第5話 イケーブラへ 森の洗礼
翌日、野営地を引き払って、イケーブラに向かう。
俺は今回もイメルダの馬車だ。御者はオーロでグイ爺も御者台に乗っている。
俺は馬車の中でイメルダからこの先の村のことを聞いていた。
「今日は狩人組合に行って、組合登録をするよ」
「狩人組合?」
イメルダが言うには迷宮都市を中心としたこの辺りの地域で働く人たちは何かしらの組合に加盟し、その組合に税金を支払うのだという。
そういった税金で道や橋などが維持されているという。
「カイの場合はまず狩人組合。それから迷宮都市に向かうときにダイバー組合に加盟するといい」
「イメルダは何かの組合に入っているのか?」
「あたしは以前ダイバー組合員だったけど、商売を始めてからは商業組合だね」
他にも農業組合や漁業組合や薬師組合なんかがあるらしい。
そしてなぜか冒険者だけは冒険者ギルドというそうだ。
「冒険者は何でも屋だよ。最初自分に何が合うかわからないときに狩人やったり、農家をやったり、魚を釣ったり、薬草を採取したり、いろんなことをやる。だからギルドにはいろんな依頼が来るし、ギルドの担当も過去に複数の組合を渡り歩いた者が多いね。受付なんかはギルドと組合の兼務なんかもあるよ」
ただ、冒険者ギルドの職員は広いが浅い知識しか持っていないので、何かしら職が決まっている場合、専業の組合に所属しておく方が情報は確かなのだという。
「例えば狩人をやりつつ、家で普通に野菜を作ったりするのは?」
「その野菜を売ったりしないで、自分だけで作ったり、友達にお裾分けするだけなら別に農業組合に加盟しなくてもいいよ。だけどそれで利益を得るなら税金を払わないといけないので農業組合に加盟しないといけない」
それぞれの組合に加盟するのにはお金がかかるので、定期的にその職業で利益をあげないのであれば加盟しない方がいいし、加盟していても脱退する方がよいらしい。
ただ、脱退手続きは面倒なので、一度脱退すると一年間は再加盟できないらしい。
「ちょっと怪我したぐらいなら加盟金も待ってもらえるからね。脱退はあたしみたいに職を変えると決めたときにする方がいいよ」
カイの場合は迷宮に向かうときに一度脱退するといいかもね、とも言われた。
イリシアの里は霧に包まれていて、実態が知られていない。税金を課すためには、その土地の調査が必要で、そこで何がどのぐらい収穫できるのかがわからないと税率も決められない。
何度か迷宮都市の徴税官が商人といっしょに昨日の野営地まで来たことがあるらしい。
ただ、野営地まで来ても誰も迎えが来ないらしい。鳩はイケーブラから飛ばしているはずなのに。
商人だけの時は迎えが来るので、そもそも鳩が来ていないのだと思う。
許可のない商人の時と同じで鳩がどこかで里まで来ずに帰っている。この鳩の判定は俺たち里人もわからない。精霊が鳩を隠しているのではないかと言っているが、担当官がしつこく野営地に残り続けていると一年ぐらい商隊が来ないこともある。
イメルダも年に一回ぐらい俺たちの里に来ているが、徴税官と一緒になって来れなかったことがあるらしい。
野営地に来て二日経っても迎えが来なかったら諦める方が早いと判断しているそうだ。
「徴税官が一年ぐらい野営地に粘ったこともあったけどね、そういうときはなぜかケーブの方で嵐が起きたりね、一人の役人を遊ばせておく余裕がなくなるんだよ。だから、あの里はあることは知られていても実態が全くつかめないから諦められているね。その代わりに税金を使って道を敷くこともないし、里を守る護衛兵を出すこともない。それでよしとなっているみたいだよ」
だから、今はこうして隊商が来れるんだけどね、とイメルダ。
俺たちの里は特殊で閉鎖的。
その中で精霊の恵みを受けて隊商が来なくても豊かに暮らせる。
ただ、食器や道具や布など外の世界のものの方が種類はたくさんあって、選ぶ楽しみができる。
それに里に残っている精霊もキラキラしたものは好きだ。
きれいな白い食器も好きだし、さまざまな布を組み合わせた飾り紐なんかも精霊は興味津々だ。
だから、商人の訪れを精霊も許してくれるんだろう。
「イメルダ、ちょっといいか?」
護衛の隊長のフェイが馬車に近寄ってきてイメルダを呼び出した。
イメルダは御者台の方に行って、代わりにグイ爺が中に入ってきた。
「何かあったのか?」
「ちょっと森がざわついとるな。なんかでてくるかもしれん」
グイ爺は水袋を出して、水を飲むとそういった。
俺はそっと弓に手を伸ばした。
「カイ、あんたは客人だ。護衛がおるし、下手に外に出られると護衛の連携が崩れる。やばくなるまでは中におってくれんか?」
「俺が動くと邪魔になりそうか?」
「じゃな。護衛は10人おるから、連携が非常に重要じゃ。そこに他のもんが入るとどう動いてええかわからんくなる。中におってくれ」
