第17話 我が家へようこそ

 イケーブスの村はケーブとイケーブラをつなぐイケーブラ街道にあった宿を中心に徐々に商店などがあつまり広がって村になった経緯がある。

 そのため村の中央を西から東へとイケーブラ街道が通っており、その周りに商店や組合、村役場、教会などがあり、イケーブラ街道沿いの東端と西端には馬車停泊所が置かれている。

 村は高い壁で四方を囲まれ、東北、東南、西北、西南には物見塔があり、壁の外側には農地が広がっている。

 東馬車停泊所の向かいには農耕馬の馬屋が、馬車停泊所の裏には貸し馬屋があり、馬を借りて旅する者は隣のイケーブフで借りた馬をここで返しイケーブエまでいく馬を借りたり、イケーブエで借りた馬を返して、イケーブフまでの馬を借りたりする。

 また、西の馬車停泊所の奥には野営エリアがあり、宿に泊まる金のない旅行者は野営エリアで過ごすことも出来る。村の高い壁で囲まれたエリアでの野営は野生動物や野盗に襲われる心配が無く、雨や雪の降ったときだけは北東物見塔の一階が解放されて雨宿りすることも出来る。そのため、四季を通じてイケーブスで休みをとったり、一時的に冒険者ギルドの仕事を請け負ってお金を貯めるものなどもいる。イケーブスはイケーブラ街道内の主要村として広く知られている。


 そんなイケーブスだから、冬越えを希望する者は少人数の旅人でも多い。冬をイケーブスで過ごす商隊は二つまで。だが、単身で旅する者もいて、冬のイケーブスでは冒険者ギルドで仕事を探す者達も多い。

 去年の冬場、イケーブスで畑仕事ができなくなって冬野菜が取れなかったこと、狩りができなかったことはかなり痛い出来事だった。

 春の間は次の冬をイケーブスで過ごすのはやめる方がいいと旅人や商会の間で噂になっていたが、夏から秋にかけて大量の干し肉が出荷され、今年は農作物も豊作という噂もちらほらと流れ始め、耳の早い、抜け目のない商隊は晩夏にはイケーブスへの逗留を打診していた。


 だが、それよりも遙かに早くイケーブスでの冬越えを打診した商隊があった。

 イメルダの商隊である。

 カイをイケーブラに送り届けて別れた後、イケーブルの商業組合経由でイケーブスでの越冬予約を入れていた。


「カイがいるんだから、この冬はまともになっているはずさね」


 そう言いながら、西側の馬車停泊所だけではなく、樹木と暖炉亭の予約もしっかり取っていたという。


 イメルダの隊商の面々によるとイケーブラを出た後、カイがだまされて、ひどい目にあっていないか心配して心配して、イケーブスの商業組合に問い合わせようとして、それがカイにばれると気まずいし、とそわそわして、イケーブルにつく頃には隊商の全員にこの冬はイケーブスでいいよね!と念押しをして、そんなに気になるならイケーブルからイケーブス方面に行ってもいいんだぞと言うグイ爺さんの言葉に遠くを見ながらも、そこまで過保護になっちゃいけないと言い聞かせるようにして我慢をしていたらしい。


 それを聞いたアシアナ、グリュー、ジールはそろって

「そんなに気になるなら一人にするな!」

 と突っ込んだそうだ。


 残念ながら、この話を聞いた人たちの中には、イメルダをからかうほどの度胸のある者はおらず、カイには伝えないという暗黙の了解が出来たのだった。


「で、この半年はどうだったんだい?」


 樹木と暖炉亭の大きな暖炉の前に陣取ったイメルダ隊の面々は久々にあったカイを囲んで、ダンダの作った食事に舌鼓を打ちつつ、この半年の出来事をカイから聞いた。

 夏に来たときに獣が多すぎたこと、最初に狩りに行った日に途中で止められて、そこから三日に一回のペースになったこと。アシアナさんや冒険者のグリュー、ジールと仲良くなったこと。ダンダさんとノンナさんには常日頃お世話になっていることなどを楽しそうに語った。

 逆にカイは隊商のみんなの話を聞きたがった。イケーブラを出てイケーブルに向かいその後どうしたのか、と。


「あたしらはイケーブラの後イケーブルに行って、そこからはイケーブル街道を通って、イケーブヌ、イケーブコ、イケーヴォを抜けてケーブに行ったよ。ケーブで少し仕入れをしたけど、品揃えがいまいちだったから迷宮都市に行って」

