第7話 組合と語り部と逆戻り

「さぁ、今日は組合に行くよ。昨日は行けなかったからね。組合員証が発行されたら、昼にはイケーブラを出るよ。カイはどうするんだい?」

「俺も昼にはここを出てイケーブフに向かうことにするよ」


イケーブラから西に向かって四日でイケーブフ、さらにその先にイケーブス。

急ぐ旅ではないが、いや、イケーブスに急いで行った方がいいのか?

いずれにしても自分のペースで移動していいと言われているから無理なく移動する予定だ。

一応里からイケーブフまでの食料ぐらいは持ってきている。

イケーブフで買い物してイケーブスへ移動するつもりなので、イケーブラでは特に何も買う予定はないし、昼からゆっくり行こうと思っている。


イメルダに連れられて昨日前だけを通った合同事務所へ

中には受付が二つ。

左側が冒険者ギルドと狩人組合、鍛冶組合と薬師組合。右側が商業組合。

俺は左へ、オーロとイメルダは右へ。

左側は男性で、右側は女性だ。


「すみません」

「はい。いらっしゃいませ」


受付の男性は物腰が柔らかく、事務官のような感じだ。

冒険者や狩人というと武闘派なイメージがある。

弓、剣、槍なんかを使うような・・・ただ、受付の人はあくまで受付みたいだな。


「狩人組合に登録したいんですが」

「初期登録ですね。では、こちらの方に記載をお願いします」


ぴらっと渡された紙には名前と出身地、得意武器を記載する欄がある。

名前はカイ 出身地はイケーブラの東開拓地、得意武器は剣と弓、これでいいか。


「確認をお願いします」


受付の係の人がちらっと俺の書いた紙を見て、なんともいえない顔をした。

なんだ?


「東開拓地…あの霧の奥の秘境ですか?」

「ひきょう?」

「たどり着ける者のほとんどいない霧の里から来られたのですか?」

「そうだ」

「わかりました。少しお時間をいただけますか?」


そういうと紙を持って係の人は奥の部屋に行ってしまった。

オーロとイメルダの方を受付の人を見てみると、受付にあるカードを取ってそこに何やら登録しているようで、奥の部屋に行かなくても登録はできるみたいだ。


商業組合と狩人組合とでは登録方法が違うんだろうか?

俺が見ている間にオーロの方は組合員証を発行してもらったらしい。

カードのようなものを受け取っている。それと小さな冊子がいくつか。

冊子を見せながら受付の人がオーロに説明をしているようだから、組合員の規則とかを教えているんだろう。

ときどきイメルダも何やら解説しているようだ。

俺の方の受付の人はまだ帰ってこない。


「カイ、登録にはまだかかりそうなのか?」


オーロの登録は終わって、ギルド内の掲示板までじっくりイメルダと二人でチェックして、それも終わったのかオーロとイメルダが俺の方にやってきた。


「わからん。受付の人が中に引っ込んで、そのままずっと待ってるんだが」

「カイ、あんた何か変なことでも書いたのかい?」

「いや、ただ霧の里から来たのかって訊かれて、そうだって答えたけど」


イメルダも怪訝そうな顔をしている。

普通は受付のところでカードを作ってもらって、説明を聞いて、それで終わりらしい。

さっきオーロがもらっていたみたいにカードもそんなに時間をかけずに作れるらしい。


「ちょっと訊いてくるよ」


そういうとイメルダが商業組合の受付のお姉さんに声をかけてくれて、お姉さんが奥の部屋に確認に行ってくれた。

お姉さんはすぐに戻ってきた。


「イメルダさん、どうやら霧の里から来た人にお願いしたいことがあるみたいです。なんでも会って欲しい人がいるみたいで、その人を迎えに行っているので少し時間がかかっているらしいです。カードは私の方で発行手続きをしますね」


そういうとお姉さんが緑色のカードを取り出して、なにやら水晶玉のようなものに押し当てた。カードが少し光って、その光を確認して水晶玉から離してそのカードに俺の名前を書いていく。

特殊なインクなのか少しキラキラした何かが溶け込んだような黒インクを使っているみたいだ。

そのまま名前、出身地、得意武器をカードに書いて、もう一度水晶玉にカードを当てると、名前以外の項目は見えないようになった。


「こちらのカードがカイさんの狩人組合の組合員証になります。

新規登録時は緑のカードになりますが、1年以上継続納品すると赤色のカードに、2年以上継続納品してそれなりの品質の獲物を卸すと金色のカードに、3年以上継続納品して特別な獲物を納品すると黒いカードに切り替えます。

黒いカードになると永久会員になりますが、それまでは年に複数回狩人組合に狩った獲物を卸していただきます。

緑の場合は小さな獲物でもいいので毎月納品ください。赤になると偶数月だけで良くなりますが、最低でもイノシシかシカ以上の獲物を年間に6回以上納品お願いします。そうすると金カードに変わります」

「赤から金に変えるのは場所に寄りそうだな」

「そうですね。うさぎや鳥しか出ないような場所でハンティングしている間は赤カードになりますね。黄色や黒になりたい方はそれなりの獲物がいる場所に転戦されます」

「ランクを上げると良いことがあるのか?」

「黒ランクまで上がると年間の組合費も不要になりますし、組合から便宜を図ることができます」

「便宜って例えば?」

「迷宮都市で産出された命中補正のあるアクセサリーの貸し出しや、獲物積載用の魔法の荷車を優先的に販売したりですかね」


魔法の荷車というのは迷宮都市でたまにドロップする特殊アイテムらしく、狩人の後ろを自動で追尾してくれる上に、組合の場所を事前に指定しておけば、獲物を持って組合まで自動で帰ってくれて、獲物を卸すと、また狩人のところに戻ってくれる魔法アイテムらしい。

獲物が多いときにいちいち獲物を捌いて血抜きしたりする作業を組合に委託できて、狩人本人は延々と刈り続けることができる便利なアイテムと言うことだ。

高ランクの魔法の荷車は冷却機能も完備していたり、自動で解体する機能もついていたりするらしい。

非常に便利なアイテムだが、だいたいは組合が所有しているらしい。それを高ランクになると組合が斡旋して個人で買えるようにしてくれるとのこと。多くの狩人が組合で一度は借りているので、自動解体機能付きの魔法の荷車を個人所有したい人は多いらしい。


「魔法アイテムは数が少ないので、組合としても成果を多くあげてくれる方に使っていただきたいと思っています。このように、ランクをあげるほどサポートが手厚くなることになります」

「なるほど。ありがとう」


金カードから黒カードにランクアップする条件は、人々の生活だけではなく命まで脅かすような獰猛な特殊な変異個体を数頭狩る必要がある。

また、その変異個体が黒ランクに相当するかどうかを組合のお偉いさん達が審議するらしい。

その審議に合格して、これだけの腕があるなら黒ランクにアップしてもよいと認められて、初めて黒ランクに昇格するということだ。


「狩人組合はわりと大きな組合なので、主な村にはだいたい出張所があります。鍛冶組合なんかだと村によってはなかったりするんですけど、やはり狩人がいないと生活に支障が出やすいですから、どの村でも狩人は育成されていますね」


今回俺が招かれているイケーブスみたいな例はめったにないらしい。

狩人も怪我をして動けなくなることもあるから、大抵の村で二人~五人ぐらいの狩人を雇っていて、一人が怪我をしても他の狩人がカバーできるようにしているのが普通だそうだ。

イケーブスも次世代の育成はしているらしいのだが、ちょうど俺と同じぐらいの年齢の村人が少ないらしい。数年前に飢饉があって、そのときに子供を連れた村人が村を出て移住したことがあるらしく、世代的に穴があるそうだ。

