第22話 春の訪れ、しばしの別れ
まだ雪がちらつく日はあるが、少しずつ雪が積もる日は減ってきた。
冬の間は家の中で刺繍をしたり、細工物を作ったり、農具の手入れをしたり、今のうちに新しい農具を発注したり、と冬は冬で村の中で活動していた農家の方々が、畑を見に行く日が増えてきた。
早い家では冬野菜の後始末をして、肥料を漉き込んで、土を落ち着かせて、そろそろ畝立てを、と準備を始めている。
冬の間に生まれた仔牛たちも外に出る日が少しずつ増えて、オオカミに襲われないように俺やグリューやジールやドリンが付き添う日も増えてきた。
川の水はまだ冷たいが、川が凍る日も無くなった。
ダリル村長が来週にも春祭りをすると宣言して、村はいよいよ春を迎えようとしていた。
イメルダの隊商とデリーザの隊商はそれぞれ西馬車停泊所と東馬車停泊所で店を出す準備を始め、ギリーさんやラーダも警備をしながら店構えを手伝っていた。
同郷の俺に気を遣ってくれた隊商の皆さんのおかげでオーロは出発前日まで好きに過ごして良いと言われている。
グリューとジールもいい機会だからとカッツを連れて見張りを変わってくれたので、俺とオーロは森の奥で最後の訓練をしていた。
「あいつらが森の中で訓練していると、やばい熊とかが全部森の奥に引っ込んでいくからな。こっちはかえって楽になる」
そんな風に言って送り出してくれた。
今日は隠蔽を使わない。気配察知も魔法は使わずに自分たちの感覚だけに頼ることにして時計を使う。時計は森の外に置いて、時計が止まったら戻ってくる。その上で、時計の気配を察知するまではお互い武器を使わずに相手を追って、相手の身体にタッチするという訓練だ。
ただし、森の中でオオカミが近づいてきたら弓とクロスボウを使って良いというルール。今のところ二頭出てきて、俺が一頭、オーロが一頭仕留めた。相手が武器を出したときは手を出さないというのもルール。
ついでに野ウサギが出てきたときは、手刀で倒すか見逃す。野ねずみは逃がすと畑を荒らすので解体用のナイフは使って良いことにして確実に倒す。倒した獲物はオーロと二人だけなのをいいことにお互いの精霊に収納を頼んでいる。イノシシが出たときだけは一時中断、というルールで、ひたすら気配を察知してはオーロの背を追って、追われて、一刻ごとに一度は時計が止まるので、それに気づいたら時計の元に戻る。
この冬の間の訓練でオーロも森の中にいても森の外の時計の気配を感じることができるようになっている。ただ、あまりに森の奥深いと気づけなくなるため、オーロは比較的森の浅い側を駆け、俺は奥深くに潜り俺が時折森の外縁に接近しながらオーロを追うと、その気配を察知したオーロは円を描くように逃れて俺の背後を突く。今度はその気配を背に感じた俺が森の深い側に潜って、また後ろに回る。
そして一刻に一回、時計の気配を感じたら、急いで時計の元に行く。
なかなかオーロを捉えられないが、慌てると逆にやられるので、アタックしかけて離脱を繰り返す。
「そろそろ昼にしないか?」
朝から続けて三度目に時計ストップの時に二人で食事にする。
今日もノンナさんから買ったダンダさん謹製の燻製肉パンだ。
ついでに収納からうさぎと野ねずみを出して捌く。
「カイ、作業を止めて仕舞える物を仕舞っておけ。誰か来る」
作業している間、気配察知をしていたオーロに言われて、作業を中断してすべて仕舞いかけたが、血の跡は消せないので、一頭分の肉は出して串を打って火のそばで焼いておく。このぐらいなら焼いて食えるだろう。
しかし、このあたりは今日俺とオーロが訓練をしているので、誰も来ないように今日の西門当番のロンに頼んでおいたんだが。
「調子はどうだ?」
そう言って現れたのはダリル村長だった。
「村長が村を離れるのは珍しいな」
この人は元々イメルダと一緒に迷宮都市でダイブしていた人なので、熊ぐらいならあっさり倒せるぐらいの腕の持ち主だ。この人が村にいて、なんで俺が来る前のひどい状態になったんだか・・・