「迷宮都市に?」

「そうさ。やはり迷宮都市に行くと品揃えがいいからね。迷宮都市には少し長めに滞在したね。それから、ケーブにいったん戻って、今度はグランブリュー大山脈沿いにイケーブモ街道を北東へ進んで、イケーヴァ、イケーブチまで行ったんだけど、そこでその先の道が通行止めになってしまってね。南のイケーブン街道に下って、そこからイケーブニ、イケーブシュを通ってイケーヴァに戻って、またケーブという感じかね。ゆっくり回っていたからケーブに着いたときにはすっかり秋になっていてね。またケーブで仕入れて、今回はイケーブラ街道でイケーブエ、イケーブスというルートだよ。」


 ケーブから東に延びるイケーブラ街道の少し南側を通るのがイケーブル街道

 イケーブラ街道よりやや北、ケーブから北東に延びているのがイケーブン街道。

 そのさらに北がイケーブモ街道だ。

 俺と別れてからケーブの東から北東までの広がるイケーブ地域だけを回っていたみたいだ。


「せっかく迷宮都市に行ったなら、ケーブ以外の町に行こうとは思わなかったのか?」

「うーーん。ロイヴァルは比較的ケーブに似て緩いけど、アングラ、ヒラロン、ホゥルスはあまり他の地域の隊商を受け入れないからね。ロイヴァルから南に行ったら今度はケーブまで戻ってくるのが大変だから、今年は行くのをやめたよ」


 迷宮都市の周辺には五つの大きな町があり、その町を起点に俺たちの生活圏は広がっている。

 迷宮都市を中心に東にケーブ、北にアングラ、西にヒラロン、南西にホゥルス、南東にロイヴァル

 この五つの町は迷宮から産出した道具、武器、防具、各種の素材や食料を仕入れて、隊商に分配し、隊商はその物資を持ってそれぞれの地域を渡っていく。

 イメルダはケーブを中心として活動し主にケーブの東のイケーブ地域を回っているが、たまにロイヴァルから南のロイヴェ地方も回って、海の物を仕入れるのだそうだ。


「海か。聞いたことはあるが行ったことはないな」

「カイは行ったことがないのかい?オーロも見たことがないと言っていたね。里の中には何人か海を見たことがある人がいると言っていたけど」


 イリシアの里から大森林を抜けてさらに東にいくと海に出るのだが、そこは断崖絶壁で里から離れすぎていて精霊の助けも少ない。内なる精霊をパートナーに選んでいるとたどり着けないので、外たる洞窟の精霊の助力を得ないといけない。パートナーの精霊は一人につき一精霊だけ。ただ、大婆様は一時的に外たる洞窟の精霊の助けを借りる方法を知っているらしく、大婆様に指名されたときだけは二重の精霊の守りを得て、里の東におもむくことが出来る。


 ただし、レア中のレアだ。

 俺が知る限りでは商隊が一年以上も里に来ない時期があり、そのときに塩を得るために数名指名して東の海沿いまで抜けさせたと聞いた。崖の上からでも水系の精霊の力を借りれば塩が取れるのだという。

 きっと、その話だろう。


「この冬を越えて春になったら、ケーブからロイヴァルに抜けてオーロに海を見せてやろうかね」


 オーロは着実に知らない場所に行き、見たことのない景色に触れて、知らない物を知って商人への道を歩んでいるみたいだ。俺も負けてはいられないな。


「そうだ、カイ。あんたの家は余裕有るかい?」

「余裕って?」

「人一人泊められるぐらいの余裕だよ」


 イメルダの隊商で樹木と暖炉亭の部屋をいくつか押さえていて半額はイメルダが隊商の予算から出すが、残りは個人で支払うのだという。その金額も馬鹿にならないので家族連れは宿に泊まらず冬だけ家を借りるらしい。また、イメルダ本人は古い知り合いだからと言うことで村長のダンダさんの家に世話になるのだという。

 護衛の面々は護衛の合間に冒険者まがいのことをしてお金を増やしているので問題ないが、若い護衛は本格的な冬になる前まで野宿して、新年を越えたぐらいの雪が積もる時期だけ宿を利用するらしい。


