第18話 からくり時計と訓練
「はい。失敗。四半刻前に止まっているよ!」
「え?」
「ああああああ、カイもアウトか」
「だめだー。今回はカッツだけだ」
気配察知の訓練を始めてみることにして最初は門番の門衛所に置かせてもらったら、当然のようにグリューとジールにばれた。
それと俺が弓の面倒を見ているカッツにも。
カッツは東門の門番のギンさんの息子で、弓と斧を訓練している。斧はグリューが、弓は俺が教えている
もっとも、俺の教え方は狙いがあっているか、姿勢がおかしくないか、など俺なりに気づいた点を指摘するぐらいにとどまっているが。
俺とオーロが訓練していたら、最初にジールにばれて、グリューが加わって、そのままグリューに斧を習っていたカッツが参戦した形だ。今は五人でイメルダの指導を受けている。
イメルダは前に使っていただけあって、この魔道具の使い方をよく知っている。後ろにある四つのボタンの意味も知っていた。二つのボタンは時刻合わせ用、もう一つのボタンは練習モード用で、もう一つのボタンを押すと訓練モードになるらしい。練習モードの場合はボタンを押してから長針が一目盛り進むまでの間に一度停止する。
俺とオーロは止まる瞬間を見ていなくても同じ部屋にいれば気づくぐらい、何か不思議な感じを受けるのだが、グリューとジールは全くわからないらしく、時計を真横に置いてあっても目を離すと気づけないらしい。
意外だったのはカッツで、最初はグリューと同じく全くわからなかったようなのだが、二日ほど訓練をすると
「なんかわかった気がします」
と言い始め、時計に背中を向けていても何か感じるようになったと言って当てられるようになった。
今日はそろそろ森に狩りに行かないといけない俺について、グリューとジールは森の境で時計を見張って、カッツは時計から両手を広げたぐらいの距離を離れて背中を向けて、俺とオーロは試しに森の中に入って気配を探っていた。一応オオカミが来てはいけないので、グリューとジールとカッツのそばにイメルダが暇つぶしと称してついてきてくれていた。
イメルダの判定でグリューとジールは気づいたらすぐ手を挙げること。カッツ声を出さずに十数えてから手を挙げる。そして俺とオーロは気づいたときに狩りをしていたら、四半時以内に時計のところに戻って来れたら合格と決まっていた。
が、先ほどシカの気配を察知して俺とオーロは狩りを始めてシカを射止め、解体を始めて終わったところだった。
今から四半時前というとちょうどシカが動き始めて慌てて仕留めに入ったところだったはずだ。
「カイとオーロはちょうどシカに気をとられていたね。あのシカが急に動き始めたのは時計が止まったときの振動みたいなものに気づいたからだよ。ただ、カイとオーロはシカが動いた方に気をとられて気づけなかったね。そして、グリューとジールはカイたちが森に入ってから少し目を離して、そこで見落とした。今回はカッツだけが森の奥に行くカイたちに目を向けつつも気配察知を切らなかったね。カッツは良い狩人になれるよ」
イメルダに誉められてカッツは頬を赤らめて照れたように、だけどとてもうれしそうに笑った。
「カッツ、よくやったな。今回は俺とオーロもだめだ」
「いえ、カイさんたちは狩りをしながらだったので。俺は狩りをしてなかったし」
「いや、カッツ、狩りをしながらでもシカを狩っているときに背後からオオカミに襲われたらどうする?熊が近づいてきたら?狩りをしているときでも気配察知は切っては駄目なんだ。今回は俺も油断した」
しかし、森の中に入って森の外の平原付近まで気配を探るのはさすがにまだ無理があったか。
「カイもオーロもまだまだだね。冬は動物たちも少なくなって気配を読みやすい時期なんだけどね。まあ、一冬訓練してごらんよ」