「イメルダに頼まれてな。夏の間にカイに対人戦をもっと仕掛けてくれとな。確かに対人訓練をしないと迷宮40層から先は厳しいだろう」
「村長が相手を?」
「なんじゃ?儂が相手では不満か?」
「いや、そりゃ願ってもないけど。いいのか?」
「仕方ないだろう。今日はちょっと見学させてもらうぞ」
そう言われては仕方ない。
オーロと目をあわせて、ここから先は身体強化もなしだ。
そうなると俺の方が動きが速いからオーロが不利になる。
なので、午後はルールを変える。
魔法一切なし、収納もなしなので、獲物は全部スルー。弓とクロスボウで相手を追い詰める。
俺は腕輪で弾いて良い代わりにオーロは防御に限り鞭を解禁。
遠距離戦だ。
場所は森の手前の草原に変えて、互いに背を向けて、相手の気配を読みながら十歩歩く。二人の十歩目のかかとが地に着いた瞬間に反転、矢を放つ。以降は走りながら矢を打ち、相手の矢は基本は走りながら避ける。避けられないと判断したときだけ腕輪か鞭を使うが、腕輪や鞭で弾いた数が多いほど負け。
勝負は互いに十本打つまで。
オーロと背を向けて十歩。俺のかかとが先についてオーロのかかとが着いた瞬間に振り返る。オーロもこちらにクロスボウを向けてほぼ同時に打ちながら右手に走る。今回はオーロも同じような動きをしたので、互いに円を描くように回りながら打つ。
三本目の矢が飛んできたときにバックステップをして走る方向を変える。
今度はオーロとともに森と平行に走り、俺の五射目でオーロが走る向きを変える。
再び円を描くように走り始めたオーロに二連射して追い込む。オーロは鞭を一度使って矢を弾いて、そのまま互いに十本打つまで走り続けた。
オーロの十本目の矢を俺が避けたところで終了。
今回は俺の勝ちとなった。
「ふむ。その距離なら次は儂がやってもよいか?」
そう言って村長がオーロと位置を替わるようにうながした。
俺 対 村長。
「村長の武器は?」
「見てのお楽しみじゃよ」
互いに背中を向けて、一歩ずつ進む。
八歩、九歩、十歩!
振り向きざまに俺は何かを腕輪で弾く。
驚いたことに村長は距離を詰めながら、三連射してきた。
武器は
「吹き矢か!」
木の大きな腕輪をしていたのが幸いで、腕輪で二本食い止めていたが、一本は膝をかすめた。
距離が近すぎて矢を放ちにくい。
俺は全速で後ろに下がるが、村長が肉薄する。
吹き矢相手では剣の方が間合いがあっている。
もっと離れないと!
俺は後ろに大きく飛びさりながら、矢を村長の足下に二連射するが、村長は左右ジグザグに走ってその矢を避ける。
だが、その分だけ少し距離が出来る。
即座に五連射!
だが、村長は一本の矢を何かで弾いて、出来た道を通って俺に再度肉薄する。
残り三連射!すべて膝ぐらいの高さを狙う。
それを打つと俺は即座に逃げの体勢に入るが、さらに一本の矢が弾かれ、俺は至近距離で放たれた七連打の吹き矢を三本は腕輪で、二本は弓でたたき落とすことになった。
村長が俺の矢を二本たたき落としたが、俺が腕輪や弓で叩き落とさないといけなかったのは七本。
完敗だ。
「なるほどの。クロスボウと弓でやっておると、距離を取る戦い方に慣れてしまって、接近されると矢で牽制して距離を稼ぐことも出来ず、剣に頼らざるを得なくなり、じり貧になるか」
「村長、吹き矢とは渋すぎじゃないか?」
「気配を読まれにくい遠距離武器だから、儂は愛用しておる。それでも41層のアサシンには苦戦したがな」
「そうか」
イメルダも40層より上に到達したらしいが、アサシンが複数だったり、上位アサシンが一人で襲ってくるぐらいはなんとかなったらしいが、上位の複数系統のアサシンがタッグを組んで襲ってくる48層でやばいと感じて撤退したらしい。
ダンジョンの新しい階層に入ったときの最初の戦闘は負けそうになったら一度は逃がしてくれるらしい。ただ、逃げずに戦い続け、命を失う者も少なくないと聞いた。
村長もそういうアサシンの階層を抜けて40層以上に到達したときのパーティメンバーだったという。
