第20話 閑話:語り部とは(オーロ)

「カイ、聞いておきたいことがあるんだが」

「ん?なんだ?」


 居間で食事をとった後、カイは冬の手仕事として、樹皮をなめしてものを細い紐状にしてそれを編んで袋をつくっていた。ちょっとした小袋があると焔舞の収納に収めたときに小物がばらけなくて済むから、冬の間につくっておこうと思っていたといって、ずっと作業をしている。


「カイ、お前、語り部が何か知っているか?」


 語り部。

 この前リーザの語り部に俺とカイは会った。そのときのカイの態度が気になっていた。

 リーザはカイの師匠だ。リーザの語り部だとわかったら、カイは動揺するだろうと思っていたのに、そんな風に全く感じなかった。

 カイは語り部のことを誰に習ったんだろう?

 俺は十四の誕生日に、あと一年で成人するのだから、里のことを知っておけと言われて、両親から習った。

 だが、両親を早くに亡くしたカイに誰が教えてやったのだろう。

 それにカイの母親は病に倒れたから仕方が無いとは言え、父親は事故で亡くなったのに、語り部が現れなかったと聞いている。


「俺たちのように精霊と契約した者が緊急の時に呼び出して里に何かを伝えてくれる者だって聞いたけど。イケーブルで会ったのは、リーザから里への緊急伝達をしてくれる使者みたいな者だろ?ただ、精霊が生み出した使者だからすごく弱いので守らないといけないって。あと、里の者が困っているときにだけ現れるのだから、最優先で里に送り届けるように。外にいる里の者はできうる限りの支援をするようにって習ったけど?オーロ?どうしたんだ?」


 カイは知らなかった。

 語り部のことを知らなかったんだ。

 カイの父親が亡くなったときに語り部が現れなかったことは里の中でも不思議なことだと言われていた。だから、カイに教えるのを誰もが躊躇したんだろう。


「カイ…」

「オーロ?俺、なんか間違っていたか?」


 俺はカイに俺が知っていることを教えた。

 語り部というのは精霊と縁を結んだ者が死に瀕したときに、その身体を使って精霊がこの世界に顕現する現象であること。

 語り部が無事に里に帰り着いたら、外たる洞窟か、内なる洞窟で語り部が死に瀕する原因について語り、それを聞いて癒やし手達が準備をし、精霊が元の契約者に身体を返すと同時に身体を癒やし、生き返らせることが出来る。

 ただ、語り部が力尽きて、里まで帰り着かない場合、帰り着けなかった場合は、精霊はこの世界から消失し、死体もまた消える。精霊が身体の力もすべて尽くして、それでも帰りきれなかったからではないかと言われている。


 だから、精霊と契約した里の人間はめったなことでは事故などで死なないし、事故で死んだ場合は遺体も残らないことが多い。

 語り部というのは、精霊と契約した者達を生かすための最後の手段で、語り部になると精霊は多くの力を使うため、もどったあとしばらく力を使うことが出来なくなると言われている。

 だから、語り部にならないように、注意深く行動しないといけない、精霊との縁が白社以外で途切れてしまうと二度と精霊を持つことが出来ないのだから、と。


「…嘘だろ?だって、俺の親父は、俺の親父は遺体で戻って…」

「そうだ。カイの親父さんの死は里に衝撃を与えたんだ。カイの親父さんは確かに精霊と契約していた。精霊と縁を結んでいたのに、語り部にならずに事故で亡くなるなんて。カイの親父さんの傷から考えて語り部が現れれば里に戻って蘇生できるはずだった。傷を受けたのは頭だったけど、血を止めて帰り着けば問題ないはずで、しかも親父さんは外にいたわけじゃない。里の結界内にいたのに」

「なんで…」

「わからない。だが、事故に遭う前に精霊との縁が何かしらで途切れるようなことがあったのではないかと考えられていた。里の者が事故で死ぬなんて、大婆様にとっても経験したことが無いことだと聞いた。だから、カイのお袋さんは心労で倒れたんだ」