「わかった」
わかったとは言ったが、弓は手に持っておこう。
護衛をすり抜けて馬車まで来られたらさすがに対処しないといけない。
「もし手が回らなくなったら、俺の方は大丈夫だ。子供のいる馬車を優先的に守ってやってくれ」
「言われなくてもカイならそうするよ。きっと」
そう言いながらイメルダが馬車の中に入ってきた。
「森の気配がおかしいから、少し無理して走ることにする。馬に乗っている護衛は外を行くが、歩いている護衛は馬車の中に入れる。少し止まって、すぐ出発だ」
いったん止まってそれぞれの馬車に一人ずつ護衛が乗ってきて、馬車は速度を上げた。
俺とイメルダの馬車は最後尾だ。
先頭の馬車の前に馬に乗ったフェイが、最後尾の馬車の後ろに同じく馬に乗ったギリーがついた。
他の三頭の馬に乗った護衛はそれぞれ2台目、3台目、4台目の馬車につく。
「来たよ。森ウルフだ」
先頭の馬車の右につくように5頭の森オオカミが寄ってきた。2台目の馬車に乗った護衛が矢を打ち、二頭は足にあたってその場でうずくまったのを馬に乗った護衛が槍でとどめをさしていく。
3台目の馬車がその倒れたオオカミを避けて左側を通ったところで左側の森から森オオカミが馬に向かって飛び出してきた。
予期していたのか3台目の馬車の護衛が矢を放って牽制するが、オオカミは矢をよけて馬に猛追する。
御者が馬車を右に寄せてさらに矢で牽制したところ、森オオカミはそのまま4台目の馬車を待ち受ける。
馬に乗った護衛が4台目の馬車の前に出て槍で牽制する。
その横を馬車はすり抜ける。
また、右から森オオカミが出てくるのをオーロが避ける。
「ヤグ!左前方やれるか?」
後ろにいたギリーが声を上げる。
ギリーは後方に迫ってくるオオカミを牽制していた。
イメルダの馬車に乗っている護衛のヤグが弓をとってオオカミに矢を放とうとしたときにオーロが進路を右に変え、矢は大きく外れる。
オーロがグイ爺に手綱を渡してクロスボウを手に取り、打つ!
オオカミの動きを一歩横に反らすことはでき、馬は逃げに走る。
だが、これまで4台の馬車に逃げられたオオカミたちが集団でこの馬車に群がってきた。
二頭の引き馬のうち右の馬の方に来るオオカミをグイ爺が鞭で牽制し、ヤグが矢で一頭仕留める。
左の馬に来る方はオーロがクロスボウを打っているが、オーロのクロスボウは連射が遅い。
「オーロ!鞭を使え!俺は後ろをやる!」
俺はオーロに声をかける。
オーロの鞭は俺の短剣と同じ精霊器。
連射のきかないクロスボウよりこの状況では鞭の方がいいはずだ。
俺は後ろに迫ってくるオオカミを見る。
ギリーを追っているオオカミは10頭近い。
「ギリー!曲射する!気にせず走り切れ!足を止めるな!」
俺はギリーの速度を見切って、ギリーのやや後方に落ちるように連射する。
ギリーが少しでも速度を落とせばギリーに当たりかねないギリギリの位置に。
その甲斐あって、オオカミの鼻っ面に何度も矢が落ち、オオカミの速度はみるみる落ちていく。
馬車を引く馬たちの方からは鞭の音が何度も響いて、時々左右に鞭で飛ばされたかのように倒れるオオカミも見て取れる。
俺は思いついて空に矢を放つ。
空にいたチギレドリが落ちてくる。
さらに俺は矢を射る。
もう一羽チギレドリがオオカミの前に落ちてきた。
馬車の後ろを追っていたオオカミたちは突然現れた獲物を見て、そちらに向かっていく。
その間に馬車は走り抜けた。
「ギリー、無事か?」
前の方からフェイが下がってきた。
ギリーは一時5頭のオオカミに囲まれ駆けていたのを馬で飛び越えて馬車を追いかけてきた。
どうやらギリーに怪我はないらしい。さすが副長だ。
フェイとギリーが後ろについたと同時ぐらいに馬車は速度を緩め始めた。なんとか森オオカミを躱したらしい。
少し馬車を止めたいところだが、あと少し走ると森を抜けるらしい。
「馬の負担を減らしたい。護衛と動ける者は馬車の外に出てもらえるか?」
護衛が5人馬車から飛び降り、俺も弓と剣を持って馬車から飛び降りた。あとは売り子の男性が一人馬車から降りたようだ。なんとイメルダも降りてきたし、オーロも降りてきた。
「オーロは御者をしなくていいのか?」
「馬の負担を減らしてやらないといけないから、今はグイ爺にお願いしたよ」
そう言いながらオーロは馬車の左横についた。イメルダも左だ。
それを見て、俺は馬車の右横につくことにする。
「カイ、さっきは助かった」
追いついてきたギリーに声をかけられて後ろに目をやると、ギリーとフェイがゆっくり並足でやってきた。
「カイは剣より弓の方が剣よりも腕がいいな」
「一応、剣の方が得意なつもりだったんだけどな」
そう言うとギリーは苦笑していた。
少しだけ空気が弛緩した瞬間
ビュン
という風の音がしたと思うと
ギャン!
