第23話 夏の狩りと野うさぎ

「はい。カイさん、昇格おめでとうございます」


 アシアナさんから赤いカードを受け取る。

 去年の六月にイケーブスに来て、一年経った。

 狩人組合への納品も順調で、冬の間も訓練の合間にうさぎや野ねずみを狩っては納品を続けること一年、ようやく狩人組合で一人前と言われる赤色カードに変わった。

 新人のグリーンカードは返納して、手に入れたレッドカード。

 大切にしないと。


「これでカイくんは他の町の狩人組合に行っても一人前の即戦力として扱われるはずだよ」


 魔法の台車などの貸し出しも比較的容易に受けられるようになるらしい。

 もっとも、このイケーブスの村では前々から許可されていたが。


「普通の人ならレッドカードになると台車が使えるようになるから喜ぶんだけどね。カイくんは去年からずっと使えるようにしてあるし。あんまり特典は変わらないかな。でも、他の村でもおなじぐらいのバックアップを受けられるようになるからね」


 アシアナさんの方がなぜか俺よりもうれしそうにしている。


「だって、ずっと見てきた子が、なんか立派になったなあって実感したの。カイくんも一年かって」


 レッドカードになると納品義務も偶数月だけで良くなる。

 その代わりに、シカ、イノシシ、オオカミ以上の獲物のみカウントで、うさぎや野ねずみやきつねの場合、買い取りはしてくれるが組合に貢献する納品としてのカウントはされない。


「冬場の納品がきびしそうですね」

「そうね。冬は野ねずみ、うさぎ、きつねが主だから。でもオオカミも森の中では見つかるし、シカは冬でも活動しているはずよ」

「つまり、森の奥深くまで狩りに行くってことですね」

「正解」


 村によって狩れる獣は変わるため、大物が出ない村では狩人を引き留めるためにうさぎ50匹で可としている場所もあるようだが、イケーブスの場合は普通にシカやイノシシを狩れるので、レッドカードにそういう優遇は無いらしい。

 この次のゴールドカードになると、熊を狩るぐらいしかなくなるので、イケーブスでもシカ五頭、イノシシ五頭を半年で、という緩和をしているらしく、ゴールドカードの維持はかなり大変らしい。


「ハルさんとノアさんはレッドとゴールドの間をうろうろしていたわ。安定してゴールドにいるのはイケーブスでも難しくて」


 それを聞いて、俺は少し不思議に思った。


「俺が来る前はハルさんとノアさんでこの村の周りを狩っていたんですよね?」

「ええ、そうよ」

「それなら半年でシカ五頭、イノシシ五頭なんて楽勝じゃないですか?」


 去年俺がこの村にきたときは異常繁殖しているということで、初日でシカを二十頭以上狩った。イノシシこそ三頭だったが、その後も初秋までは同じぐらいの狩りをしていたはずだ・


「去年が本当に異常だったのよ。シカは五頭狩れるけど、イノシシ五頭が大変でね」

「そうですか?でも今年も俺結構狩ってる気がしますけど」


 今年の狩りのシーズンが来て、四月からずっと月にシカ十頭以上普通に狩れている。

 イノシシだって、月に三頭は狩れている。

 半年で五頭はこの村なら普通に狩れる気がするんだが。


「今はともかく、冬を含む半年が厳しいのよ」

「そうなんですか?」

「そうなの。前の冬は異常繁殖後だったからカイくんも適度に狩っていたけど、今年の冬は多分大変よ」

「わかりました。気をつけます」


 とはいえ、半年でだろう??冬を含む半年といっても、十二月、一月、二月は厳しいとして、残りの三ヶ月で五頭ずつは狩れる気がする。

 俺が厳しいかもなと思ったのは一月、二月の二ヶ月で、それ以外の月はシカもイノシシも狩れる気がする。

 二人でランクアップとするとシカもイノシシも十頭ずつとはいえ、シカもイノシシも数はいる。ハルさんとノアさんは俺よりも森の奥深くに潜っていた形跡があったし、それほど難しくないと思うのだが。


 少しだけ解せないと感じながらも、この冬にどれだけ狩れるか見てからもう一度考えることにして、今日の狩りに出かけることにする。

 シーズンが来たのでいつものように魔法の台車は借りていく。

 今回は獲物用に一台とオオカミ用に一台だ。

 今年はうさぎや野ねずみを冬にそれなりに狩ったにも関わらず、オオカミが多い。

 このまま放置すると農地で作業している牛や馬に目をつけられかねない。

 なのでオオカミを積極的に狩ることにしている。

 ただ、イメルダが去った後の最初の狩りでオオカミだけ狩っていたら、肉屋のラルゴさんに哀しそうにされたし、がっつり肉亭の常連たちからも肉がなくなりそうなので頼むと言われていた。


