第4話 隊商合流とハプニング

馬車はときおりギシギシと音を立てて、森の中の道を西へと進んでいく。

霧を抜けてからはひたすら野営地を目指す。

今は一年でも日の長い時期だ。日のあるうちに余裕で野営地につけるとは思うが、野営地に着いたらすぐに結界の状態を確認しないといけない。

イメルダの前に野営地を使った商人が来たのは一月前。

村と村の間にある野営地には魔方陣による簡易の結界が張られていて、獣たちを寄せ付けないようになっているが、その結界を維持するために定期的に魔石を交換しないといけない。

その魔石はイケーブラの村と俺たちイリシアの里人が用意している。

一月前に交換しているので大丈夫だと思うが、交換するなら明るいうちに交換する方が間違いも起こりにくい。


やがて森が草原へと姿を変え、野営地が見えてきた。

俺が野営地に来るのは子供の頃以来になる。

両親が生きていたときは両親が迎え役の当番にあたることもあったので、野営地まで両親といっしょに来たことがあった。

野営地は馬車が十台ぐらい入れるようなスペースがあり、辺境を渡り歩く商売人たちは遠い町でどの村をどの順番で回るのか、野営地にどのぐらい滞在するかを申請してくるのだという。

今回イメルダの隊商はイケーブラとイリシアの間にある野営地に七日間滞在している。

初日に野営地につき、二日目にイメルダだけが里に、三日目から五日目は里で物を売ったり、里の物を買い付けたり、商売をし、六日目に里を出て、七日目の朝に野営地を出る。

野営地で一晩過ごして、明日にはイケーブラへ移動し、イケーブラでイメルダとオーロとは別れることになる。

イメルダとオーロはイケーブルへ、俺はさらに西のイケーブフを通ってイケーブスへ向かう。

隊商とはイケーブラまでいっしょに行動することになる。


イメルダの隊商は馬車五台。

残っているメンバーはこの馬車以外の四台の馬車を動かす御者兼行商人が四人、それ以外の売り子が三人、隊商の護衛が十人、それに彼らの家族で子供が三人

そこにイメルダとオーロが合流する。

御者の一人が高齢でそろそろどこかの町か村に落ち着きたいと言っているらしく、その代わりにオーロを雇った形だ。


「イメルダ、お帰り!」


野営地から若い護衛が一人駆けてきた。

イメルダは幌から御者台の方に顔を出した。


「ラーダか。みんな、変わりはないかい?」

「大丈夫、何もなくて暇すぎるぐらいだったよ。毎日数人で狩りに行ってたけど、今の時期はうさぎが結構目立つな。毎日うさぎ鍋でちょっと飽きてきた」


・・・うさぎ飽きているのか。鳥にすればよかったな。干し肉にするか。


俺は先ほどさばいたうさぎ四匹を見て少し哀しくなった。

日が落ちるまでに半刻ぐらいはありそうだから、一羽ぐらいなら落とせるだろうか?

