側が冷たく湿ってきた。
ふと考える。
本池美月はこんな暗い夜の雨の中、一人で放送室にいて怖くないのだろうか。それがレナなら、一人でさびしくないのか……
黙々と前を歩いていたユウキが、振り向いてわたしを見る。
「未央さん。僕ずっと考えてたんです。本池美月って、一体誰なんだろうって。僕ね……レナとは、父親が違うんですよ」
え……
よほど私が驚いた顔をしていたのか、ユウキは照れ笑いのような笑みを浮かべた。
「つまり、僕は母の再婚相手の子供ってことですよね。だから、僕とレナはすごく仲良かったけど、なんとなく分からないところもあって……今も両親はあんまり話してくれないし……。未央さん、本池美月の〈月〉って、英語でなんて言うと思います?」
「……ムーン?」
わたしが答えると、ユウキが少し笑って頷くのが、後ろからでも分かった。
「そうなんですけど。もう一つ、結構聞くのがあるじゃないですか」
もう一つ……?
ユウキの前を行く葵先輩が振り返ったが、わたしより前に答えを言う気はなさそうだった。葵先輩は、たまにイジワルな気がする。
「ルナ、だろ」
不機嫌な声であっさり答えたのは、わたしと茜の後ろを歩いていた横井修だった。
「お前らよくこんな時に、クイズごっこなんかやってられるな。さっさと校舎に入って放送室に乗り込み、その本池美月だかルナだか知らないが、そいつをぶっ飛ばして問い詰めるか人質にして、校門を開けさせ、とっとと逃げ出せばいい話だろ。それ以外に何か考える必要あるのか?」
「ま……その通りだね。ちょっと乱暴だが、こっちも命が掛かっているからね」
一番後ろを歩いていたテツさんが、意外にも横井修に賛同する。
そっか、ルナ。え……?
「さて……職員室だ」
葵先輩が言ったので、全員そちらに目を向けた。
「窓ガラスを割ったことが、実はないんだが……」
珍しく嫌そうな声でそう言う葵先輩の手には、大きめの石が握られている。そういえば移動してくる途中で、枯れ果てた花壇の縁に先輩が手を伸ばし、何か拾い上げていた。
気が進まない様子の葵先輩を見て、横井修が溜め息をつく。
「まさかそのまま手に持って、ガラスにぶつける気じゃないよな。血だらけになるぞ」
横井修は溜め息をつきながら上着代わりに羽織っていたアロハシャツを脱ぎ、葵先輩の横まで行った。
「貸せ」
偉そうにそう言いながら葵先輩が持っていた石を取り上げシャツに包み袖口で結ぶ。そのまま袖口の端を持って一歩下がり、ハンマー投げのように遠心力を使って窓ガラスに布に包んだ石を勢いよく当てた。
ガシャン!
あっけなく窓ガラスが割れた。
横井修がガラスの割れた部分から手を入れ、窓の鍵を開ける。それから職員室に入り別の窓を開けてくれたので、わたしたちはガラスを踏むこともなく、安全に職員室に入ることができた。家庭科室の照明を最初につけてくれたことといい、機転が利くのは確かなようだ。それに……多少は身勝手を反省したのかもしれない。あいかわらず口は悪いけど。
「で、放送室は?」
テツさんの問いに、葵先輩は職員室入り口近くの壁にある、もう一つのドアを指さした。
うっすらとドアの縁からオレンジ色の光が漏れている。
本当に本池美月が中にいるの?
私は何度も持った疑問を、この時も考えていた。放送室の中は一度覗いたことがあった。狭くて、薄暗い。雨音は聞こえるだろうが、外は見えない。そんなところに、本当にたった一人で長時間いられるの? まして何人も人が消えた、この校舎の中だ。わたしなら耐えられない。
ユウキの言うような期待をするのは、やはり間違っている気がしてきた。
やはり中には誰もいないのではないか。でなければ、全然別の……例えば声から想像するような十代の女の子ではない誰か。それはそれで恐ろしいけれど。
全員で顔を見合わせた。さすがの横井修もドアを蹴破る気はないらしく、眉をひそめたまま動かない。結局一番年上のテツさんが手を上げ、葵先輩に頷きかけてからゆっくりとドアに近づき、ノブに手を掛けようとした。
〈皆さんがこの学校の謎よりも、私の正体の方に関心を持っているのは、とても残念です。皆さん本当に、真実より探偵ごっこがお好きなのですね〉
いきなり職員室にも設置されているらしいスピーカーから、本池美月の声が流れた。
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