第10話 先日の電話が親友の妹だった件
俺は先日の電話の件で市民病院に来ていた。
「なんでおまえまでついて来るんだよ」
俺はすみれに言った。
「だって、イタズラ電話かどうか気になるじゃん」
彼女は病院の待合室をキョロキョロと眺め回していた。
「おまえにはカンケーないだろ?」
「あーそう。私をそんなに邪険に扱っていいんだ?」
すみれはぷんぷんと怒った。
「なんだよ」
「いいもん。たーちゃんのクローゼットに隠してあるエロゲ、全部売り飛ばしてやる」
俺は言われて背筋が寒くなった。
「どどどどうして隠し場所を知ってるんだよ」
「だって、掃除してたら出てきたんだもん。こっちがあわわだよ……」
すみれは顔を赤らめて呟いた。
俺はプライドを捨てて、腰を90°に曲げて頭を下げた。
「頼むから売り飛ばすのだけは辞めてくれ」
「今さら手のひらを返しても遅いよ」
すみれはヒョイとそっぽを向いた。
「なんか欲しいもん買ってやるからさ」
「私をモノで買収しようたって無駄だよ」
俺が巧みに交渉しようとするが、すみれは頑なに態度を軟化させなかったが、
「じゃあ来週も俺が晩飯作ってやるからさ」
「ほんとう? じゃあ許す」
すみれはいきなりデレデレしはじめた。
「ありがとう、たーちゃん。家に帰ったら肩揉んであげるよ」
俺は心の中でほくそ笑んでいた。
(へっ。所詮はニート。ちょろいもんだぜ)
「あの……」
後ろから声をかけられた。
「?」
振り返ると、そこに制服を着た女子高生が立っていた。
「田村勇次郎さんですか?」
俺は雷に打たれた時ぐらいの衝撃が体の中に走った。なんで女子高生が俺の名を知ってるんだ?
「ちょっと、たーちゃん。この子誰?」
俺はいきなりすみれに胸元を掴まれた。なんか首が締まって苦しい苦しい。そんでコイツめっちゃ力強い。
「知らないよ……離してくれ……」
「嘘。だってこの子、たーちゃんの名前、知ってるよ?」
「……この子が俺の名前を知ってるからって……俺がこの子を知ってるとはならないだろ? はやく離して……意識が……」
「そんなヘリクツ言っても無駄だよ。だって私の直感が違うって言ってるもん」
(なんて非論理的な……)
「すみれさんも居たんですね」
女子高生はすみれにも頭を下げた。
「えっ? どうして私の名前も知ってるの?」
「私の兄が二人のことをよく話していました」
「兄?」
「そうです。私の兄は竹内和馬です」
「あーっ!! タケの妹か!!」
うわーっといいながらすみれは興味津々に彼女をジロジロ眺めた。
「そうです。妹のあざみです。お久しぶりです」
「あざみちゃん、めっちゃ大っきくなって、美人になったね。最後に会った時はまたランドセル背負ってたのに」
あざみはひょこっと頭を下げた。ショートカットに切り揃えられた髪を耳にかけた。
体格はすみれよりも一回り大きく、背が高いので、バレーか、バスケか、一瞬地上からいなくなるスポーツをしているのだろう。
彼女の瞳は兄と同じ、弓を張ったような静謐さに溢れていた。鼻筋が通っていて、口元に上品さが漂っていた。
「えへへ」
あざみは照れて笑うと、その瞳は柔らかく愛くるしいものになった。
「それよりも、勇次郎さんはいいんですか?」
あざみは事切れていた勇次郎を指差した。
「あ」
§
意識を取り戻した俺は、
「じゃあ。あの電話はあざみちゃんがかけたんだね?」
「そうです」
確認を取ると、あっさりとあざみは認めた。
「動画の件で話があるって言ってたけど、その前に、あの動画がどうして俺が作った動画だってわかったんだ?」
「だって、動画の投稿者名が田村勇次郎になってたからですよ」
「は?」
「うん。たーちゃんの動画、本名で投稿してるよ」
すみれも頷いた。
「マ?」
「じゃないと、私も見ず知らずの動画投稿者に会いに行こうだなんて思わないよ」
すみれは言った。
俺は慌ててアカウントを確認すると、ユーザー名が『田村勇次郎』になっていた。
(あばばばば。特定されないように細心の注意を払っていたのに……†死刑執行官†とか変な設定のコスプレしてるのが俺だと知られたら、もう街を歩けないよ……)
俺は泡を吹いて憤死してしまいそうだった。グーグルアカウントに色々紐つけていたことを後悔し、慌てて名前を変えようとしたが、心の中のもうひとりの僕が
『落ち着け相棒。ここで登録名を変えてしまえば、かえって本名であることがバレてしまう』
言われてみればそうだ。ここは
俺は大きく深呼吸をして、本題に切り出した。
「それで、動画の件で話があるって言ってたけど、どうしたんだよ?」
あざみに訊ねると、彼女は少し緊張しながら、まるで告白でもするかのように言った。
「私も田村さんの動画撮影に協力したいんです。私も仲間に入れてください!」
「えっ? はっ? どういうこと?」
俺は戸惑って、
「ダメダメッ! いきなりたーちゃんの仲間になるなんて、いくらタケの妹だからって、まずは私に話を通してからじゃないと」
すみれは突然話を遮った。
「なんでお前に話を通さなきゃダメなんだよ!?」
俺はすみれにツッコンだ。
「だって、私たち同棲してるじゃん? 結婚はしてないけど……ほら、付き合ってるというか、そんな感じというか……」
すみれの声がだんだん小さくなってゆく。
「いや、お前と付き合ってるって話じゃないだろ」
「なんでっ。昨日の晩はあんなに激しく私を求めてきたのにっ!」
すみれはヨヨヨと涙を流した。
「おい言い方があるだろ!?」
「えっ。勇次郎とすみれさんってそういうご関係だったんですか……」
すみれの話を真に受けたあざみはショックを受けて、顔が真っ青になっていた。
「いやいや、昨日どー森を一緒にやってくれって頼んだだけだよ! 言い方を誇張すんなよ!」
俺は不意に周囲からの訝しげな視線を感じた。周りを見回すと、俺と目が合いそうになった途端、急に視線をそらしてゆく。
よく見ると、ここは産婦人科の待合室だった。
(こんなところで、女2人(しかも片方は制服を着た女子高生)と言い合いをしてたら、もうアレよ。そらもうアカンよ。アカンってなるよ)
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