第11話 階段下(1)
地味な子の気持ちって、どうせ分からないよね。
どうせ分からないって最初から決めつけてしまうところが、また地味なんだけど。
地味な子って、いつも集団の中で同じように地味な子を探している。探し当ててほっとする。ああ良かった、自分だけじゃないんだって。しかも地味な子どうしでランク付けまでする。あの子よりは自分の方がまし、とか。
お姉ちゃんもそんな人だった。
親戚も近所の人もみんな、そっくりだね、と言うくらい似ている姉妹なのに、あたしはあんたよりはまし、といつも言ってくる。その理由は、お姉ちゃんには親友がいるから、だそうだ。
―茜には親友っていないでしょ。あたしはいるよ。同じ組のマユリ。いつも一緒だし、今日もこれからマユリの家に遊びに行くんだ。マユリは犬を飼ってるんだよ。ミニチュアダックスフンド。すっごくカワイイ。一緒に撫でたりできるから、超楽しみ。あ、あんたは一緒に来ないでね。あんたみたいな地味な子が行ったら、マユリが困るから。それにマユリはあたしの分のお菓子しか用意してないと思う。ね、こんな親友あんたにはいないでしょ。残念だったね。
マユリという子は学校で何度か見たが、地味ではないが大人しい子だ。地味だけどちょっと気の強いお姉ちゃんにとって、ノーと言えそうにない彼女は、友達になれそうな格好のターゲットだったに違いない。
ただ、犬まで飼っているのは確かにうらやましい。あたしも撫でたかったのに……
もちろんあたしにも友達はいる。と言うより、女子はクラスのどこかのグループに入ってないと……特にあたしみたいな地味な子は、誰も口をきいてくれる人なんていなくなる。今だって他の組の子にはたまに、「あの子誰だっけ。あんな子いた?」と言われることがあるくらいなのだ。だからあたしは、グループに居続けるために、時には賛成したくないことも賛成したり、他のグループの子を無視しようと言われた時だって従って、すごくたくさん気を遣ってきた。それでもあたしがグループの中でその他大勢に過ぎないことは、よく分かっている。
我ながら地味で、そしてひどい人生。
でも、あの事件の後ずっと入院していたお姉ちゃんが退院してからは、もっと酷い毎日になった。
それまで少なくとも家の中では、あたしもお姉ちゃんも平等に接してもらえた。でも退院してきたお姉ちゃんは昼も夜も意味不明の言葉を呟き続けるし、日常的なことも一人で出来なくなって、お母さんはお姉ちゃんに付きっきり。確かにお姉ちゃんは可哀そうだけど、あたしだってお母さんに聞いてほしいことや相談したいこと、たくさんあるのに。
もうどこにも逃げ場がなくて、疲れる。
あたしがいなくなっても、きっと誰も気づかないんじゃないかな……
中一で初めて同じ組になった萩原未央は、前から薄々分かっていたけど、変わった子だ。クラスの全員に気を遣い、全員と平等に話そうとする。こんな優等生みたいな子、すぐいじめにあうと思ったのに、実際には図書委員になったり、部活の陸上でも個人競技のせいか、特に問題なく楽しそうに練習に参加しているようだ。
なんか、ズルい。
そしてこの誰にでも平等な未央でさえ、あの場にもう一人、藤田紗友莉がいたことには気づかなかった。気づいたのはあたしと、もう一人。やはりおとなしそうな愛内勇希だけだ。未央は結局、気づかない方の人間なのだ。
それでもあたしはこの恐怖の中にいる限り、未央と一緒にいるだろう。だって一人は……怖いもの。
未央はレナに声を掛けなかったことを周囲から責められ、未央自身もずっと後悔しているようだった。だから参加したのだろう。でもあたしが参加したのは、お姉ちゃんのためじゃない。
あたしが参加してみようと思ったのは、ただ届いたあの赤い封筒の宛名が、グループ宛でもなく、誰かの名前の添え物でもなく、あたしの名前だけだったから。
誰も気づいてくれないあたしを、名指ししてくれたから……
雨が、再び降り始めていた。風も出て来たらしく、出入り口の戸のガラス部分を、時おり雨粒がパタパタと叩く。
わたしたちは真新しいスピーカーを見上げたまま息を詰めた。
〈ここでは気の毒にも、転校初日の四年生の男子児童、平田翔さんが消失しました。でもその状況については私よりも、今日も参加しているはずの最終目撃者、真嶋葵さんの方が詳しいかもしれません〉
スピーカーを見つめたまま、葵先輩がほんの少し目を細くした。
〈しかし一応説明しましょう。当時この階段下は、すぐ校庭に出られるため、運動会用の道具が積み上げられていました。ダンスに使う花柄の輪や玉入れの籠に順位ごとに立てる旗。カラフルな道具類に、転校初日の平田翔が興味を引かれて、覗き込んだ可能性は十分にあります。しかし普通、運動会の道具を覗き込んだくらいで声を立てて笑う人はいません。ですが、最後の目撃者である葵さんによれば、彼は楽しそうにずっと笑っていたそうです。……確かに変ですよね。それに葵さんは最初の消失者―愛内レナがいなくなった状況を知らなかったのでしょうか。いいえ、優秀な彼なら絶対に知っていたはずです。知っていたのに、変だと思ったのに、声を掛けなかった。愛内レナの場合も同じです。最後の目撃者である萩原未央さんは、戸棚を覗いて笑うレナを見て、明らかに変だと思ったと、警察の聴取で言っています。でも、声を掛けなかった……〉
話の軸が、少し変わってきている気がした。
教室ではもっと客観的に説明していた。例えそれが、2年5組にわたしたちを留め置くためのものだとしても。しかし今は、明らかにわたしや葵先輩を遠回しに非難しようとしている気がする。しかしそれが分かっても、わたしも、たぶん葵先輩も、本池美月の声から耳を塞ぐことができなかった。
事実だったからだ。
〈なぜ声を掛けなかったのでしょうか。一つのポイントは「笑い」です。古来、笑いは人を引きつけるものとされてきました。天の岩戸に籠った天照大御神が、外から楽しそうな笑いが聞こえるので、気になってつい岩戸を開けてしまった、というのは有名な話です。確かにクラスの誰かが笑っていたら、何がおかしいのだろうと気になりますよね〉
ふっと本池美月の声が途切れた。すぐにまた話し始めた彼女の声は、少し変化した気がした。それまで淡々としていた声がわずかに感情を挟むような……暗い雨のような冷たさを帯びるような。
〈でも……笑う理由が分からなかったときはどうでしょう。理由が何も見当たらないのに誰かがずっと笑っていたら、それは人を引き付けるどころか、むしろ気味が悪いと思わせるだけでしょう。そう、二人は……萩原未央と真嶋葵は、急いでいたからではなく、まあいいやと思ったからではなく、気味が悪かったから声を掛けなかったのではないでしょうか〉
違う!
わたしは叫びそうになったが、会話はできないことを思い出して、言葉を呑み込んだ。
気味悪いなんて全く思っていなかった。どうしたの、なぜ笑ってるの、一緒に帰ろう、と声を掛けたかった。でも、本当に急いでいたから……
急いでいたから……?
誰ニモ声ヲ掛ケテハ、イケナイヨ。サア、早ク帰リナサイ。
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