第6話 イケーブラ到着 鳩屋のガンツ
「見えたよ。あれがイケーブラだ」
その後二度の休憩を挟んでゆるゆると馬車は進んだ。
警戒はしていたが、あれ以降襲撃もなく、ここまで来れば村の結界が作用するところまでいつでも駆け込める。
村や野営地には結界が仕込まれている。
迷宮で結界石という石が採掘されるらしく、その石で村や野営地を囲むようにすると人に害をもたらす生物は入って来れない。
ただ、困ったことに蜂のように役に立つ虫たちも結界で排除されてしまうため、どうしても畑などは結界の外に作らざるを得ない。
だからこそ、狩人が必要とされるわけだ。
畑に挟まれた馬車道を抜けて、村の門にたどり着く。
結構立派な門と壁だ。
これで村なのか。
「このあたりはケーブからも離れていて、どちらかというと辺境に分類されるエリアだからね。獣の襲来が多いのさ。だから、村の周りに石壁を気づいて門もしっかりしたものを用意している。イケーブフやイケーブスの方が単なる柵で囲われていて、守りは緩いね」
馬車は一台ずつ門を越えていく。
イメルダは先頭の馬車の方に向かって何やら指示をしている。襲撃があったので報告やら何やら手間が増えるらしい。今日は狩人組合に行く予定だったが、明日の朝一にと言われた。
村に入ったら外壁沿いに右手に進み、馬車は宿へと到着した。
宿の前には馬車の停泊所があり、馬車の荷物も見張ってくれる。
俺はいったん宿に入るように言われた。
隊商の面々は荷物のチェックや馬の世話など作業を始め、数名は買い出しなのか村の中へ行ったようだ。
イメルダは商業組合に報告に行くらしい。
俺の部屋はオーロと護衛のメンバーと同じ、六人で雑魚寝するような大部屋だ
今はそこに俺と子供達しかいない。子供達は馬に揺られて疲れたのか眠ってしまい、しばらく俺が見守ることになった。
俺はこの時間に剣と弓の手入れを始めた。軽い手入れは戦闘後すぐにしておいたが、ここでじっくり手入れをしておきたい。
日が沈む頃に商隊のメンバーが帰ってきた。子供の親たちは家族部屋に子供を連れて移動した。
家族持ちと女性以外は二部屋に分かれて雑魚寝だ。
「カイとオーロ、ちょっといいかい?夕食の前に連れて行きたい場所がある」
俺はオーロと目をあわせたが、どうやらオーロも聞いていないらしい。
弓はおいて剣だけ腰に下げてマントをかぶって宿を出る。オーロは手ぶらのようだ。
イメルダは外壁にそって門から少し離れた方に歩いて行く。
「どこに行くんだ?」
「あんた達が知っておいた方がいい場所だよ」
「組合か?」
「いや、組合はもう閉まっているから、行くのはさっき言ったように明日だよ。ほらここだよ」
そこには外壁沿いに三階建ての家があった。家の三階はどうやら外壁の上に出れるようだ。
「ここは?」
「ガンツさんいるかい?」
俺たちに応えることなく、イメルダは声をあげてその家に入っていた。
俺とオーロも後に続く。
「いらっしゃい。どこに手紙を飛ばすんだい?」
「いや、今日はこの二人にガンツさんの紹介をしておこうと思ってね」
手紙を飛ばす?
「カイ、オーロ、この方はガンツさん。鳩屋だよ」
「鳩屋?」
「あんたたちの里に連絡するときの鳩を世話している人だよ」
なるほど。ここから鳩を飛ばすのか。
「イメルダの隊商に雇ってもらったオーロといいます。よろしくお願いします」
「カイと言います。よろしくお願いします」
オーロと並んで手を差し出すする。ガンツさんはほぉっと小さな声を漏らし握手に応じてくれた。
ガンツさんはやや背が低く小太り、いや、やや恰幅の良い口ひげを生やしたおっさんだ。
最初小太りかと思ったが意外とがっしりした体格で、動きもキビキビしているし、握力もそこそこだ。
「三月ぶりか?里から来るのは。ガンツだ。よろしく」
三月ぶり?
