第13話 アルカディアと対峙した件



 俺とすみれとあざみはアルカディアに会うためにダンジョンへ潜り込んだ。


 今までみたいにダンジョン攻略のパイオニアとしてのプレッシャーや高揚感は無く、アルカディアがどんなヤツなのか、その正体が気になって仕方なかった。


「アルカディアはどこまで進んでるんだろうね?」


 すみれが訊ねてきた。


「おそらく、ラスボスの手前まで進んでるだろうな。先日の動画を見る限り、無限廻廊までクリアしていた。その次は王者の印を守っているラスボスが居る終末の層へ向かうルート上にいるはずだ」


「じゃあ、アルカディアは彼自身の願い事を叶える手前まで来ているということですね」


 あざみが言った。


「うん。ソイツの願いはなんなのか知らないし、どうでもいいけど、私たちの商売敵しょうばいがたきだし、私たちとアルカディアが対峙した動画をあげたら、再生数も爆上がりでしょ」


 すみれは言った。


(アルカディアは俺の作った黒歴史を間違いなく知っている。そいつがダンジョンを突き進む目的を確かめなくてはならない……)


§


 ダンジョン最下層手前で、撮影中の二人組が見えた。片方は白い甲冑を着ていた。アルカディアで間違いないと思い、声をかけた。


「すみません、アルカディアさんですか?」


 俺の声を聞いた二人は同時に振り返った。


「そうですけど、何か用かしら?」


 はじめは動画の撮影を邪魔されて、少しイラついている様子だった。


 アルカディアは俺たちの姿を認めて、はじめを押し除けて、俺の正面に立った。


「……たーちゃん。いや、田村。久しぶりだね」


 突然の懐かしい声に驚いた。アルカディアがつけていた仮面を外すと、タケだった。あまりにも唐突で、言葉が出てこない。


「お兄ちゃん!? こんなところに居たの!?」


 あざみは叫ぶが、タケは彼女をチラと見やっただけだった。


「タケ……こんなところで何してるの?」


 すみれが言うと、タケは、


「おお、すーちゃんじゃないか。中学以来だね。大人になって綺麗になった」


(……タケってこんなこと言うやつだったっけ?)


「……ありがと」


 すみれは素っ気なく言った。


(コイツ、なんでタケなんかにお礼を言うんだよ)


 俺は思ったが口に出さなかった。


「僕は世界を変えるために、ここにいるんだよ」


 タケは不気味に笑った。


「……タケ、中二病拗らせているんだよ? せめて家に連絡ぐらい入れようぜ? おまえの妹もかーちゃんも心配してる」


 俺の言葉をタケは無視して、懐から『裏・死海文書―約束された場所で―』のコピーを取り出した。


「おまっ、それは……」


「この先にいる終末龍を倒して、王者の印を手に入れれば、夢を叶えることができるんだろう?」


(コイツッ、俺の黒歴史を知ってるだとッッ!?)


「……その設定をどこで知ったんだ?」


「小学校時代、秘密基地でこっそり拝借しだんだよ。君はこのノートをなかなか見せてくれなかったから、こっそりコピーをとって読ませてもらってたんだ。実に面白い物語じゃないか」


 流石に自分の黒歴史を他人が所有しているものはいい気分じゃなかった。


「おい、それはおまえが触れていいものじゃない。返せ」


「俺は王者の印を手に入れて、人類を―約束された場所―へと導く」


「使命?」


「そう。全国民の悲願である『ムーンショット』をなんとしても達成しなくてはならないのだ」


「ムーンショット?」


「そう。語源はアメリカのアポロ計画だ……


 ――ムーンショットとは、月面着陸を目指した第35代アメリカ大統領のJ.F.ケネディ氏のアポロ計画のように、壮大で非常に困難が伴うが前人未到で可能性に満ちた計画を指し示す。

 

 ここで言うムーンショットとは、


 我が日本政府は2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現することを掲げた。それがムーンショットだ。それを実現するためには国力と金が必要だ。それを実現するためには、日本国民のGDPを現在の1000倍に増やし、中国、アメリカを追い抜き、世界の覇権を掴むのだ。


「……しかし、現代の日本は少子化が進み、国力が失われつつある。だから、この僕がこのムーンショットを実現するために、日々奔走しているのだよ」


「ムーンショットって、そんな無茶苦茶な計画が実現できるわけないだろ! だいいち、GDPを1000倍だなんて……」


 その計画は俺の理解を超えていた。


「簡単な話だよ。GDPを1000倍にするには現役世代の国民が1000倍働けばいい」


「なっ!? そんなことになれば、日本の企業全てがブラック企業になってしまう」


「そう、全てブラック企業になってしまえばいいのだよ。今の現役世代が死ぬほど働けば、ムーンショットが実現できる。田村。君は想像したことがあるかい? 全ての人々が幸せな笑顔を浮かべていることを、全ての人々が労働という制約から解放されて、ありのままに生きることができる世界を……しかし、現代人は疲れ切った顔で、会社に行って、ケチな労働をして、うらぶれた居酒屋で安酒を飲んでいるのだ。そんなクソみたいな人生から解放されるための計画の全ては、このダンジョンからはじまるのだよ。田村」


 タケは毅然と言ってのけた。


 俺はやれやれと首を横に振る。


(俺も大概中二病だけど、タケは俺よりひどいじゃないか。この歳になって恥ずかしくないのか?)


「わけわかんねえこと言ってるんじゃねえよ。はやくそのノートを返せよ」


「取れるもんなら、取ってみな」


 タケは鼻で笑った。


(この野郎……)


 俺はタケの意表を突いて、ノートを奪おうとしたが、俺の手は宙を握りしめていた。


 何度もノートを手に取ろうとするが、全て躱された。


(クソッ、なんて速さだ……)


「ノートを渡すわけがないだろう」


「渡すもクソもねえ。それは俺の妄想ものだ!」


 俺が吠えると、タケはわらった。


「たーちゃんはいつもそうだった。勉強もスポーツも僕に勝てたことがなかったね。今もそうだ。君はそこで負け続けろ。負け続けて、それを他人のせいにして生きていけばいい」


(この野郎……こんなに性格が悪いヤツだったか?)


 タケは俺に背中を向けて去ろうとした。


「ちょっと待てよ!!!」


 俺は剣を取り出した。タケはしばらく俺を見つめてから、


「……フフッ面白い、相手してやるよ!!」


 そう言って、剣を取り出した。


 死刑執行人と聖騎士が対峙する。垂らした釣り糸が張り詰めたような緊張の一瞬の後、白と黒はぶつかり火花を散らして、離れた。


「……どうしてだ?」


 俺は激烈な痛みで倒れた。


「「勇次郎!」さん!」


 2人が駆け寄ってきて、俺を助け起こした。


「†断罪終了、彼をカナンに導きたまえ†……安心しろ。死なない程度に加減はしてある」


 そう言って、タケは剣を納めた。

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