 なので、今年の狩りはまずオオカミを台車に積めなくなるぐらいまで狩った後にうさぎ、野ウサギ、シカ、イノシシをある程度狩って、台車を組合に戻し、そのあとは自分で解体できる限りオオカミを狩るようにしている。


「行ってきます」

「はい。気をつけて」


 今日もノンナさん、アガサさん、ネリアさん、カリンさんがあとで来てくれて、台車の獲物は解体してくれることになっている。

 四人から、そろそろイノシシ肉が食べたいと言われているので、今日はイノシシも狙っていこう。


 今日は森の奥深くまで入り込む。

 平原の草の処理はグリューとジールとドリンが請け負っていて、三人は草を刈りながら野ねずみやうさぎを狩っているが、そこにオオカミが出てこないようにするのがカイの仕事だ。

 この村の付近ではオオカミは森に生息していて、平原には獲物を得るために出てくる。

 人に見られるのを嫌うので背の高い草を刈ってあれば、そうそう平原には出てこない。

 草を刈ってあればうさぎたちも森の中に引っ込むので、平原が緩衝地帯となって、村や村の畑の方に獣が来ないようになっている。

 ただ、夏の日の光を浴びて草が早く伸びるこの時期は、うさぎや野ねずみを隠すぐらいの背丈の草に育ちやすく、刈っても、刈っても緩衝地帯を作るのが難しい。

 うさぎや野ねずみが平原の草地に営巣すると、きつねたちも森から平原に出てくるようになり、そこからさらに草を野放しにしてしまうとオオカミも出てくるようになって、そうなると街道を歩くのも危険になる。

 日々草を刈り、外に出てこようとしているうさぎたちを狩り、森の外縁部のオオカミやきつねを始末して、ようやく街道は平和になるのだ。


 森に少し入った場所を少し前に伐採して、少し広げておいたので、カイは最近ここをベースキャンプにして、森の中に入り、昼には戻って食事をし、また森の中に入っていく。

 この場所にからくり時計をセットしておくことも忘れない。

 まずは平原に近い側から索敵を開始して、オオカミの気配を探る。

 うさぎや野ねずみの気配を無視して、きつねたちの気配とオオカミの気配を読み分ける。


 今いる場所のそばに三頭

 奥の方に五頭ぐらい気配を感じる。

 ついでにそこよりも左奥にシカの気配。

 残念ながら今のところイノシシの気配はない。


 まずは八頭のオオカミから。

 魔法の台車は森の中では追尾してこないが、カイとリンクしているとカイが倒した獲物を自動的に引き寄せてくれる。


 そういえば、この台車は迷宮都市のどこで得られるのかをイメルダに聞くのを忘れたな…


 そんなことを考えながらまずは手前の三頭の片付ける。

 三頭は一頭が単独で、二頭は番だろうか?

 まずは一頭の方を片付ける。

 わざと気配を大きくして、向かってくる一頭を袈裟懸けにする。

 二頭が森の奥に入っていくなら、そのまま見逃すつもりだった。

 残念ながら、二頭は気配を殺したまま動かない。

 ゆっくりと二頭の方に動く。

 俺の気配を察知している二頭は居場所がばれたとわかって、森の奥へと移動を始めた。

 しばらく様子見をしていると、かなり遠くまで森の奥に入っていった。

 おそらくあの番は雌の腹に子がいたのだろう。

 倒しておけば村の脅威にならなかったかもしれないが、森の奥で村にかかわらずに生きてくれるのであれば無駄に狩る必要は無い。


 残りの五頭は…

 残りの五頭のうち一頭は消えているな。

 だが、残り四頭はむしろこちらに接近している。

 こういうオオカミは平原まで出てくるタイプのオオカミで確実に狩っておかなければならない。

 俺は気配を消して森の中をゆっくりと迂回した。

 オオカミたちを横から切りつけるために。




 四頭を相手取っている最中に時計が止まった気配を感じて一瞬動揺したが、四頭を切り捨て、その四頭が魔法の台車に向かって飛んでいくのを抜かす勢いでベースキャンプに飛び込み、なんとか時計にタッチが間に合った。せっかく戻ったので、ここで一度昼にして、午後からうさぎやシカやイノシシを狩りに行こう。


