第21話 訓練の日々
イケーブスの村の北にはイケーブ川が流れている。冬場は獣が冬眠することもあり、肉の代わりにイケーブ川の魚を捕って食べることが多い。雪の積もっていない日は農家の旦那さん方も川沿いまでやってきて、釣りを楽しんでいる。
そんなイケーブ川沿いに雪の積もっている日に来る者はほとんどいない。
だから、…
「カイ、まだ左が甘い!」
ガッという音とともに、俺の剣が弾き飛ばされて、喉に剣先を突きつけられた。
今日は人が来ないイケーブ川沿いで、イメルダの隊商の護衛の副長ギリーに稽古をつけてもらっていた。付き合ってくれているのはイメルダの護衛部隊の若手のラーダとオーロとジールだ。カッツも来たがっていたが、今日は父親のギンの手伝いをしないといけないと言って悔しそうにしていた。
イメルダも見学に来ようとしていたようだが、鍛冶組合から連絡があって、仕入れ予定だった剣と短剣のことで呼び出されていた。
俺は久々にギリーとやり合って、その横でオーロとラーダが訓練していた。ジールはさっきまでラーダと訓練していたが、今は休憩と言って釣りをしている。
俺とギリーの模擬戦は今のところ俺の一勝八敗だ。一回だけ、ギリーが雪に足を取られてバランスを崩したことがあり、その隙を突いた形だ。それ以外の実力勝負は全敗。
「カイを釣るのは簡単だな。目線とかちょっとした足さばきですぐに釣られる。動きが素直すぎだ。まだオーロの方が手強いな」
言われて、オーロとラーダの訓練を見る。オーロの武器はクロスボウと鞭だ。鞭で牽制して距離をとってクロスボウに矢を番えて打つ。あのクロスボウの扱いの速さは真似できない。ラーダがオーロに肉薄しようと懸命に追っているが、絶妙なタイミングの鞭に翻弄されて、近づけないまま矢を避ける。
しかも鞭の軌道に時々フェイントが入っている。ラーダは木剣なので、鞭を切り落とすことが出来ず、なんどか逆に木剣をたたき落とされている。それでも剣を落としたらすぐに拾ってリカバリーするのはさすがだが、拾う間にクロスボウに矢を装填されて、矢から逃げることになる。
「オーロは隊商の護衛も兼ねているのか?」
「いや、あくまで御者だ。ただ、オーロが御者している馬車の前はオーロが露払いするから、むしろオーロの馬車の後ろを警戒するようにしているな。クロスボウと鞭は剣で相手するにはなかなかに厄介で、襲ってきた強盗団も何度か撃退しているぞ」
「へええ」
確かにオーロぐらいの名手ならそのぐらいやってのけるかもしれないが、それでも馬車を御しながら盗賊とも戦えるのか。
オーロ対ラーダの模擬線は鞭でバランスを崩したラーダの腕から抜けた剣をオーロがクロスボウ本体で横から叩いて遠くに飛ばし、さらに鞭で牽制したところでクロスボウの矢を喉に突きつけて勝利していた。
「クロスボウで叩いたのはいい判断だったな」
ギリーが賞賛の言葉を発して、俺も思わずうなずいた。
クロスボウに矢が番えられてなかったのでラーダの意識は鞭に集中していた。それを察知したからオーロはクロスボウで剣を弾き飛ばした。一回しか使えない引っかけだとは思うが、効果は絶大だった。
「ちっ、オーロにやられたよ。全く近づけなかった」
「ラーダはもう少し相手の両手に気を配るべきだな。オーロはナイス判断だった」
その後は俺とラーダ、オーロとギリーさんで対戦したが、これはあっさり決着がついた。
俺とラーダだと木剣同士の戦いで、これは俺の方がラーダより少し早く動いて圧倒した。
オーロとギリーさんはギリーさんのフェイントでオーロの鞭が的外れなところを打ったタイミングでギリーさんがオーロに肉薄して喉に剣を突きつけた。
「オーロは相手に接敵されたら終わりだから、鞭が外れた瞬間に跳ね返りを利用して横に薙ぐとか、何か相手を牽制する手段を考えた方がいい。ただ、相手に近づかれなければ、十分戦える。相手と適度に距離を離し続けることを意識して、長期戦出来る体力をつけておくといいだろう」
最後は俺とオーロ、ラーダとギリーさん
これはラーダとギリーさんの戦いが瞬殺だった。ラーダは少し落ち込んでいたようだが、こっちはそれどころではない。
