第12話 ムーンショット



 アルカディアが使う剣捌きは洗礼されている。はじめはカメラ越しにそう思った。あの死刑執行人の粗暴で力任せに振るうような攻撃よりも、こっちの方が動画映えすると思った。


 ここはダンジョンの中でも難関で、モンスターが連続で100体出てくる無限廻廊と呼ばれている層を、アルカディアは涼しげに全てを薙ぎ倒した。


「お疲れ様。撮れ高もバッチリよ」


 はじめはアルカディアに声をかけた。


「……そうか」


 アルカディアは仮面をとって、汗を拭った。


「アルカディアは王者の印を手に入れたら、何を願うのかしら?」


「……それは君がよく知っているだろう」


「もちろん『ムーン・ショット計画』に沿った願いを叶えてもらわなくちゃいけないけど、私は、あなたの個人的な願い事を聞いているの」


「僕の個人的な願いか……」


 アルカディアはすみれの顔を思い浮かべた。


「……別に、個人的な話をする間柄でもないだろう」


「相変わらず、冷たいんだから」


「……君は僕が何かあった時のkeidanrenの保険だろう? 気づいてないとでも思っていたのか?」


 タケは手首につけているブレスレットをいじりながら言った。


「私は個人的にあなたに興味があるの……顔も男前だし」


 はじめは人差し指で、アルカディアの手の甲に触れた。


「……誘惑しようとしても無駄だよ」


「……じゃあ、今日はここで終わりにしましょうか」


 はじめはアルカディアに言った。


「ああ……」


 アルカディアはすでに最下層へのルート開拓で頭がいっぱいになっていた。


『裏・死海文書―約束された場所で―』は彼の頭の中に完全に入っている。彼の小学校時代、その存在を発見し、作者に読ませてくれと頼むと、恥ずかしがって、倉庫に隠していた。しかし、アルカディアは、こっそり鍵を複製して、何度も読み返した。


(小学校時代の妄想が現実と一致する偶然が起こるのは、地球が誕生する偶然と同じ確率だろうか)


 アルカディアは不敵に微笑んだ。


(最後に笑うのは死刑執行人ではなく、聖騎士たるこの俺だ)



―Keidanren委員会―


 円状に並んでいくつかのモノリスが浮かび上がる中、アルカディアは真ん中に立っていた。


「アルカディア君よ、事は進んでいるのかね?」


 モノリスがアルカディアに呼びかける。


「もちろんです」


 アルカディアはうやうやしく答えた。


「あの死刑執行人の攻略動画に追いついたそうじゃないか」


「今現在は、彼の攻略より我々の動画の方が先を行っています」


「……あの田村という小僧のせいで我々の計画が邪魔されるようなことはあってはならぬ。そこのところはわかっておるのか?」


「さよう。2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現するために、GDPを現在の10倍に増やし、中国、アメリカを追い抜き、世界の覇権を握る『ムーンショット』のことも忘れておらぬだろうな?」


「もちろん忘れてはおりませんよ」


「……まあよい。我々の悲願である『ムーンショット』、くれぐれも忘れてくれるなよ」


「ええ。全ては裏・死海文書の通りに事は運んでおります。安心してください」


 そう言ってアルカディアは去っていった。


(バカな老人たちだ……)


 去り際、アルカディアは無意識に苦笑いを浮かべていた。


「……しかし、我々の『ムーンショット』をアルカディア一人に託してよかったのかね」


「保険はかけてあるんだ心配はないだろう」

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