 からくり時計の日付はまだ冬の日を指していて、このまま来年イメルダたちが来るまで維持しておきたい。

 イメルダたちは俺がイケーブスにいる間は冬をイケーブスで過ごすことに決めたらしく、ダリル村長と三連続契約を結んでいた。

 今年の冬も来年の冬もオーロがやってくる。

 オーロは旅をして世界を回り、知識を身につけていく。

 俺も負けてはいられない。

 狩りをしながら気配を察知することを鍛え、自分の気配を隠蔽するように努め、村長と一緒に対人戦の練習をする。

 たまにカッツにランダムに矢を射ってもらい、その矢を避ける訓練もしている。

 四月も五月もなかなか村長の吹き矢を避けるのは難しかったが、先週は村長の吹き矢を二本除いて避けることが出来た。避けられなかった二本は小手で防いだ。

 できれば月に一度と言わず手合わせをお願いしたいところだが、夏はとにかく俺も狩りで忙しい。

 村長は村長で、日照りを気にして、イケーブ川の水量を見ながら、貯水を指示したり、害虫が増えていないか、どこかで蝗害が起こっていないかなど、他の村やケーブの町と連絡を取り合ったり、イケーブスでは採れない野菜や果物を商人に頼んだりと忙しく働いている。


 イケーブスの村は俺が来る前にケーブから借金もしたらしく、その借金を返しつつ、俺以外の狩人も募集してくれている。

 ただ、イケーブコの村で今年は水牛の暴走の気配があるらしく、狩人組合はイケーブスの二の舞にならないようにとそちらに手透きの狩人を集めているらしく、イケーブスに来たいという狩人は今のところ見つかっていない。

 狩人を募集するときの報酬額を少し上げた余波で、俺の獲物の買取額も少しだけ上乗せされるようになってきた。微々たる額だが、今の調子で秋まで稼げば、今年の冬に弓を新調できそうだ。

 出来ればもう少し連射がやりやすい弓を。それと弓で相手の攻撃を弾くために打つのに邪魔にならない範囲で少しだけガードも作っておきたい。

 次の弓の構想は鍛冶組合のフォルンさんと一緒に考えている。

 フォルンさんもいい材料を集めておくので、俺にきっちり金をつくってこいと言ってくれている。

 お金になりやすいのはイノシシと熊なので、できればそのあたりをもう少し狩っておきたいところだ。


 森の奥の方の気配をさぐるとまだ少しだけオオカミも居そうなので、先にオオカミをもう少し当たって、こちらに向かってくるオオカミをもう少し間引くことにしよう。





 狩人組合の前ではノンナさん、アガサさん、ネリアさん、カリンさんの解体サポーターズが台車の到着を待っていた。

 最初の台車はオオカミだけで八頭。

 これは村の外で解体して、決まった場所で内臓や肉を燃やして、骨だけは砕いて土に埋める。

 焼くのはグリューとジールがやってくれた。

 今は次の台車を待っている。

 次の台車こそ彼女たちの狙いで、肉がたくさん取れるはずだ。

 去年の夏ほど多くはないが、カイの狩りは確実だし、今日はイノシシもお願いしておいた。

 きっと、良い獲物を獲ってきてくれるだろう。


 組合で待つ間お茶をしていたら、ギルドの呼び鈴が小さく鳴った。

 この呼び鈴は西門の門番が対になっているボタンを押すと、離れた組合内で鳴る魔道具で、迷宮都市産。

 魔法の台車が戻ってくると門番が鳴らしてくれる。

 冬にこの村に来たデリーザの隊商から売ってもらったものだ。


「来たみたいだね」

「今日はイノシシお願いしたけどどうかな?」

「カイくんだから大丈夫じゃない?」

「あ、来た来た。やりましょうか」


 冒険者ギルド兼狩人組合の建物の裏には解体場所があり、そこには井戸もある。

 作業をするのはそこだ。

 やってきた台車にはイノシシが三頭、シカが二頭、うさぎが十二頭、それとグリグリ鳥が三羽、コッコ鳥が五羽


「おーグリグリ鳥だ。いいね!」

「イノシシもきっちり狩ってくれたのね」

「ノンナさんイノシシお願いできる?私はシカとコッコ鳥やるから、ネリアとカリンでうさぎとグリグリ鳥でどうかな?」

「ええ、終わり次第、うさぎや鳥も手伝うわね」


 和気藹々と肉の解体を始めた四人を見ながら、アシアナは確かに多いかもしれないと思っていた。

 カイはこのところ二日に一回にペースで狩りに行っている。

 三日に一回だと大量すぎるから少しずつ狩りたいと言うことで。

 おかげで村の肉は潤沢で、普段なら羊や牛潰してそれでも足りずに他の村から仔牛や子羊を買うのだが、今年はほとんど買わずに済んでいる。

 カイがオオカミを狩っているので、うさぎや鳥が多いのはわかる。

 だけど、イノシシやシカも多くはないだろうか?