オーロの奴、対戦相手が俺となった瞬間に鞭を変えると言い始めた。
最初に使っていたのは訓練用のしなりの良い人の背丈ぐらいの鞭。しなりはいいが、当たってもそれほど痛くは無い。
それをその倍以上の長さの長鞭に変えてきた。長鞭は訓練用と言っても勢いがつくから当たるとしゃれにならないんだが、そうしないとどうしても俺に接敵されるから、訓練にならないと言って、ギリーさんもそれを了承した。
いやいや、換装するならギリーさんとやるときだろとおもったが、ギリーさん相手だとより正確に動かす方が大事だからさっきの鞭の方がいいそうだ。
一方で俺とやり合うときはいかに距離をとるかが勝負だから、射程が長い方がいいと。
いやいや、ギリーさん相手でも射程長い方がいいだろう、と思ったが、前に野営中に練習したときにギリーさんの木剣で長鞭を切られたらしい。いや、木剣で鞭って切れるのか??と思ったが、それ以来ギリーさんと護衛隊長のフェイさん相手の時は長鞭を使わないと決めたそうだ。
こうなるとオーロに近づくのは厳しい。
弓で牽制するが、オーロの鞭の勢いが早く、どれだけ連射しても弾かれてしまう。
三連射どころかタイミングをずらして上からと水平方向から10本以上の矢が同時にオーロのところに届くように打ったのだが、見事に全部弾かれてしまった。
なんとかして接近しないと勝ち目が無いが、あの鞭を一瞬でも止めないとオーロに近づくのは厳しい。
これが森の中なら木の枝と落とすとか葉っぱで目くらましするとか、木に隠れて少しずつ近づくとか小細工も出来るのだが、ここは川沿いの見晴らしの良い場所で、そういった手段がまったくとれない。どうにかして鞭を遠くに弾くしかなさそうだ。
おれは改めて練習用の矢を取り出す。矢筒の重みから考えて、これ以上矢を使った攻撃は続かない。
これがラストチャンスだろう。
オーロの鞭の圏外から大きく空に弧を描くように三連射を二発。そのままオーロの周囲を円を描くように走りながら水平方向に五連射してオーロの方に突っ込む。
オーロは先に水平方向の矢を鞭で打ちつつそのまま俺の方にたたきつけるように鞭を薙いできたが、それを弓で弾く。タイミングぴったりで空から落ちてくる矢をオーロが鞭で迎撃する中を接近するが、オーロは弓で弾かれた鞭をその勢いを無駄にせずに上に跳ね上げて矢を弾き飛ばすとそのまま俺に向かって振り下ろしてきた。その鞭をもう一度弓で弾くが、勢いで弓も俺の手を離れて弾かれる。あと少しというところで、再度水平方向から来た鞭を今度は木剣で弾く。あと一歩というところでクロスボウがこちらの方を向く。クロスボウは連射に向かない武器だが、命中率は高い。オーロが引き金を引く瞬間に頭から地面を滑るように飛び込んでクロスボウの矢を避けると同時にオーロの足首をつかむ。オーロがクロスボウを振り下ろしてくるが、左手で持ち替えて木剣で弾きつつ、オーロの目の前に右手の指を突き出す。
「そこまで!」
ピタッと止まった瞬間、俺の右手人差し指はオーロの右目の前にあった。
「これはカイの勝ちかな。オーロの目が潰されたら、そのまま剣でオーロの首を切れただろう。しかし、訓練で目潰しにいくか」
「これしか止める手段を思いつかなかったから」
弓は弾かれるし、剣も鞭の対処で手一杯。クロスボウを避けれなければ俺の負けだったろう。
ラーダとジールが、すげえなとか言いながらやってきたが、俺もオーロも息が続かなくなりそうなぐらいヘトヘトだ。
「カイは手強いな」
「いや、オーロの方が厄介だ。これが森の中ならもうちょっとやりやすかったんだが、だだっ広い場所だとこんなに鞭が厄介だとは思わなかった。あ、ありがとうございます」
俺が飛ばされた弓をギリーさんが拾ってきてくれた。
「カイ、お前小手をつけないか?」
「小手ですか?」
「そうだ。今日見ていたが、俺の剣もオーロの鞭もお前の目は追えているが、防具が無いからとっさに止められないという局面が何度かあった。小手で反らしたり、受け流せるだけでもう少し対応できるようになるだろう」
小手か。弓を使うときに邪魔になるし、腕の感覚が変わってしまうから、つけたいと思ったことは無かった。