という鳴き声が。
「オーロ!」
今のはオーロのクロスボウの音だ。
馬車の左にまたもオオカミ。
「カイ、右警戒!」
はっとして右を警戒する。
いる。
弓を連射する。
雨のように矢が突き刺さる。
その牽制にも負けず一頭のオオカミが右の馬を狙う。
「させん!」
走力強化!
右の腰が熱を持つ。
焔舞の支援。
次の瞬間、俺は馬の右に走り込み、抜剣した剣を振り抜き森オオカミの頭を吹き飛ばす。
「まじかよ!」
ヤクが驚きの声をあげる。
「驚いたな」
ギリーも思わず声が出たようだ。
「カイの剣技はそれほどうまくないかもしれないけど、一瞬の走力とそれにあわせた抜剣がとにかく早い。その早さで大抵のものは斬ってしまう。だから、カイは剣を扱う方が強いんだ」
珍しくオーロにまで褒められた。
ただ、俺は周囲の気を探っていたので、彼らの声は聞こえていたけど反応はできなかった。
ようやく、周りに何もいない、逃げていったとわかって力を抜いた。
「なんか、いなくなった」
「そりゃそうだろ。群れのリーダーが一瞬で頭飛ばされたからな」
「ん?今のがリーダー?」
確かに少し身体が大きかったかもしれない。
「どうだい、フェイ、ギリー、カイはイケーブスでもやっていけると思わないかい?」
あたしの目はまだ狂っちゃいないよ、とイメルダが自慢し始めた。
どうやら昨日の夜の立ち会いを見てフェイとギリーは俺をイケーブスに推薦していいのかイメルダと少しもめたらしい。
「そうだな。昨日みたいな打ち合いには向いてないかもしれないから、奇襲に気をつける必要はあるが、気配察知も早いし、これならいけるだろう」
「実戦で強くなるタイプだな。あの高速抜剣は相手を斬るつもりじゃないと出ないだろうから、野生動物相手なら相当なところまでいけるだろう」
こうやってフェイとギリーに評価してもらえるとほっとする。
昨日の夜はあまりにもひどくて、俺自身もイケーブスに行って大丈夫なのかと心配になったぐらいだった。
確かに俺の剣は剣速命かもしれない。
あと地味にオーロがこういう風に評価してくれていたこともうれしいことだ。
オーロは一番俺の腕を知っているはずだから、オーロが誉めてくれた点が俺の一番いいところなんだろう。
「カイは護衛には向かないかもしれないな。あの高速抜剣を人に向けられそうにないし、強盗団の殲滅とかは無理かもしれない」
それもそうかもしれない。
ギリーはやっぱり副長なんだな。
いろんな護衛を今まで見てきたようだから、俺には向いていないこともわかったんだろう。
「確かに俺は人を斬れないかもしれない。躊躇したら俺の速さは失われるし、速さがないと俺の腕はいまいちっぽいしな」
そんな話をしているうちに森を抜け、草原地帯へと出たようだ。
「少し先に広場があるから、そこで休憩を入れよう。馬がかわいそうだ」
広場について馬車から馬を外して休憩させる。
御者は馬に怪我がないかを見ているが、一頭の馬の腹にオオカミの牙がかすっていたらしい。
「ここまでよく頑張ってくれたな」
そう言いながらギジリ草を傷に押し当てて布を巻いていた。ギジリ草は血止めだ。煎じる必要はなく、分厚い葉を開くようにして、中のゼリー状のものを傷に当てると傷の治りが早くなる。
ただ、この馬にはもう無理をさせられない。
護衛の乗っている馬は馬車馬には向かない。
一台の馬車をとにかく軽くして、一頭で引いてもらうことになる。
普段収納箱には商売の売り物しか入れないらしいが、背に腹は代えられず、一台の馬車の荷物を大きな布で包んで収納箱に収めていた。
空っぽになった馬車は幌も外して軽量化させる。
御者も降りて馬を引くようにして馬の負担を最大限軽減する。
ここからイケーブラまで一刻ほど。もう森はなく平原が続くのみらしい。
馬を気遣いながら隊商はゆっくりと移動を始めた。
荷物を優先して人は全員歩くことになったが、さすがに子供は歩ききれないだろうと言うことで護衛の馬に乗せることになった。
ただ、いざというときのためにフェイとギリーが動けるように、二人の馬には子供は乗せていない。
「もう何事もなければいいんだがな」
馬に乗ってはしゃいでいる子供達を見ながら、ヤグがつぶやく。
ヤグも俺も弓を持っていつでも射れるように警戒を緩めない。
いつの間にか俺は客人ではなく護衛でカウントされるようになっていた。
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