第9話 新たな敵、アルカディアな件



 死刑執行人の影響力はすざましかった。多数の切り抜き動画が作られて、一躍時の人になった。


 通勤途中で、女子高生が俺の動画を話題にあげていた。


「知ってる? 死刑執行人」


「知ってる知ってる。†執行完了†の人でしょ」


「アハハッ。ちょっと似てる」


「イタいけど、面白いよねー」


(……女子高生の間で認知度が増えているのは、嬉しいことだ)


 俺は自分のサインをどういう風に書くか考えつつ、会社に出社した。


「酒井さんは願い事が一つ叶うなら何を願いますか?」


 佐々木が酒井に話しかけていた。


「俺゛は゛や゛っ゛は゛り゛金゛た゛な゛。金゛持゛ち゛に゛な゛っ゛て゛、ハ゛ーレ゛ーを゛買゛っ゛て゛そ゛れ゛て゛日゛本゛一゛周゛か゛し゛た゛い゛な゛」


「渋い夢ですね」


「おはよーございます」と、俺が事務所に入ると、


「お゛は゛よ゛う゛」


「おはよーございます。田村さんは願い事が叶うなら何を願いますか?」


 佐々木は俺に話を振ってきた。


「願い事? 俺は……」


(そういえば、叶えたい夢なんてあったっけ? 普段はあれしたいこれしたいって願望まみれなのに、いざってなると思いつかないもんだな……あっ。童貞捨てたいけど、それを夢にするのは違うし)


「やっぱり金かな……それがあれば、今後何も困らないし」


「うわっ。つまんな。現実的ですね」


「なんで酒井さんと俺で反応が違うんだよ」


(つーか、俺の思考がすみれに毒されている気がする)


「っていうか、なんで願い事の話?」


「ダンジョンの下層にある『王者の印』を手に入れたら、願い事がひとつ叶うんですよ」


「へえ」


 俺は相槌を打った刹那、疑問が湧き起こる。


(……その設定って俺しか知らないはずだ。あの黒歴史ノートの存在は誰にも話していないはず)


「願い事が叶うなんて信憑性あるのか?」


 俺はそれとなく情報の出所を探った。


「わからないですけど、日考研の動画で言ってましたよ」と、佐々木は答えた。


(日考研がどうして……)


§


 今日は珍しく上司に怒られなかったので、上機嫌で家に帰ると、すみれが晩飯の準備をしていた。


 家に帰るとすみれがいることに、俺はなぜかホッとしていた。


「すみれは夢が叶うとしたら、何を願うんだ?」


 俺はすみれに訊ねた。


「どうしたのいきなり?」


「いや、会社で話題になったんだよ。ダンジョンの下層にある王者の印を手に入れると願い事がひとつかなうんだ」


「へえ」


 すみれは珍しく遠い目をした。


「そういえば、すみれって高校時代はどうだったんだよ。なんか芸能科のある高校に進学してたよな? アイドルとかになりたかったのか?」


「そうだよ。中退しちゃったけどね」


「えっ?」


「私ね、声優になりたかったんだ……


 ――中学校を卒業してから、声優に関係ありそうだからって理由で芸能科のある高校に進学したけど、授業内容があんまり役に立たないなと思って、中退して、声優の専門学校に通ってたんだ。

 そこで、生懸命練習しているうちに、演技を評価してくれて、講師のコネで事務所に入れてくれることになったんだ。そこから、オーディションを受けまくって、たまたまアイドルのソシャゲの脇役の役に受かったんだ。それが転機だった。


 しばらくして、ソシャゲのライブがあったんだけど、3周年企画で、脇役にも歌を作ってくれて(一曲だけだけど)私にステージに立つ機会を貰ったんだ。その日から、一生懸命、歌やダンスの練習をして、ライブで歌ったら、みんなが褒めてくれて、認めてくれて……あの時最高に気持ちよかったな……私のファンが何人か出来て、もっと頑張ろうと思ってた……


「ホテルに行ってくれないか? そこで今日のライブを企画したゲーム制作会社の社長が待ってるから」


 マネージャーに言われたんだ。

 私は何の疑いもなくホテルに行った。今思えばすぐに断るべきだったんだけど、その時はまだ右も左もわからない17歳だった。その先に何が待っているか知らなかった。

 社長が部屋で仕事の話があるからおいでって言われて、部屋の中に入ったら、いきなりお酒飲まされそうになったんだ。明らかにおかしいと思ったから、断ったら、社長が怒り出して、怖くなっちゃって、仕方なくお酒を飲んだんだ。それで、一応、仕事の話をしてたんだけど、突然、身体からだを触られそうになったから……私もお酒が入ってたしもう訳がわからなくなって、咄嗟に、社長のこと思いっきり殴ったら、気絶しちゃったんだ。

 それが大事おおごとになって、脇役も別のに変えられて、事務所をクビになって、しばらくフリーターをしてた。結構笑えるでしょ?――


「あの時、事務所を辞めてよかったと思ったよ。だけど、どこかで後悔してるんだ。演技の練習とかボイトレとか一生懸命やってたのに、私は人生の主役になれるって思ったのに、結局、あの時に不貞腐れちゃって、何者にもなれなかった。そのまま、フリーターしてた時も適当に仕事をしてたら、クビになって、そのままずっとニートをしてたんだ」