 カイの父親の死は里にとっても衝撃だった。

 外たる洞窟の精霊と縁を結んで、里の外の遠い場所、例えばロイヴェから海を越えたロブ島にいるとか、里から遠く離れた特殊な場所にでもいない限り、語り部は全力で里に帰ってくる。

 カイの父親は内なる洞窟の精霊と縁を結んで、里の結界の中にいた。

 なのに、事故に遭って、遺体で戻ったのだ。


「カイ、だから、リーザの語り部に会ったということは、リーザがあのとき死にかけていたということだ。あの語り部の身体はリーザの身体を借り受けたものだ」

「…リーザ姉、そういえばイケーブルの方からきて、迷宮都市に行くって。じゃあ、リーザ姉はあのとき死にかけていたってことか?」

「あぁ、そうだ。でも、無事に蘇生できたんだな」

「そんなことってあるのか?リーザ姉は俺の師匠で、殺しても死にそうにない人だぞ。それに、俺の親父は、だって、俺の親父は…」

「カイ、親父さんのことがあるから里の人はカイに語り部のことをちゃんと話せなかったんだと思う。だけど、お前も知っておいた方がいい。語り部が現れたらその身体は死にかけている。語り部は急いで里に戻さないといけないんだ」


 カイはまだ呆然としていた。信じられないんだろう。里にいる頃に一度でも語り部からの蘇生を見たことが有れば信じられたんだろうけど。

 俺は彗と一緒に里にいたときに伯父が事故に遭って、語り部から蘇生するのを一度見ている。


「カイ、今日はもう休め。すまなかった。お前がリーザの語り部に会っても動揺していなかったから、ひょっとして語り部のことを聞いてないんじゃないかって気になっていたんだ。でも、もう少し伝えるべき時を選ぶ根器だったかもしれない」

「いや、知らないより、知っておいた方がいいから。でも、まだ全く実感がなくて。本当なのか信じられなくて」

「混乱するのも無理はない。今日はもう休め。な」

「あ、あぁ」


 カイが寝室の方に行った後、居間のストーブの火を落とし、家中の戸締まりを確認して、俺も寝ることにしたが、まだ話すのが早かったかもしれないと思うと、俺もなかなか寝付けなかった。




「焔舞…」

 …どうした?

「語り部って、語り部って」

 …あぁ、知らなかったんじゃな。そうだ。オーロの言うことが正しい。お前の父のことは知らなかったがな。

「なんで、なんで、俺の親父は事故で死んだんだ?」

 …わからぬよ。だが、あの腕輪のように縁を切るまでいかなくても薄めるような魔道具が有る以上、何かしらの事故が起こってもおかしくはない。

「だって、外じゃないのに。里の結界の中だったのに」

 …普通に考えれば里の中でお主の父に何が起こったのかを見ていた精霊がおってもおかしくない。あの里は精霊であふれていて、人に頼まれればいくらでも力を貸す者がたくさんおる。だが、語り部になれるのは縁を結んだ者だけだ。だから、何かしら縁が薄れるか、切れていたと考えるのが妥当だろう。

「里にあの腕輪みたいなものが持ち込まれていたのか?誰が何のために?」

 …ここで考えても何もわからぬし、もう五年も経っておる。縁を結ばず、ただふらふらと漂うだけの精霊は自我が薄いため憶えてはおるまい。それに大婆が一度は調べておることだろう。それでもわからぬとなると、今となっては調べることもできまいて。

「そうか」

 …カイ

「なんだ」

 …眠れ




 …そこの水の。あまり余計なことはせぬようにお主の契約者に言っておけ。

 …わかった。すまん、火の。そなたの契約者はどうした?

 …眠らせた。

 …そうか。




 翌朝、カイは何やら考え込んでいたが、ジールが川に魚を捕りに行こうと誘いに来て、グリューやカッツやジールと話している内に、少しずついつものカイに戻っていった。



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