「ああ、しかしなかなか難しいな。イメルダもこんな風に訓練したのか?」
「そうだね。最初は宿の隣の部屋から始めて、迷宮にダイブしたときも持って行ったね。平原でよく訓練したよ」
「平原?」
「ああ、その辺りはこの冬は余裕があるし、今度話してやるよ。カイに迷宮の話をほとんどしてなかったからね」
確かにイメルダの隊商が里にやってきたときはその前の旅の話を聞くことが多かった。旅で見た珍しい風景の話やお祭りの話、里に近いイケーブラではどんなことが起こっているか、今年ケーブで流行っている物は何か、あとは最近出てきた少し変わった武防具の話も。それと他の村は豊作かどうか、どこかの村で困っていないか、里で採れた物を高く買ってくれそうなところはどこか。
そういった里に関わるような話が多くて、ダイバーだというイメルダの話を聞けるのは本当に少しだけで、それもどちらかというと迷宮でどんな物が取れるかの話が多くて、迷宮自体がどんなものなのかの話は聞いたことがなかった。
「さ、もう一回訓練だよ。カイとオーロは森の方にいきな。ちょっと練習モードでやってみよう。始めるときに声をかけるから、そこからしっかり気配を追いな」
「その前にシカを村に届けてこないと」
「あーそれは俺がやるわ」
「グリュー?訓練飽きた?」
時計を前にずっと考え込んでいたグリューがシカを運んでくれることになって、今日もギルドから借りてきていた台車に乗せて運んでくれた。
「さあ、シカはもう持って行ってくれたから訓練できるだろう?」
言われてオーロと二人で森に入る。しばらくするとイメルダの、始めるよ!、と言う声が聞こえた。
気配を追う。
この気配はカッツ、そしてその向こうにジール、イメルダの気配は感じられない。ジールの前に時計があるはず。その辺りの気配を探る。ほんの少しの間のはず。
だが、イメルダはどこだ?
イメルダの気配は完全に消えている。
これは訓練で、俺がイメルダならどうする。
そのとき空気が揺らいで、そして
「避けろ!オーロ!」
と叫んで、横に飛んだ!
オーロの目の前にイメルダがナイフを寸止めしてた。そして、俺の方には鎌を投げてきやがった。
「オーロはここまで。カイ、続けるよ」
そこから俺とイメルダの追いかけっこが始まった。
時計の方に走ろうとするとナイフが飛んでくる。
それを避けると森の中の方に追われる。だが、行くべき場所は森の外、時計の前だ。
左に右に身体を振って、時に切り返して後ろに飛ぶが、イメルダはそれに追従してくる。
捕捉されているから気配を消すのも困難だ。
なら、突っ切りつつナイフを避けるしかない。
ナイフは何本持ってやがる。たまに投擲の間隔があく。鎌とナイフをうまく引き寄せて再度投げている。
その引き寄せのタイミングを計っていかないと。
1本目,2本目,3本目,4本目,一拍遅れてまた1本目、2本目,また空いた、1本目,2本目,3本目,…
次に四本続いたら行く。
1,2,3,4,行く!
イメルダの右を抜ける。
来る!
右に飛んで避ける。
だが、また左から前に回られる。
振り切れない。
森の中にいったん戻る。
残りの時間から考えてどこにいく?
この場所からならどこへ?
川だ。イケーブ川に飛び込め!
下流へ下って森を抜けてそこから上がるか、上流に抜けるか、川へ
いや、川に入るとじり貧だ。
一瞬だけ気を惹ければいい。
岩を川に蹴り込んで、気配を消す。
イメルダが川の方へ歩いてきて、少し考える。
泳いでいる様子が無い以上、川に落ちたなら下流に目を向けるはず
その瞬間に。
ここ!
イメルダの顔が一瞬下流に向いた隙にイメルダの左を抜ける。突破した!
「残念。甘い!」
突破したと思った瞬間、肩に手が置かれて、振り向いた瞬間、ナイフを首に突きつけられた。
「カイ、甘過ぎだね。川に何か落としたぐらいで人が落ちたと勘違いされるとでも?今のは人が落ちたような音ではなかったね。この程度で振り切れると思われるとは、あたしも甘く見られたもんだね」
だめか。
この程度の小細工じゃ、イメルダは誤魔化せない。
「あたしが来るのはどうやって気づいた?」
「イメルダの気配がないから、どこかにいると思った。来るなら俺とオーロの方。時計とは逆の方向から来るかもしれないと思った。来るなら時計が止まったときだろうと」
「うーーん。半分だね。それはあたしが来るとわかっていたから警戒したってことで、あたしの気配を読んだわけじゃなく、推定が当たったというだけだろ。時計が止まった瞬間に勘で右に飛んでオーロに警告して、そのタイミングであたしに気づいただけだろう?それじゃあ、あたしの気配を読み切れているわけじゃないから、続けていても逃げ切れるはずがないね」
くっ。
確かにイメルダの気配を察知して避けたんじゃなくて、多分こっちから来るだろうと思って避けてから気配に気づいた。
「それだと、来るかどうかわからない奇襲の時には間に合わないってことだからね。もうちょっと訓練は必要だよ。ただ、今日はもう監督だけにする。カイにはあたしの気配を読もう読もうとする雑念が入ってしまったからね。今は時計に集中しな」
そういうと、それ以降イメルダは襲撃してこず、夕方まで時計のセットだけをしてくれた。
オーロはいったん森の外に出て平原で時計から離れることにしたらしい。森の中は雑多な気配があってやりにくい。それを避けて訓練して、気配が読めるようになったら徐々に森に入るそうだ。
俺は森の中を少し奥に入っていく。
かろうじて気配が感じられるところを探りながら、少しずつ少しずつ離れてみる。
村の中だと雑多な気配がさらに混じっていたが、俺からすると森の中でもまだ村よりは気配を読みやすい
少しずつ、少しずつ距離を伸ばして、時々気づき損ねて少し戻り、と言うのを繰り返して、村の外であれば俺の気配読みはかなりの距離があることを発見した。
「カイは村の西門から森の入り口ぐらいまでの距離はいけそうだね。森の中でもこの森はすっかり庭みたいになっているから距離がそんなに変わらないようだし。むしろ普段行かないようなところに行かないと森の訓練にならないかもね」
オーロは森に入らなければ距離的には俺よりちょっとだけ短いぐらいだが、森に入ってしまうと駄目で、気配が急に読めなくなるらしい。隊商の御者をるからには森からオオカミが出てくるのを察知する必要があり、それにはどうしても森の中の気配読みが必要。そう言われて、オーロもこの冬の間にもう少し森の気配を読めるように一緒に訓練することになった。
ジールは今日一日訓練したおかげで、少し感覚がわかるようになったという。
元々ジールは索敵出来るはずなのに、この気配読みが出来ないのは不思議な感じがしたが、普段は周りの草の倒れ方や、なびき方、森の草の踏みつけられぐらいを目安にして索敵しているようで、動きのない時計では読みにくかったのだと言っていた。
グリューはジールよりも索敵が苦手で、イメルダ曰く、こういう人は索敵が上手な人を仲間にすればそれはそれで正解、とのこと。
シカを運んだ後、戻ってきたが、イメルダと二人で世間話をして、ジールやカッツの気を乱そうとしていたらしい。ジールはときどき世間話につられて気づかないこともあったが、カッツはイメルダとグリューが話していても、十かぞえたら手を挙げるというのを確実にやり続けていた。
カッツは人が二人両手を伸ばしたぐらいの距離離れるのがやっとではあったが、その範囲内なら妨害にも負けず確実に反応できていた。
長い冬は始まったばかりで、春までに一番伸びるのが誰なのか俺も楽しみだし、イメルダもオーロも楽しみにしている。
ただ、誰が一番伸びるか賭けをしようとおもったが、全員がカッツと言ったので賭けにならなかった。次の春が楽しみだ。
訓練をしたり部屋を冬用に整えたりしている間に、雪が少しちらつき始めた。
今日の夜寝て、明日の朝日が昇る頃には新年だ。
里を出て約半年。あと二回この村で冬を越すだろう。
どうか来年も一年変わりませんように。
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