その世代より少し下の子供達からは数名狩人の候補として育成しているらしいが、どうしてもこれから三年ぐらいは時間がかかりそうで、その穴をなんとかして埋めないといけない状況なのだと。


「狩人組合の建物にはだいたい資料が置いてあって、その村の周囲にどんな獣が分布しているかが記載されています。それを元に狩りをして獣たちを間引くのが一番の仕事となります」


副業として薬草を採ったり、森の恵みを採集してくると、狩人組合で買い上げてくれて、薬草はそのまま薬師組合を通じて薬師に配布される。そこで作られた薬を狩人組合が買い上げて組合員に売却する

薬草は狩人組合から提供するから薬師組合で一般の人が買うよりも狩人組合で買う方が安くなるらしい。ただし、狩人組合で薬を買えるのは組合員のみ。

こういったところも組合員特典となるわけだ。


他にも武器が壊れたときに一時的に武器を貸与してくれたり、鍛冶組合に紹介状を書いてくれたり(鍛冶製品の購入が1割安くなるとのこと)、組合員ならではの特典について説明を受けた。

なお。こうやって組合同士で組んでいると商人が損をするので、商業組合は独立しているらしい。

それでここの事務所でも商業組合だけ別な受付になっているそうだ。

とはいえ窓口が違っているだけでさっきの事務員っぽい係の男性とこの受付のお姉さんはときどき職務を交換して、お互いに相手が休んだ日に代行ができるようにしているらしい。

上はいがみ合っていても末端では協力するような体制が自然とできているそうだ。


「しかし、マカリィさん、まだ戻ってきませんね。もう大体説明は終わりなんですけど。カイさんの方から何か訊きたいことはありますか?」

「そうだな。ここからイケーブフまで移動するときに俺は単独で移動することになるから、その街道で出くわしそうな獣を教えてくれないか?あとそのあたりで採取できるものも」


ガタッ


奥の扉が開いて受付のマカリィさんが戻ってきた。


「カイさん、すみません。私と一緒に来てくれませんか?お会いしていただきたい人がいるのですが、その方が今動けないようなんです」

「どこに行けばいいですか?」

「村長の家になります」

「村長の家?ちょっと待ってくれ」


俺はイメルダとオーロに声をかけたところ、オーロとイメルダもついてきてくれるらしい。


「いいのか?イメルダもオーロも昼には出発だろ?」

「なんか気になるからね。まだ時間はあるから気にしなさんな」

「里から来た者に会わせたい人なら、俺も一緒の方がいいだろう」


それもそうだな。

俺よりオーロの方が三年前に一度成人している分、里のことにも詳しいし。


連れて行かれたのは村の奥の方に位置する大きな家で、その家の横に小さな小屋があった。


「この小屋は村長のところに家に上げられないような客人が来たときに使っている客屋なんですよ」


こちらへ、そう言われて入った小屋の中には一人の人がいた。

ベッドに腰掛けているが、全く表情がない。

こちらも見ない。

真っ白い肌、真っ白い髪。

髪は胸の辺りまでの長さで、小柄なようだが、女性か男性かわからないような不思議な人だ。

女性かな?