「小手と言っても腕輪みたいな物でもいい。お前の目と身体の動きがあれば指一本分の長さの腕輪で剣の腹を横から叩くとか、ちょっとしたことが出来るだけでも違うと思う」
「そのぐらいならちょっと考えてみます」
幅広の腕輪か。
あまり重くないものであれば弓にもそんなに影響しないかもしれない。
「弓の調整をするなら少し重ための物や幅の広いものなどいくつか用意して、どんなものをつけていても咄嗟に動けるように訓練する方がいい。だから、最低でも三種類ぐらいは訓練用に用意しろ。イメルダさんに言えば、相談にのってくれるはずだ。たしかイメルダさんも昔小手を使っていたはずだから」
「わかりました」
その日、村に戻った俺はイメルダに相談して、鍛冶組合と木工組合に三種類の腕輪の依頼を出した。
一つ目は重いもの。これは鍛冶組合に依頼して左右両方につけられるように一組。
左手だけにしておくと身体のバランスが崩れるらしい。
二つ目は幅の広いもの。木工組合に頼んで手首から肘まで覆うような物を頼んだ。こちらは左手用にしたが、これも大きさが利いて、かなり重たくなってしまったので、そのあとすぐに右手用も頼んだ。
三つ目は中指ぐらいの幅でベースは木だが、一部分に金属の薄い板を入れてもらった物。実戦ではこれを使う予定で、当たった剣の刃が滑るように木には浮き彫りをしてあるが、中央に円形の金属の板を入れてもらった。細工も綺麗だが、これでまともに剣を受けても腕ごと叩き切られるかもしれないので、あくまで剣の腹を叩いていなすための物だ。これは左手用に作ったが、あとから追加で右手用も作った。
結局どの腕輪も両手にしないとバランスが取りにくく、左右別の物をつけるのもいまいちだった。
この冬の間、あるときは金属の腕輪を、あるときは幅広の腕輪をして、平原に、草原に、森に、川沿いに行って、オーロやぎりーさん、ときどきフェイさんと訓練をした。
斧が相手だとどんな風になるのかを試すためにグリューにも手伝ってもらった。ただ、斧の横を叩いたら、グリューがバランスを崩して怪我をしそうになったので、その後はカッツに頼むことにした。カッツならバランスがいいので、叩かれてもすぐに体勢を戻して斧を振り下ろしてくるから、俺にとってもカッツにとっても良い鍛錬になった。
腕輪をした状態で弓の訓練もしたかったので、オーロを誘って、オーロはクロスボウのみ、俺は弓のみを持って森の中にいき、時にはお互い全力の身体強化系の魔法や、気配察知と隠蔽の魔法をかけて、森の中でゲリラ戦をやった。さすがに精霊との親和性はオーロの方が高くて、最初のうちは全然勝てなかったが、冬が終わる頃には五分五分に持ち込むことができるようになった。
一番きつかったのがやはりイメルダとやり合うときで、短剣を持って気配を隠したイメルダと魔法を使わない俺では、まったく勝負にならなかった。しかもその際に時計を持ってきて、時計にも気づいたら妨害に負けず戻らないといけない。俺だけでは無くオーロも相当鍛えられた。
冬の間中、時には狩りに行き、時には川で魚を釣り、時には時計で気配察知ができるように訓練し、剣や弓や斧の訓練をし続けた。オーロ、ギリーさん、ラーダ、カッツ、ジール、フェイさん、グリュー、イメルダと訓練をして、一日外でヘトヘトになった日はがっつり肉亭に行って、みんなで肉を食った。
冬の間にカッツが急成長して、斧でグリューと競り合えるようになったり、ジールがオーロのクロスボウを避けるという大金星をあげたり、俺とオーロは誰も来ない森の奥で里にいるときと同じぐらい全力の魔力戦を一刻ほどしてその形跡を消すのに三刻かかったり、みんなで釣った魚を焼いたり、焦がしたり、冬眠中に出てきた熊を一頭狩ったり、うさぎを狩って狩人組合やがっつり肉亭に卸したり、魚を釣って樹木と暖炉亭に卸したり、雪の深い日に村中総出で畑の雪かきと畑の周りの野ねずみの罠を修理したり、あっという間に最初の冬が終わろうとしていた。
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