確かに先月は珍しく全員が里に残ることを決めていたが、先々月は二人ぐらい里を出たはずなんだが。
オーロも少し怪訝そうな顔をしている。
「ガンツさんに文を出せば、ここから鳩であんた達の里に手紙を出してくれるよ」
なるほどな。確かに里を出た者にとっては必要な人だ。
オーロは話を詳しく聞いている。
先にいくらかお金を払っておくか、組合を経由してガンツさんにお金を送るらしい。オーロの場合は商業組合だな。
遠くの町の商業組合でガンツさん宛に手紙とお金を送るとガンツさんが受け取った手紙を里へと送ってくれるらしい。
俺の場合は里に家族も…まぁ、叔父さんには近況を伝えるべきか。
俺もオーロも10回分の料金を前払いしておく。ついでに鳩の餌代として多少のカンパも。
「まいど。カイとオーロだな。ちゃんと記録しておくよ。あと符丁も渡しておく」
この符丁とは他人が俺の名を騙って手紙を出さないようにするための暗号キーみたいなものだ。
ガンツさんに手紙を託すときにこの符丁の言葉を何気なく添えておくと、それが俺からの手紙であることの証明になる。
オーロも符丁をもらっていたが、これはさすがにお互い見せないようにそっと隠した。
「もしもどこかの村か町に長逗留するなら、その連絡もくれれば里からの手紙もその町の組合まで届けてやるからな」
「ありがとうございます」
俺の場合イケーブスにしばらく滞在することになるだろうことを伝えておく。
そのあとは迷宮都市に行く予定だ。
「俺はまたこのイケーブラまで来ると思うので預かりをお願いできるか?」
「それは商業組合だな。文が来たら商業組合にあずけておいてやるよ」
オーロの場合はイメルダといっしょにケーブから東の地域を回ることが多いから、またこの村にも来るんだろう。
ただ、ガンツさんは手紙の長期預りはしないとのこと。
この村にいるときなら二、三日は預かってくれるらしいが、その後は組合に預けるようだ。
鳩を飛ばす場合でも、例えば俺がイケーブスにいるときでも俺あてに飛ばすのではなく、イケーブスの狩人組合に届けるらしい。
俺が狩人組合、オーロが商業組合というのを書きつけている。
話を聞くと外に出た俺たちの里の者達はいつか手紙を書くからとガンツさんにお金を預けていくのだが、実際に手紙を送ってくる者は少ないらしい。
「外に出ると外の世界が楽しくなっちまうんだろうな。あんた達だけじゃなくてこの村から出て行った奴らもなかなか手紙は寄越さないよ。ただ、中にはケーブに定住して毎月のように里の家族と連絡を取っておる女性もいることはいるな」
俺は元々手紙を送るような発想もなかったから、そんなもんだろうなと思っていたが、オーロは憮然とした顔をしている。
俺はそうならないぞといいたそうな顔だな。
オーロのところは早朝の旅立ちにも家族全員が見送りに来るぐらい家族仲がいい。
オーロ自身もまめな方だ。
仕事に慣れるまではなかなか難しいかもしれないが、余裕ができたら文も書くんだろう。
俺たちはガンツさんに鳩舎も見せてもらった。
俺たちが行くとすっと三羽の鳩がやってきた。
「なるほど。あんたら本当にあの里の人間だな。この三羽があんたらの里に入れる鳩だよ」
そう言われて見てみると、確かにこの三羽には精霊の加護がついているな。
俺たちはガンツさんに餌を少し譲ってもらって鳩に餌やりをする。そのときに少しだけ俺は焔舞の力を借りて餌に魔力を込める。
オーロも自分の精霊の力を借りてそうしているようだ。
鳩はうれしそうに餌をついばんでいる。
「こいつら癖が強くてな。里以外の場所にはほとんど行かないけど、里出身者に手紙を届けるときだけは他の町でも村でも飛んで行きやがる。扱いにくいがこいつら以外あんたらの里にたどり着けないし」
だいたい、ちっとも懐きやしない、とガンツさんはブツブツ言っているが、俺が見る限りこの鳩たちはガンツさんを信用している。
そうでなければ、ちょっと魔力を足しただけの餌に食いついてくるはずがない。
「俺たちの里に用のある者は多いのか?」