 こんなにイノシシやシカがいるのなら森の中はもっと草木を食べられているのではないだろうか?

 木の実が豊作なんだろうか?

 餌がなければこんなに増えないはずだ。


 それにオオカミの数

 捕食者は餌になる動物より少ないはずだ。

 たしかにうさぎや野ねずみの繁殖力は高い。

 きつねうさぎや野ウサギもあわせるとオオカミがそれなりの数いてもおかしくないのだが、二日に一度五頭以上狩ってくる。

 しかも、向かってくるオオカミだけを狩っていてこれだという。


 去年の増え方も異常だった。

 今年の増え方も異常じゃないだろうか?


 カイに言ったようにハルとノアが狩人をしていた頃はシカ五頭、イノシシ五頭を半年でとれないときもあった。

 それが普通だったはずだ。

 去年カイは来る前は異常なのを誰もがわかっていた。

 去年に比べれば数は減っている。

 だから、今年は落ち着いているなって思ってた。


 でも違う。

 カイが来るより前、異常が起こるよりも前はもっともっと狩人の狩る数は少なかったはずだ。


 何かがおかしい?


 アシアナはそう思っていたが、その疑問は二日後にカイがカッツを連れて狩りに行ったときに、イノシシとシカを取れずにうさぎと鳥だけを捕って帰ってきたから、忘れてしまった。

 カイがハルさんやノアさんよりも深いところまで狩りにいくから獲物が多いんだろうと、そう判断した。




 その後、雨期が来て二週間ほど狩りに行けない日があって、その後は草抜き、草取りが大変だった。

 雨が降る間に平原はまたも草原のように姿を変え、村人の有志を募って、大規模な草刈りをする必要があった。


 雨期が明けると本格的な夏になり、オオカミの子供も時折見るようになった。

 カイは親オオカミのそばに矢を射って、親が子をかばって森に逃げればよし、逃げずに立ち向かってきたときは子も含めてすべて退治した。

 この村に近づくことを恐れるように。

 そういうオオカミだけを残し、それ以外は狩る。

 その合間にカイはオオカミに餌になるうさぎやきつねうさぎ、野ねずみを刈り続けた。




 最初にそれに気づいたのは解体サポーターズの一人アガサさんだった。


 うさぎはいるのだが、野うさぎがいない。

 アガサさんの子供が野うさぎのシチューが好きで暑い時期も子供にせがまれてシチューを作るときもあった。

 だから、解体を手伝って、野うさぎが獲れたときは優先的に譲ってもらっていた。

 それが今年の春の終わり頃から野うさぎが獲れなくなった。


 去年までは野うさぎの方が多かった。普通のうさぎはほとんどいなかったが、冬からうさぎがこの平原に住み着いた。

 平原にオオカミが増えるとうさぎたちはイケーブエやイケーブコの方に行ってしまう。オオカミが増えて平原が草原のようになって視界が悪くなると森の中にいる野うさぎが草原に出張ってくる。

 草原が管理されて草が抜かれて平原に戻ると、うさぎが戻ってきて、野うさぎや野ねずみは森の中に戻っていく。

 野うさぎと野ねずみは森の木の穴に巣を作るので、適度に身を隠すような木や草がないと平原には出てこない。

 うさぎたちは元々白くて森の中でも草原でも平原でも目立つからまったく気にしていない。

 うさぎが戻ると背の高い草を食べて、野うさぎや野ねずみの身を隠すような草がなくなるので、きちんと平原の手入れがされていれば、うさぎの方が多くなるのは不思議なことではない。

 このあたりはそういう地域なのだ。


 だが、熊やシカやイノシシを狩るときにカイは森の中に行く。

 森の中に行けば野うさぎはすぐ見つかる。

 だから、シカやイノシシを狩っているなら、野うさぎだって少しはいてもおかしくない。


 ひょっとして、カイは森の中に入るときは大物狙いで小さい動物を討たないんだろうか?と思って、元狩人のハルに相談をした。

 罠か何かでカイの負担にならないように野うさぎは狩れないだろうかと。


 野うさぎのいない夏。

 ずっとイケーブスに住んで狩人をしていたハルにとっては森に何かがいるとしか思えなかった。


 ハルはカイに罠を仕掛けることを勧めて、野うさぎが引っかかるか試すようにアドバイスをした。

 だが、森の中に仕掛けた罠は押しつぶされたように壊されて、野うさぎが罠に捕まることはなかった。


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