「儂は一度48層で敗退した後、41層の採取エリアで採取を続けて資金を貯めて、この村に帰ってきたが、帰る前に一度だけイメルダ以外のダイバーと組んで48層をクリアしておるからな。ただ、49階層には化け物がおったよ。儂ではあれは無理だった」
驚いたことに村長はイメルダよりもさらに深い階層まで到達していたらしい。
当時、イメルダはすでにダイバーをやめて商隊をつくってケーブに向かっていたが、ダリル村長はどうしても50階層に到達してみたくて、凄腕のダイバーのパーティに一時的に加盟させてもらって48層をクリアしたという。
ただ、49階層は特殊階層で、パーティを組んでいる者も一度分断されて、1対1で戦うことを余儀なくされるらしい。
50階層にたどり着けるのは、本人が確かな実力を持っている者のみ。
そう警告を受けたダリル村長はそこで諦めて、ダイバーをやめたらしい。
「カイは今の状態では迷宮41階層でも撤退戦を強いられそうじゃな。49階層のあの化け物には瞬殺される未来しか見えんな」
その後ダリル村長はオーロとも一戦戦ったが、そのときに見た村長のもう一つの武器は鎖だった。
鞭ではじくオーロと似ているかと思ったが、動きは全然違っていた。
ただ、村長が鎖で弾いて道を作るところを見ていたオーロはクロスボウを連射型の方に持ち替えて、村長に三本弾かせていた。
そんなオーロに対して村長はひたすら下半身狙いでオーロは両膝にあわせて5発被弾していた。
鞭でたたき落とすことも出来なかったらしい。
「オーロは旅の間、イメルダやギリーにもう少し鍛えてもらえ。カイは儂が月に一度面倒見よう」
こうして、春から村長に月一回のペースで対人戦訓練をしてもらえることになった。
冬の間は全く訓練に参加してこなかったが、冬は肩の古傷が痛むらしい。
村長の吹き矢は41層のアサシンからドロップしたものらしく、対人戦闘の相手としては最良なのだそうだ。
この一冬の間、イメルダがずっと村長に頼み込んでくれたらしい。
「それとカイを今から鍛えておいたら、謎の50層に到達して俺たちのまだ知らないものを与えてくれるかもしれないからな。先行投資じゃよ。それに村が盗賊に襲われることも無いわけでは無いし、対人になれておるのが儂だけでは片側の門しか守れまい。門番連中も悪くは無いが、もう少しうまく牽制できる手勢が欲しかったからな」
ついでにカッツも鍛えておくか、と言いながら、村長は先に戻っていった。
「カイ、頑張れよ」
「…俺、自信なくすなあ。本当にダイバーに成れるんだろうか」
いや、迷宮都市に行ってダイバーキルドに登録すればダイバーに成るのは成れるんだが、そういう意味では無く。
ダイバーでちゃんと今狩人をやっているように稼いでいけるんだろうか。
それにダンジョン40層か。まだスタート地点にも立っていないのに、先は長そうだ。
そうしてオーロと訓練をして、春の祭りの日を迎えた。
この祭りを終えると隊商は旅立ち、農家の人たちは本格的に畑仕事を始める。
春祭りでは馬車停泊所に隊商が店を出し、イケーブラの元々の店も普段は出さないような品を表に出してくる。衣服屋は春夏の服を売り始め、茶屋では温かいお茶意外に冷たいお茶も用意され、雑貨屋の品も冬用の毛皮が少なくなって、木の皮を編んだ物が増えてくる。
若い娘たちは自分たちが冬に編んだ編み物や刺繍のテーブルクロスなどを籠に入れて商隊や雑貨屋で査定してもらったり、酒屋が三年前の冬から保存していた樽酒を出したり、道具屋や鍛冶屋は新しい農具を展示し、皆ここぞとばかり買い物を楽しんだ。
もちろん樹木と暖炉亭、がっつり肉亭、太陽と虹亭は屋台飯を出して、通り中がいい匂いに包まれ、またそれが酒をすすめる口実になっている。
「カイくん、これ買っていかない?」
何人かのお嬢さんたちに刺繍入りのハンカチを勧められたが、春祭りで刺繍入りのハンカチを買うと貴女のことが気になっていますという意味になると聞いていたので丁寧に断った。
ただ、テーブルクロスは欲しかったので、個人から買わずにカリンさんの店で買った。
「カイも意外と残念だね」