「まぁな。あんた達の里では高品質な薬草とか変わった素材が結構取れるらしいな。なのに徴税官は入れないし、商人もなかなか入れない。紹介状を持った商人が来ても鳩がそもそも飛びたがらないときもあるし。どういう基準なんだか、わしにもようわからん」
基準は精霊の気分だからな。
精霊が気に入るような商人になら鳩も懐くし、里まで一直線に飛んでいくが、気に入らない相手を里に入れることはない。
しつこい相手だと霧の森で迷わせて、十日ぐらい出られなくしたこともあるらしい。
そういう相手の迎えに当たった里人は休憩で休んでいるときに霧の中で隊商から分断されていつの間にか里の入り口にいて、商人のところに戻ろうと思っても里を出てまっすぐ向かっているはずなのにまた里に戻ってきてしまう。
俺たちにも判断基準はわかったことがない。
いや、ひょっとしたら大婆様ぐらいなら知っているのかもしれないが。
そんな話をガンツさんにしたら、ガンツさんもこの話は聞いたことはあるとのこと。
「それをやられたのが徴税官だよ。三人目の徴税官の時に元々あんた達の里にいた冒険者が一緒で、ようやく鳩が飛んで、野営地まで迎えの里人が来たのに、里にたどり着けなかったと言っていた。結局、誰も里にたどり着けなくて、里はあるんだろうけど、そこから税を集めるのは諦めて、その代わりに庇護もしないとお役所で決めたそうだ」
「ほう」
元里人が徴税官を連れてこようとしたなんて、初めて聞いたな。
今日は知らない話をいっぱい聞けた。
「じゃあ、また。イケーブラに来たら立ち寄ります」
「おう。気をつけてな」
ガンツさんと別れて宿に戻る前に大きく回ってこの村の中をイメルダに案内してもらった。
商店が数軒と宿が二つ。一つでは大きな隊商が来たときに入り切れならしい。
あと、冒険者ギルト、狩人組合、商業組合、鍛冶組合、薬師組合の合同事務所が一つ。
小さな村だと全部を兼ねて一種の便利屋みたいになっているようだ。
「イケーブラの東は開拓地域だから、まともに薬や武器の手入れができる最後の拠点みたいになっているんだ。だから、鍛冶屋もそれなりに腕のいい鍛冶士がケーブの領主から派遣されている。薬師もだね。この辺りは薬草の鮮度もいいから、薬師は三人いたかな?あとは狩人が四、五人。店は何でもありの雑貨屋と食品と服だね。雑貨屋でも多少の保存食と最低限の服は置いてある。服屋と食品屋と雑貨屋は交互に休む形だね。宿屋も二軒で話し合って休みの日を決めているみたいだ」
そう言いながら村の門からまっすぐに続く道沿いの商店を紹介してくれた。
残念ながらどの店ももう閉まっていたが。
村の外に続く門も閉まっている。
門の横に小さな通用口があって、そこの前に門番が一人。
「遅くなってついても通用口から入れてもらえるんだよ。ただ、馬車は入れないから門の前で野宿する商人も多いね」
門の前で曲がると暗い通りに宿屋だけが明るく、賑やかな声も聞こえてくる。
「食事は宿屋が食堂代わりに朝も昼も夜も出してくれるから、料理のできない若い連中は宿屋の食事処に昼も夜もいるね。その代わりに野菜や肉を持ち込んだりして小さい村でうまく助け合っているよ」
確かに宿の食事処には宿泊客とは思えないような常連のような人たちもいるみたいだ。
「どんな村でも村だとこんな感じか?」
「いや。イケーブスまで行けば宿と食堂は別だね。宿の数も多いし、食堂も多い。イケーブスはあの辺りではかなり大きい村で、イケーブエより大きいね。そのうち町になるんじゃないかと言われているよ」
「それは楽しみだ」
そう言いながら宿に入った。
隊商の面々も護衛達も食事を始めているようだ。
俺たちもテーブルに着いた。
どうやらイケーブラでは羊肉が食べられるようだ。
見た感じ、使われている香辛料も俺たちの里と変わらないんだな。
その晩、護衛達と同じ部屋でオーロとほとんど話せなかった。
明日、オーロはイケーブルに向かい、俺はイケーブスへ向かう。
今度こそ一人旅だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます