第16話 再びアルカディアと対峙した件


 俺たちがダンジョンに着いた頃、タケはすでに下層へ潜り込んでいた。


 ハチを一瞬可愛がった後、急いでダンジョンを進むが、再びリスポーンした道中のモンスターが鬱陶しい。


 慌てて、無限廻廊まで辿り着くが、100体のモンスターを相手にしている間に、タケは王者の印を手に入れてしまう。


「勇次郎、ここは私たちに任せて!」


「はっ? おまえひとりでなんとかできるわけないだろう?」


「大丈夫。あざみちゃんがいるから」


 すみれが言うと、あざみは頷いた。


「勇次郎さん! 先に行って、兄を止めてください!」


「でも……」


「でも、じゃない! このままだと日本中がブラック企業に染められてしまう! 今のおかしくなったタケを止めるのは勇次郎しかいないよ!」


 俺はすみれの切実な表情に絆された。


「……すまん、後で絶対に助けに来るから!」


 俺は最下層へ駆け出した。



 ダンジョンの最下層は、今までとは毛色が違って、洞窟の中なのに明るく、ところどころ水が湧き出ていて、苔が生えていた。


 俺はタケとはじめの後ろ姿を見つけて、叫んだ。


「タケぇ!! ちょっと待てぇ!!」


 タケとはじめは俺の声を聞いて、振り返った。


「おまえの野望は俺が止める!!」


 聞いたタケは不敵に笑った。


「……この期に及んで、まだ僕に楯突くかぁ田村ァ!」


 彼は余裕のある声色で言った。


「当たり前だろ! 日本中をブラック企業に染めるって無茶苦茶じゃないか!」


「僕は全国民の魂の解放を望んでいるのだよ。そのための『ムーンショット』だ。もちろん僕自身の魂も、解放を望んでいる」


「……どうしたんだよタケ? おまえ、高校を卒業してから何があったんだよ? 俺は今のお前が何を言っているのかわからないよ」


 俺が言うと、アルカディアは一瞬、困惑した表情をした。


「……タケ、あんな奴の言葉に耳を貸してはいけないわ」


 はじめがアルカディアの耳元で囁いた。


「わかってる。田村はもともと話のわからない奴なんだよ」


「おい! 何をごちゃごちゃ話しているんだよ!?」


「黙れ田村ァ! この僕を再び止めようとするのなら、もう一度、絶望と孤独の深淵に叩き落としてやる!」


「俺は孤独じゃない! すみれが居るからな! アイツは俺の絶望まで一緒に背負い込んでくれるはずだ!」


「なっ……お前、まさか」


「俺はすみれと一緒に暮らしてる。その中で、アイツが教えてくれたことが沢山あった。アイツは俺から孤独を追い払ってくれる。俺に明日を生き延びる活力を与えてくれるんだ!」


 俺が言うと、タケは鬼の形相になった。


「アルカディア、落ち着いて。あなたの野望を叶えれば、全てが手に入るわ」


 怒りに震えるアルカディアを、はじめはなだめた。


「……まあ、いい。僕はおまえを絶対に殺す! さぁ、俳句を詠め! 古来より日本は辞世の句を読む文化があるからな!」


「辞世の句を、誰が詠むかよ、バカ野郎!」


「おまえの人生はここで終わりだぁ! 僕が必ず約束の地へと送り届けてやる!!」


 アルカディアは剣を鞘から抜いて構えた。


「上等だ、タコ野郎!! なんで死刑執行人が黒い服を着ているか知っているか? それはなぁ! 今日がおまえの葬式で、喪に服すためなんだよぉ!!」


 俺は剣をアルカディアに向けた。


 張り詰めた緊張の中、俺は不思議と落ち着いていた。


 先にアルカディアが動いて、切り掛かってきた。


 俺は剣を受け止めると、金属音が耳をつんざいた。しかし、アルカディアに以前のような力強さを感じなかった。


「はははッ。スピードでは僕に勝てないようだね」


「……俺はもう誰にも負けない」


 俺はアルカディアの剣を弾き返した。


「なっ。力が上がってるだと!」


 アルカディアは驚いた。俺はその力がどこから湧いてくるのか、自分でもわからなかった。ただ、心の中に暖かいものを感じていた。


 俺がアルカディアに切り掛かるのを合図に、斬り合いが始めった。お互いに一歩も引くことなく、剣を振り続けた。次第に、アルカディアは俺のパワーに押され始めてきた。


「オラオラァ!」


 俺は手数でもアルカディアに圧倒しはじめた。隙をついて、剣を弾き飛ばすと、アルカディアは腕を庇うような仕草をした。


「アルカディア! 速く剣を拾いなさい!」


 はじめが叫んだ。


(……まさか、その腕輪がタケをおかしくしているのか?)