とカリンさんからよくわからないことを言われたが、手に入ったテーブルクロスは刺繍は無いが綺麗な織物で、良いものが見つかったから、良いことにする。
そうして、三日ほど続いた春祭りも終わり、明日にはイメルダの隊商がイケーブスを離れることになった。
「オーロ、今日はちょっと飲まないか?」
俺は祭りの時に買ったピチリの酒を取りだした。
「そうだな。今日ぐらいはいいか。ただ明日から馬車だからちょっとだけな」
「ああ、少しだけだ」
コップに酒を少しだけ注いで、俺の分は少しだけ水で割る。
オーロは氷があればいいとのことで、自分で冷やしていた。
「オーロもこの家にいるときは魔法をつかうようになったな」
「そうだな。カイしか居ないから、気が抜ける。明日からは気をつけないと」
「そうだな」
もう、暖炉の火も要らないぐらい暖かくなって、ランタンの明かりを見ながら酒を飲む。
せっかくだから、祭りで狩ってきた揚げ芋も出してきて二人でつまむ。
「十二月に来て三月とちょっとか。あっという間だったな」
「ああ、カイに泊めてもらって助かったよ」
「俺も楽しかった。里の話も出来たし。それに親父の話も」
「カイ」
「俺、あれからも親父のことをずっと考えてた。リーザの語り部は見たけど、あれがリーザの身体を使って顕現したとか信じられなかった。目の色も髪の色も肌の色も違ったし。
でも、迷宮都市にいるはずのリーザがイケーブフの方から来て、これから迷宮都市に行くって言ってたから変だなって思ったんだ。語り部がリーザだったならわかるなって。
それなら、なんで俺の親父は死んだんだろうって」
「カイ」
「焔舞、あ、焔舞って俺の契約精霊の呼び名な。焔舞にも聞いたけど、焔舞も聞いたことがないって。即死じゃないのに縁を結んだ者が死にかけているのに顕現しないのは普通じゃないって。焔舞たちにとっても縁を結ぶってのは大事なことで、その大事な相手の為に何もしないなんて考えられないって」
俺はまた一口酒を含んだ。
オーロはコップを持ってただ聞いていてくれた。
「焔舞が言うには親父が死ぬ前に精霊が力を使い果たしていたか、それとも縁を切られたからどちらかだろうって。でも、白社以外で縁を切るのは魔道具がないと難しいから、親父にそういう者がつけられていたら大婆様が気づいただろうから、きっと力を使い果たした方かなって」
「そうか」
「でも、里の結界内で力を使い果たしたら、さすがに別の精霊がサポートに入ったはずだって。だから、親父は里の結界の外に出て、そこで精霊が力を使い果たすような何かが起こったんじゃないかって。そこから戻るときに事故に遭ったんじゃないかって」
「カイ」
「里の結界の外に出たら内なる洞窟の精霊は弱体化するから、そこで力を使い果たすのはありえるかもって。里の結界の外で何があったんだかわからないけど、里がちょっとだけ気になるんだ」
「気になるなら一度帰るか?」
「いや、焔舞がまだ十分外で力を得てないから、今は帰れないって」
「ん?」
「焔舞は外たる洞窟の精霊だろ?里に入るときに逆に力が要るんだって。だから、もう少し外で力をつけないと帰れないって。だから、鳩便だけ飛ばしたんだ。ガンツさんに手紙出して」
「そうか」
「でさ、ガンツさんで思い出したんだけどさ」
「うん?」
「あのさ」
「うん」
「カイ?」
オーロはカイが思い出したことはなんだろうと思っていたが、カイがしゃべらなくなって、そこできづいた。
カイって前から酒呑んでたか?そもそもこいつ呑めたか?呑んでいるところ見たことないぞ
と。
カイの家に泊まる最終日、オーロはカイを担いで初めてカイの寝室に入り、翌朝、旅に出る前に、カイに家以外では絶対に酒を飲むなと忠告することになった。
「カイ、この夏の間にダリルから一本は取れるように。いろいろ試してみな。あのじじいは腕だけはまだいいからね」
また、秋に来るよ!
と言い残して、イメルダ隊はイケーブスから去って行った。
村は静けさを取り戻し、春の種まきの季節を迎えた。
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