「オーロも隊商に合流してまだ日が浅いから、一冬ずっと宿に泊まるほどの持ち合わせがなくてね。本人はイケーブスなら野宿でも大丈夫と言ってるんだけど…」

「いや、オーロはうちに泊まれよ」


 幸い、今日の昼間、大掃除をしておいた。客間も風が通っているし、ストーブの確認もした。薪も十分にあるし、オーロのことだから精霊に食料も預けているだろう。


「ただ、うちに泊まるからには冬の食料調達は手伝ってもらうがな」

「カイ、いいのか?俺なら大丈夫だぞ」

「知り合いが野宿しているのは俺が嫌なんだ」

「決まりだね」


 イメルダの一言で決した。それからオーロの荷物を馬車から引き上げて、オーロを俺の家に案内した。


「樹木と暖炉亭から近いから。街道から二本目の通りを右に曲がって、右手の角から二軒目が俺の借りている家」


 イケーブラ街道と交差して南北に延びる東大通りと西大通り。俺の家は街道から西大通りを南に入った二本目の通り沿いにある。

 一本目の通りの西側は通称冒険者通りと言って、グリューとジールはこの通り沿いに住んでいる。冒険者ギルド兼狩人組合が西大通りのそばにあるため、ギルドの招集がかかったときに素早く移動できるような場所に住む冒険者は多い。この通りに住む者とギルドの裏側の通りに住む者に別れていて、ドリンはギルドの裏側に住んでいる。

 二本目の通りの西側は通称狩人通りと言って、ここにハルさんの家と今は空き家となったノアさんの住んでいた家がある。俺はノアさんの住んでいた家を避けて、狩人通りに入って二件目の家を確保させてもらった。


「イケーブスは大きい村だな。俺のイメージの村というのはもっと住居と住居が点在しているような小さな村だったんだが」

「イケーブスは冒険者ギルド、狩人組合、商業組合、木工組合、鍛冶組合、薬師組合があって、それ以外に組合こそ無いけど大きな運送屋があって、教会もある。ただ、ケーブの町に比べると圧倒的に家の数は少ないって聞いてる」

「ああ、そうだな。ケーブはこの村が十以上集まったような感じだな。広い町だと思う。とはいえ、ここはイケーブラより大きいし」

「いいところだけど、もう少し飯屋が多いとうれしいんだけどな。ここだよ。俺の家。入って。」


 俺の家の門を入ると石畳のアプローチ

 玄関は屋根があって少し広めで、庭は広めで畑以外に俺が剣を練習する場所がある。


「一応、玄関で靴は脱いで汚れを落としてくれ。俺も狩りに行った帰りは組合の井戸で血を落としてからここまで来るけど、やっぱり気持ち悪いからここで内履きに履き替えてるんだ。そこの左手の収納に着替えと内履きを置いてあって、狩りに行った日は戻ってきたときに玄関で着替えるから。すまないけど、そこは慣れて」

「わかった」

「内履きはこれ使っておいて。来客用だけど、こっちの緑と水色は別の人が履いたものだから、こっちの紺色の内履きなら大丈夫。俺はこの白いの。そんでそっちの右の扉、そう、そこが客間だから好きに使って」


