第17話 タケが元に戻った件



 次の日のことだった。


「おい! なんで俺の彼女に手を出してるんだよ!」


 同期の男社員、熊谷がタケにつっかかった。


「はあ?」


「昨日見たんだよ。おまえがなつみの家に入っていくところを!」


 タケはなつみが熊谷と付き合っていた事実に驚いた。


「いや、僕はなにもしてないよ」


 タケは言うが、熊谷は耳を貸さなかった。


「いいか、覚えておけよ」


 熊谷は吐き捨てて、去った。


 タケはため息をついた。面倒なことになったと思った。


§


 タケが西村の家に上がり込んだ噂はすぐに社内に広まった。その噂はなぜかタケが悪く吹聴されていた。しかし、タケが弁明することはなかった。きっと僕が何を言おうと聞く耳を持たないだろうと諦めていた。


「竹内、ちょっといいか?」


 タケは上司に呼び出された。


「なんですか?」


 タケと上司は応接間のどこか座りづらい皮のソファーに腰掛けた。上司がコーヒーを2人分持ってきた。


「西村の退職の件だけど。おまえ、なにか知ってるか?」


 彼女の退職はタケには寝耳に水だった。


「他の連中は退職の原因はおまえだって言ってるけど……」


 上司は言いながら、タケの表情をうかがった。


(……おおかた、熊谷が上司に僕を悪者にして報告したのだろう)


「いいえ、僕はなにも知らないです」


 タケが言うと、上司は、


「やっぱりそうだよなぁ……」


 そう言って、ため息をついてから、コーヒーを飲んだ。その反応をタケは意外に思った。


(なんだ。僕が詰問されるのかと思っていたけど……)


「おまえがそんなことするような人間とは思えないんだよ」


「そんなことって?」


「いや、おまえが西村の家に押しかけてレイプしたって話しだよ」


 タケはあまりの尾鰭のつき方に驚いた。


「それ、誰が話していたんですか?」


「それはプライバシー保護の観点から答えられない。まあ、それはそれとして……」


 上司は話題を変えた。


「おまえももっと遊んだらどうだ?」


「えっ?」


「タケ。おまえは同期と飲みに行ったりしないだろ? まあ一匹狼が悪いことではないけど……周りの連中はおまえのこと、仕事ロボットだって呼んで気味悪がってるぜ」


「仕事ロボット……ですか」


(……だって仕事をしなければ、誰にも認めてもらえないのに)


「……すまないが、俺も正直、おまえは強迫的に働きすぎて気味が悪いと思う」


「えっ?」


 上司の一言がタケの心に止めを刺した。


「……それにさ、その同期の連中がおまえに仕事を押し付けて、おまえの成果を自分の成果として報告していたこともあったよ。流石にそれは叱ったけど」


 言われて、タケは思い当たる節がたくさんあった。


(……もしかして、僕はただ利用されていただけだったのか?)


「……タケ? どうした?」


「あっ、いえ……」



 しばらくしてタケは体調を崩して、会社を休んだ。上司の勧めで心療内科を受診すると、鬱病だと診断された。タケの中で全てが終わった瞬間だった。


 会社を休職中のある日、タケは公園のベンチに座っていた。彼は仕事を辞めるかどうか考える気力すらなかった。

 医者に勧められて散歩を始めるが、どこに行けばいいかわからず、結局、近所の公園のベンチに座った。


 タケの隣に人が座った。


「今日は天気がいいですね」


 隣の人がタケに話しかけてきた。


「……………」


 タケは応えなかった。


「あなたは心を病んで、会社を辞めようとしている。そうでしょ?」


「……………」


「今、この世の中は正常に機能していない。正直者がバカを見る世界だ。真面目な奴はどんどん搾取されてゆく……」


「……………」


「……そんな腐った世界をあなたが変えるのよ」


 その人は名刺をタケに渡した。見てみると、keidanrenと書かれてあった。


「腐ったみかんが元に戻らないように、世界も正常に戻るわけがない」


 タケは名刺を返そうとするが、彼女は無視して、


「世界を変えるには、まず自分から変わらないといけない」


「……これをつければ、あなたは生まれ変わる」


 彼女は腕輪をタケの手に握らせた。


?」←黒点


「そう、あなたはもう一度。聖騎士となって、この腐った世界を断罪するのよ」


? ?」←黒点


「そうよ。もし、あなたがそう望むならね……


§


「田村に何がわかるんだよ!? 誰かにすがらないと、自分が何をしていいかわからなくなるこの気持ちがわかるかよ!?」


 アルカディアは叫びながら、俺に切り掛かってきた。


「お前の気持ちなんてわからないね!! だけど、少なくとも、おまえは自分自身を騙している事はわかるよ!!」


 俺はアルカディアの剣をいなして、彼の腕輪めがけて、剣を振るうと、プラスチックが欠けたような手応えがあった。一瞬、はじめが「やめて!」と叫ぶが、叫んだだけではどうにもならない。アルカディアは地面に倒れて、苦悩に苦しみ喘いだ。


 アルカディアは次第に落ち着いてきて、再び立ち上がり、仮面を脱ぎ捨てた。さっきの様子とは違い、雰囲気が昔のタケに戻っていた。


(やっぱり。あの腕輪がタケをマインドコントロールしていたのか……)


「んん? 心が軽いぞ。だけど、僕にはやるべきことがあったはずなのに……」


「やるべきことなんてないよ」


 俺が言うと、タケは、


「たーちゃん!? どうしてこんなとこに!? ……いや、さっきまでおまえと戦っていたな」


 彼は混乱していた。しばらく無言ののちに、彼は自分の行いを恥じた。


「……僕は間違えていた」


 タケは呟いた。


「僕は何者かになれると思って、意地を張って『ムーンショット』という意味のわからない計画に固執していた。だけど、僕は何者かになりたかったわけではない。本当は僕は自分らしく、自分の思うように生きてみたかったんだ。ただ、それだけなんだ」


 タケは俺を見た。


「たーちゃん。迷惑をかけたな。謝るよ」


 タケは頭を下げた。


「……僕は間違っていたかい?」


「いや、自分の間違いを認められたら、それは間違いじゃなくなる。だから、今、タケは正しい選択をしたんだ。それだけのことさ」


 俺はタケの肩を叩くと、彼は一粒だけ涙をこぼした。


「おい、おまえがタケを洗脳していたのか?」


 俺が剣をはじめに突きつけると、彼女は逃げ出した。


「チッ。アイツは後で懲らしめてやる」


「それより、僕たちはこれからどうしよう?」


「とりあえず、タケを洗脳したkeidanrenを叩き潰す。この先にある王者の印を手に入れて、それを願うんだ。お前のいいように洗脳した連中を俺は許さない」


 俺が言うと、タケは頷いた。


 俺とタケはダンジョンの奥へ進んだ。

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