(思いのほか重い話で草。いやいや、そうじゃなくて……)


「そうだったのか……」


「私、かわいそうでしょ? 笑っていいよ!」


 すみれは今の空気を茶化すように言った。


「そんなこと言うわけないだろ」


 俺は言った。


「もちろん、よく頑張ったとか、残念だったとも言うつもりもないよ。そんな一言でおまえの努力を斬り捨てるなんておこがましいからな。努力したことや、孤独にたいして、おまえはたった一人で向き合ってきたんだろ? むしろそれは誇っていいことだと思う。むしろ自慢してもいいほどにね」


 そういうと、すみれはアハハと笑った。


「この話をしたらみんな同じように同情して薄っぺらい言葉かけてくるから、ちょっとウンザリしてた。だけど、たーちゃんの言葉でなんかスッキリしたよ」


「ならよかったよ」


「だから、もし願いが叶うなら、超売れっ子声優になって、ちょーお金持ちになりたい! たーちゃんは?」


「俺は夢なんて持ってないから、その時になったら考えるかな。どうせ願い事なんてコロコロ変わるもんだし。ところで、今日の晩ご飯は何?」


「ピーマンの肉詰め」


「げっ。俺、ピーマン苦手なんだよね」


「好き嫌いするならよその子になりなさい」


§


「ちょっとたーちゃんこれ見てよ」


 俺が洗い物をしていると、すみれが視界にスマホを割り込ませてきた。


―純白の聖騎士アルカディアのダンジョン攻略チャンネル―


 それは白い甲冑を纏った騎士がダンジョンの最下層を目指すという、よくある趣旨のチャンネルだが、動画を再生して驚いた。


「えっ!? どういうことだよ!?」


(攻略が俺より先に進んでる!?)


「たーちゃんより攻略のはやい人がいるなんて驚きだよ。私たちってダンジョンの最新情報で再生数を稼いでいたのに、いよいよ競争相手が出てきちゃったね」


 すみれはがっかりして、肩を落とした。


(正直、今は攻略情報のスピードなんてどうでもいい。それよりダンジョンにいるモンスターの倒し方やダンジョンの進み方は俺しか知らないはずなのに、どうしてアルカディアはそのことを知っているんだ?)


「せっかくオリジナルグッツを用意したのに」


 すみれが残念そうに言った。


「は? オリジナルグッツ?」


 思わず声が上擦った。


「うん。動画がバズってたから、さっそく死刑執行人のコスプレグッツとチャンネルTシャツを用意したんだけど……」


 すみれはさっそく死刑執行人のコスプレを着てみせた。


「おまえ、それどうしたんだよ?」


 俺はすみれの格好を指差した。


「コスプレ作ってくれるサイトがあったから発注したんだ」


 俺はすみれから金額を聞いて、目玉が飛び出そうになった。


「はあ? 再生数を折半した金を全額突っ込んだのか?」


「うん。ティックトックでもバズってたから、買う人はたくさんいるはずだ」


「あーあ。売れ残っても知らないぞ」


「あ、そんなこと言っていいんだ。グッツの収益は全部私が持っていっちゃうよ?」


「おう、全然構わないよ。どうせ売れないし、結局処分するのに金がかかって赤字になるさ。俺に泣きついてくるなよ」


「そっちこそ、完売しても私に泣きついてこないでよ?」


 俺とすみれは火花を散らした。


§


 次の日……


「嘘だろ!?」


 俺はすみれのスマホの画面に釘付けになった。


 グッツはまさかの完売で、さらに再販を望む旨のメールが沢山きていた。


「どうよ私の商才は? 土下座したら、収益を折半してあげるよ」


 すみれはアロザレーナのようにドヤ顔で腕を組んでいた。


「すみませんでした!!」


 俺はすぐさま土下座した。


「はやっ。たーちゃんにプライドは無いの?」


「アホかッ! ブラック企業に勤めてる今さらプライドなんてあるはずないだろ! 足も舐めてやるから、収益の半分ください!」


 俺はすみれの足に飛びついた。


「ちょっとたーちゃんやめてよ! 鼻息がくすぐったいって!」


 すみれはガシガシと俺の頭を蹴ろうとするが、俺は負けじと離れない。


 そのうちすみれは体勢を崩してしまった。


「うわっ」


「ひゃん」


 俺たちは、床の上で重なり合ってしまった。


 流れる気まずい沈黙。すみれは顔を真っ赤にさせて硬直していた。


(おちおちおち落ち着け俺。この展開は2回目だ。もしかして、これは夢を叶えろという天啓なのか?)


 俺はすみれに手を伸ばそうとしたところで、インターホンの音が鳴り響く。


「あっ……アマゾンだ。アマゾン来ちゃった」


「あっ、うん、私が取りに行くよ」


 すみれは起きあがろうとすると、思いっきり俺と頭をぶつけた。痛みのあまり二人で爆笑してしまった。

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