真白だと思ったけど、向かって右手の髪が一房黒い。よくよく見ると表面は白い髪で覆われているが、中の方の髪は少し黒くなっているようだ。


「この方は・・・」

「オーロ?知っている人か?」

「カイは知らないのか」


そういうとオーロは自分の腰につけていた鞭をそっと女性の方に差し出した。


「カイ、おまえも短剣を指し示せ」

「ん?」


オーロに言われて腰につけていた短剣をさやごと引き抜いて女性の方に差し出す。

鞭からはうっすらと青い光が出て、短剣からはうっすらと赤い光が出てきて、そして女性がゆっくりとこちらを向いた。

目は金色だ。


その人がそっと右手を前に出して、オーロの鞭と俺の短剣にそっと触れて、ポロポロと涙を流した。


「おい、オーロ、この人は?」

「カイ、この人が語り部だ」

「語り部?これが?いや、この方が?」


語り部は俺たちの里にとってとても重要な方だ。

俺たち里から外に出た者達は語り部を見かけたら最大限の助力をして語り部を里に連れて行かなければならない。

そういう決まりだ。


「カイ、俺は昼には出ないといけない。時間がない。俺はガンツさんのところに行って鳩を飛ばしてくる。お前は馬を誰かから借りてくるんだ。金は足りなければ俺も貸す」

「あ、あぁ」

「今日は無理だ。鳩を飛ばしても迎えが来るのは明日になる。馬を借りるなら明日の分だ。わかったな」


そういうとオーロはイメルダとマカリィさんにうまく話をしてくれて、マカリィさんが俺を貸し馬屋に連れて行ってくれた。


「貸し賃は一日銀貨五枚だが、保証金で小金貨三枚を頼む。保証金は馬が無事に戻ってきたら返金する」

「小金貨三枚か・・・ちょっと待ってくれ。あるんだが取り出すのに手間がかかる。いったん宿屋に行って取り出してくるよ」


小金貨はイメルダから十枚もらっているが、実は焔舞に預かってもらっている。

ここで取り出すところを見られたくはない。

案内してくれたマカリィさんに礼を言って、一度宿に戻り、今日もう一泊することを伝えて部屋を確保してもらう。


小金貨を貸し馬屋に持って行って、明日から念のために明後日まで借りる約束をする。

そんなことをやっていたら昼になってしまった。


「カイ、明日あの森をもう一回越えるんだって?気をつけていけよ」


イメルダの隊商のみんなには心配されたが、語り部は絶対に里に連れて帰らなければならない。

あの様子では語り部一人ではたどり着けないはずだ。


「オーロ、元気で」

「カイ、語り部を頼む。あれはきっとリーザの語り部だ」

「リーザ姉?」


リーザというのは七年ぐらい前に里を出て迷宮に潜ると言っていた俺の先輩だ。

俺が子供の時に最初に弓を教えてくれたのもリーザだ。


「カイ、気をつけろ。昨日のオオカミはまだ残っているはずだ。語り部と二人の時は全力でいけ」

「わかった。オーロも気をつけて」


「カイ、元気で。イケーブスの村長によろしく言っておいてね」

「イメルダにも世話になった。ありがとう」


いよいよ、イメルダとオーロは出発だ。

一昨日の野営地と昨日の宿、たった二泊しか一緒にいなかったのに、オオカミに襲われるという危機をのりきったからだろうか、過ごした時間の割にずっと過ごした仲間みたいな、そんな意識が出来つつあった。


「みんな気をつけて。イケーブルまで油断しないで。またどこかで会おう」

「カイも頑張れよ」

「俺たちもそのうちイケーブスに行くからな」

「カイさん、ありがとう、元気でね」


イメルダの隊商は来たときと同じく、ゆるゆると村を出て行った。

オーロが最後に俺に小金貨1枚貸してくれた。保証金が帰ってきたら商業組合経由でオーロに返すつもりだ。


「さて、まさかの逆戻りだな。準備するか」


明日、語り部を連れてまた野営地に戻ることになる。

今度は俺と語り部の二人だけだ。

俺がしっかりしないといけない。

村長に挨拶に行き、語り部を保護してくれたことの礼を言い(語り部が来たときの対応はこの村の村長に代々口伝で伝えられてきたらしい)、謝礼として何が必要かを訊く。

戻ってくるのは俺だけなので、馬一頭に乗るレベルということで、薬草を頼まれる。

頼まれた薬草なら野営地付近でも見つかるはずだ。

その後昨日の夜のうちにイメルダに教えてもらっていた店で食料と水を調達した。

今日は少し早めに就寝することにしよう。

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