第14話 放送室(1)
最悪。最悪だった。
こんな酷い仕事を私にさせるなんて。
階段を駆け上がりながら、私は恐怖と混乱と、そして怒りで頭が爆発しそうだった。
ママの持ってくる仕事は、いつもそうだ。キモチ悪いオジサンたちがいっぱいいる集まりの幼女コンパニオンとか、素人撮影会の〈美少女〉モデル。たまに本当の役者らしい仕事かと思ったら、ただ泣き叫んで走るだけとか。
―仕方ないじゃない。あんたができる演技は、今のところ「泣き」だけなんだから。
ママは言うけど、別に私自身はそうまでして役者を続けたいわけじゃない。むしろやりたくない。普通に学校に通って、放課後はのんびり友達と遊んだり買い物したい。それを言うとママは、ママの夢を潰すつもりってわめくけど、ママの夢ならママが自分で叶えたらいいじゃない。
でもママは、今まで見たこともない金額のギャラに目がくらんで、また私の知らないところで、勝手に契約書にサインしてしまった。特に大きな仕事もしていない私に、こんな巨額のギャラを払うなんて、普通じゃない仕事に決まってる。それなのにママは有頂天で、ギャラを当てにして、勝手に新車まで買ってしまった!
最悪の仕事だった。
現実の殺人現場だなんて聞いていない。殺人じゃなくて失踪? 私にとっては同じことだ。しかも目の前でさらに次々自分と同じくらいの年齢の子が消えていく。
あれもみんな雇われた役者なの? 何かの手品で消えたように見せかけてるだけなの? あの信じられないくらい大勢の声も、バケモノも、そのバケモノに呑まれた女の子も、全部何かのトリックなの? 何か実験的な映像の撮影だから、脚本もなく、最初の行動の指示と設定だけでこんな舞台に放り出されたの? 目立たない女の子、という設定だったから、私は必死で目立たないように振舞った。でももう本当に帰りたい!
三階に着くと、一番年上らしいテツさんという人が追って来た。でもその人によると自分たちが襲われる確率は半々らしい。それなら一階を選んでも三階を選んでも同じじゃない? 三階は逃げ場がないというけど、一階だって私には同じとしか思えない。しばらくしたら、もう一人三階に来た女の子が、一緒にトイレに行っておこうと私を誘ってきた。
この子は私の中ではかなり印象が強い。教室で女の子が机に吸い込まれた時、隣に座っていた子だ。家庭科室でも、バケモノに巻き込まれた子が、この子に向かって何かを叫んでいた気がする。二人も知り合いが消えたのに、意外に今は平気そうに見えるから、やはり演技なのかも。
とにかく孤立したくないから、誘いには乗っておいた。絶対に自分から演技をしていると言うな、とは言われたけど、狭い女子トイレの中なら聞きやすいかもしれない。
あなたも役者なの……って。
―あなた、役者なの?
トイレを使った後、手を洗いながら尋ねた。白川詩というその子はプッと吹き出しただけだった。
―そんなわけないじゃん。別に美人でもないし。
役者に美人であることは必要ないが、確かに彼女の振舞い方は、演技とは思えなかった。自然なことと自然に見えるように演技することは、全然違うのだ。
彼女は少し疲れた様子でため息をつき、外を見たかったのか女子トイレの奥にある小窓に寄って行った。
―あたしはとにかくこの学校から、生きて出たいだけ。あたしだけでも、絶対。そして出られたら、もう全部忘れるの。
忘れる?
不思議だった。役者でないなら、なぜ彼女は……いや、他の子たちもこんな無惨な学校に再び集まったのだろう。手紙が来ても無視したらよかったのに。そもそもあたしを雇ったのは……誰? 二階の机をどかせ、という指示を最後に、イヤホンの声は途絶えている。
―なんか、寒いよね。やだ。この窓少し開いてるじゃん。
白川詩の声が聞こえた。その時あたしは、私の姉という設定になっている藤田真由莉に似せた太めの眉が消えそうになっていたので、急いで眉を書き足そうと手洗い場の鏡を覗き込んでいた。
―あの頃は気楽だったなあ。
彼女の呟きが聞こえた。
―みんな仲良しで、何も考えなくてよかった……あんな怖いこと、なんで係わっちゃったんだろう……ああ……楽しかったな…………
なんとなく彼女は泣いているような気がした。
そして彼女は、ふふっ、と笑った。
悲鳴の後、すぐに三階から階段を下りてくる足音がして、わたしたちはテツさんたちと再び合流した。
ただ、下りてきたのは三人だった。テツさんと藤田紗友莉、横井修。
白川詩がいない。
藤田紗友莉はテツさんに二の腕を支えられて、なんとか歩いていた。ガクガク震えていた。
「あたしは関係ない……」
わたしと目が合った途端、紗友莉は呟くように言った。
「あたしがやったんじゃない。何もしてない!」
「分かってるよ。そんなことは分ってるから」
テツさんがなだめるように言う。
白川詩が消えたことを、テツさんが説明した。消えた瞬間そのものは近くにいた藤田紗友莉も、背を向けていて見ていなかったという。三階に最初に向かった横井修は、ずっと窓の外に目を向けていて、わたしたちの方は一度も見なかった。
放送室に向かうことは、葵先輩が説明した。テツさんは同意したが、他の二人は黙ったままだ。藤田紗友莉は返事ができる状態ではない。
「横井君はそれでいいかい?」
葵先輩が尋ねると、ようやく横井修は窓から目を離し、面倒そうに溜め息をついた。
「とにかく行くなら早く行こうぜ」
今度は同行するようだった。葵先輩が頷き、先輩を先頭にわたしたちは全員夜の雨の中に踏み出した。
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