 アルカディアは剣を拾って、体勢を立て直した。


「まさか、この僕が追い詰められるとはね。だけど、僕は僕の信念があるんだ。負けないよ」


「お前のいう信念は誰かに洗脳された偽物の信念だ! それはお前自身のものとは言えない! そうだろ!?」


「黙れ! 僕には、やらなくちゃいけない使命があるのだよ!」


 アルカディアはそう言って、ブレそうになった自分自身を納得させた……


§


 ―2年前―


「今日から働かせてもらう竹内和馬です。よろしくお願いします」


 タケは丁寧に頭を下げた。


「よろしく。じゃあ、さっそくだけど……


 タケは高校を卒業後、先輩のツテで大手商社に入社した。彼の仕事に対する姿勢は好評で、社会人デビューは順調な滑り出しだった。彼の働きぶりがよく、直属の上司に好かれていた。


 ………………………


「竹内さんてどこの大学に行ってたんですか?」


 同期の女子社員が休憩中に話しかけてきた。彼女はすみれに似ていた。彼女は西村なつみと言った。


「いや、僕は大学に行ってないんだ。先輩の紹介でここに入れてもらったんだよ」


「すごいじゃないですか。上司のみんなが竹内さんのテスト結果を褒めていましたよ。きっとその先輩も鼻が高いと思いますよ」


「そんなことないよ。でも、コネで入ったから、みんなより人一倍頑張らなくちゃいけないんだ……


 タケは本当のところ、大学へ進学したかったが、家は貧乏で、進学する金がなかった。したがって、必然的に学歴にコンプレックスを抱いていたが、高校OBのツテで大手企業に入社できたという事実で、そのコンプレックスを埋め合わせていた。


 しかし、同期の連中は高卒であるタケを下に見ていた。そのことをタケは薄々勘付いていたが、見てみぬふりをしていた。



「竹内、おまえはさっそく一人立ちして、担当をもってもらうからよろしく」


 上司はさっそくタケに重い責任の仕事を任せた。それは新人にとっては異例のスピードだった。タケのほうといえば正直、気乗りしなかったが、断ると、他の同期と差をつけられないために、引き受けた。

 タケはこの苦境を乗り越えるために、逃げ出したくなる自分を壊した。それと同時に、大切にしていた何かも壊れた気がした。


 タケは他の同期より長く残業をするようになった。タケはいつも遅い時間まで働いていた。さらに彼は他の同期連中の仕事を引き受けるようになった。その理由は単純に、彼らの仕事を取ることで、自分がさらに成長できるからだ。それに、そうすれば、そいつらは一生仕事ができないままだ。


(アイツらは俺が残業している間に、飲み会でもしているのだろう。ここで差をつけてやる……)


 タケはがむしゃらに働いた。そのことを上司は評価してくれた。タケはその上司のことを尊敬しているから、なおのこと嬉しかった。しかし、彼はそのモチベーションが日々変化してゆくことに気づかなかった。


(……今の仕事をこなせなかったら、コネで入ったことをバカにされるし、先輩の顔をつぶすことになってしまう)


 タケは時々、現実逃避ですみれのことを思い出すようになった。


(すーちゃんは何してるんだろう?)


 タケはすみれのことが好きだった。だけど、想いを伝えるのが怖くて、好きだと言えないままだった。ラインのやり取りをすることすら怖くて、メッセージを送ることができなかった。



「竹内君、飲みに行かない?」


 タケはなつみに誘われた。彼は内心、他の同期連中がどんな奴なのか気になっていたので、断るつもりはなかった。


「いいよ。他の人も来るの?」


「うーん。後で来るかも……」


「そう」


 タケは彼女に誘われるままに居酒屋へと入った。


 結局、他の同期が来ることはなく、なつみとサシで飲んでいた。


(……ということは、そういうことなんだろうな)


「私ってさ、全然仕事が出来ないんだ……大学でも成績が良くなくって……ゼミでもお荷物で……


 話は主に彼女自身の話だった。


 タケは彼女の弱い側面を見て新鮮に感じた。タケは彼女のことを励まし続けた。彼女は酒に弱いらしく、かなり酔っていた。


「ねえ。私の家で飲み直さない?」


 タケは誘いを断ることができずに、彼女の家に上がり込んだ。しかし、なつみは家に上がるなりデロデロに酔っていてすぐに眠ってしまった。


(……こんな情況で手を出すのはフェアじゃないよな。それに、彼女に対して失礼だ)


 タケは彼女をベッドに移して、家に帰った。


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