 一通り家を案内して、居間に二人で落ち着く。


「客間はベッドしか置いていないんだ。ストーブも居間と俺の寝室しかないし。明日客間のストーブも鍛冶組合に頼みに行くよ」

「いや、俺はストーブ無くても大丈夫だが」


 俺もオーロも精霊の守護があるので、里にいるときならストーブとか要らなかった。精霊が俺たちの過ごしやすい温度に環境を整えてくれていたから。


「俺も要らないと思ったけど、この村では俺魔法禁止だから」

「禁止?」

「うん、村長のダリルさんとか何人かに魔法使えることばれてて、危ないから魔法使わない訓練しろって言われて。魔法使ったのばれたら魔封じの腕輪をはめる約束してるんだ」

「カイ、魔法使うのはばれないようにしないと」

「オーロは誰にもばれてないの?」

「俺はイメルダさんが薄々知っているだけだな。里を出てからずっと使ってない。夏も使わずに乗り切った」


 マジか。

 そういえば俺はこの夏、他人の目がないとき、ずっと冷却魔法を使っていたな。


「カイ、お前迂闊すぎじゃないか?わかった。俺もこの冬は使わない。ストーブ代は折半でいいか?」

「いや、俺の家の備品だから、これは俺が出すよ。誰かが来てもいいように客間を整えておくつもりだったから」


 そのとき、何かが揺らいだ気がした。馬車に乗っているわけでもないのに身体のバランスが崩れるような。


「カイ」

「オーロも感じたか?」

「ああ、今のはあれか?」


 そう言ってオーロが指さしたのは居間のキャビネットの上に置いてあった時計。時計はさっきまでは動いていたと思ったが、秒針が止まっている。たった今止まったようだ。


「この時計なんだかわからないけど、時々止まるみたいなんだ」


 そう言って俺が手を伸ばすとまた空気がゆがむような変な気配を感じて、時計の秒針がくるっと動いて正しい時間をさすようになったようだ。


「魔道具か?」

「らしい。何に使うのかわからないけど、妙に気になって今日の昼に買ったんだ」

「用途もわからないのに買ったのか」


 オーロは少しあきれたような顔で俺と時計を眺めた。


「イメルダなら知っているかもしれないから、明日にでも使い道を聞いてみるよ」




「ということでカイが買ったこの時計の使い道知ってますか?」


 翌日の昼前に、オーロがイメルダに見せているのは俺が昨日買った時計。今日は今のところ順調に動いているようだ・


「からくり屋敷のからくり時計じゃないか。懐かしいね」

「からくり時計?」

「ああ。迷宮都市のエクストラダンジョンの一つ、からくり屋敷。そこでドロップしたり、宝箱から出てくるからくり時計だよ。迷宮都市ではそこそこ見かけるけど、欲しがるダイバーが多いから迷宮都市の外で見かけるのは珍しいね。私も昔使ったよ」


 そう言ってイメルダは懐かしそうに時計を見ていた。


「この止まる時計が人気なんですか?」

「ああ、用途を知らないとわからないだろうね。この時計止まるときに変な気配を漂わせるから、その気配に気づく訓練をするのに使うんだよ。例えばこの時計を門のところに置いておく。その気配の変化に『樹木と暖炉亭』にいて気づくことが出来るか、みたいな感じで使う」


 イメルダが言うには、この時計が変な気配を漂わせるのはほんの一瞬で、それに気づいて四半刻以内に時計に触れば時計は元に戻って正しい時間まで進んで普通に時間を示す。ただ、四半時以内に時計に触れなければ、時間は止まったままで、そのときは時計の後ろのボタンを押さないといけないらしい。ボタンを押すとその日時が時計の裏に表示される。気づけなかった日が記録されるのだから、この時計の裏面に古い日付が示されているほど優秀ということになる。どれだけ遠い場所から気配に気づけるか、何日連続で成功したかを確認して訓練する道具らしい。


「俺は昨日買ったんだけど」

「一日差だねえ。もし今も店にあったらあたしが買っていたよ。ラーダの訓練に使いたかったからね。カイが使わなくなったらあたしに譲っておくれよ。護衛もいつ代替わりするかわからないから、訓練用にもっておきたいんだよ」


 イメルダが持っていたものは最初の仕入れの資金にするために迷宮都市ですぐに売ったのだそうだ。


「イメルダはこの時計でどのぐらいの距離まで気づけるようになったんだ?」

「そうだね。迷宮に入って訓練しているときは東門から西門ぐらいの距離で気づけるようになるまでかな。ただ、迷宮都市を出るときにはこの場所からイケーブラ街道が曲がるぐらいのところまではいけたかな?」

「というと、東門から西門までのざっくり三倍ぐらいの距離は察知できたのか。それはすごいな」


 今の俺はどのぐらいの距離で気づけるだろうか。

 家の中は問題ないし、庭もいけるだろう。

 結構特徴的な揺らぎだったから、あのレベルなら家からなら西門ぐらいはいけるかもしれない。ただ、それは常時時計の気配を探っていればと言う条件がつく。何か作業をしながらという条件ならば、俺の家から西大通りぐらいでも気づけないかもしれない。


「迷宮都市は文字通り迷宮だから、角を曲がってばったり戦闘となると危険すぎるからね。普通にしていてもというのは難しいかもしれないけど、狩りの時は気配読みをしているんだろう?だったら、狩りの時に西門に置かせてもらって、気配読みをして気づけるかを試すといいよ」


 まあ、頑張りな、と言ってイメルダは商業組合の方に行ってしまった。

 今日から商業組合や木工組合、鍛冶組合に行って、春からの行商用に用意する物を発注するらしい。よその地方で見かけた道具なども便利な物は再現できるか試してもらうらしい。こうやって冬越えの隊商がいるとその村のレベルが引き上がるのだそうだ。

 オーロもイメルダについて勉強するようなので、鍛冶屋にストーブを頼むのはオーロにお願いした。

 俺はこの後来る木工組合の面々を待って畑に屋根をつけてもらわないといけない。


 明日こそは狩りに行こう。

 新年の祭りまであと少し。できればシカを一頭と頼まれているからな。

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