そんなことを考えていたら無事に場所は野営地へと到着した。


「イメルダ、お帰り」

「早かったね」


俺も降りて挨拶しなければ。


オーロが馬車を止めて、イメルダといっしょに御者台の方から降りたようだ。俺も急いで二人の横に並ぶ。


「こっちがオーロ。これからあたしらの隊商の仲間になる。見ての通り馬車を動かせるから、グイ爺の後任になる予定だよ。

ほら、オーロ挨拶しな」


「オーロと言います。馬車はイメルダに習いました。それとクロスボウも使うことができます。これからよろしく」


オーロが挨拶すると、隊商の面々が口々によろしくと声をかけて自己紹介している。

一気にいろんな人に声をかけられて、オーロはしどろもどろになっていた。


「それとこっちがカイ。カイはイケーブラまでいっしょだね。その後はイケーブスに紹介する予定だよ」

「カイです。よろしく」


俺の挨拶は簡単でいいだろう。

実際、隊商の皆さんは俺には軽く手を振ったり、よろしくと声をかけてくれたが、オーロの方に話を聞きに行ってしまった。

オーロはこれからこの隊商で生活していくんだから、どんな人柄なのか知りたいんだろう。


俺は馬車に戻るとうさぎを取ってきた。


「すまん。ずっとうさぎだったみたいだけど、俺もうさぎ獲ってきたんだ」

「そうそう。カイがきのこも取ってきてくれたよ。アカと白だね」


うさぎと言ったとき、みんな一瞬顔をしかめかけたが、俺の手に持ったうさぎをみて驚いた顔になった。


「それプールミッテじゃん」

「プールミッテ?」


俺は思わずオーロの方を見た。オーロもきょとんとしている。


「そのうさぎのことだよ。プールミッテはすごく逃げ足が速くて、追いかけてもいつも消えてしまうんだ。罠にも引っかからないし、幻のうさぎと言われているよ。精霊の友達とも言うね。すぐに隠れるから精霊が隠してしまうんだろうって言われてるよ」


イメルダが説明してくれた。

そして俺の方によってくると小声で


「それがあの辺りでよく獲れることは内緒にしておきな。あんた達の里は特殊なんだよ。絶対に話しちゃだめだ」

「わかった」


確かにうちの里の周りにいるうさぎはほとんど全部これだ。そんなに珍しいうさぎとは知らなかった。

精霊の友達か。俺たちの里は精霊と近しいから、プールミッテも里人からは隠れられないのかもな。


「せっかくだから、今日は新鮮なプールミッテをいただこうじゃないか」


みんな喜んで口々にお礼を言ってくれた。

よし。これなら、イケーブラまで楽しく過ごせそうだ。


隊商に合流してから、プールミッテは売り子のカシアさんに渡した。

カシアさんは夫のクランさんが馬車の御者をしている関係で隊商といっしょに行動して売り子と隊商の野営の時の料理を担当しているらしい。イメルダからきのこも受け取って、野菜を加えてきのこ鍋を作り始めた。子供のクミンちゃんもお手伝いしている。

オーロはグイ爺さんといっしょになにやら話している。

グイ爺さんはイケーブラ、イケーブルと回って、最終的にイメルダの隊商がケーブに戻ったときに隊商を離れるらしい。それまでにオーロに教えられることはすべて教えるそうだ。

野生動物の群れに遭遇したとき、獣に襲われたとき、街道が封鎖されたとき、護衛との位置の取り方、他の馬車との位置の取り方、教えることが山ほどあるようだ。


俺はたき火のそばで休んでいていいと言われたので、弓の手入れを始めた。


「立派な弓だな」


そう言って話しかけてきたのは護衛の副長のギリーさんだ


「カイと言ったか?イケーブスに行くんだってな」

「あぁ。イメルダに職を見つけてもらったから。そこで3年ぐらいお金を稼いだら迷宮都市に行く予定なんだ」

「そうか。冒険者かダイバーになるのか?」

「そのうちにな。迷宮に潜ってみたいから」

「そうか」


そういうとギリーさんは俺の隣に座って、イケーブスのことを教えてくれた。

イケーブスには少し前まで二人組の狩人がいたらしい。ただ、去年の秋の麦の収穫後に水牛の群れが暴走して村の方に近寄ってきたときに村を避けるように誘導をして、そのときに一人が水牛に踏まれて大けがをして、立てなくなったらしい。

連れの狩人は友人を癒やすためのポーションを得るために迷宮に潜りに行ったらしく、若者を育成はしていたが、まだまだ年が若く実力不足で、成人の狩人が誰もいなくなったしまった。

麦の収穫期は過ぎていたが、冬前は野ねずみやうさぎだけではなく、シカやイノシシ、それにうさぎを狙う狐たちに畑を荒らされ、ずいぶんを辛い思いをしたらしい。

イメルダだけでなく複数の商隊に狩りの腕のよい若者をスカウトしてくれるように頼み込んでいたという。


「イケーブスの近くには森があって、森の恵みに助けられてもいるが、熊やシカやイノシシに狐と村を荒らしに来る動物も森からやってくる。水牛の暴走はさすがに50年ぶりと言うことだったが。今は森に入って獣を狩れる狩人を探しているらしい。まぁ、プールミッテを狩れるカイなら大丈夫だろう」


森の中での狩りとなると弓は使える場所と使えない場所がありそうだ。

きちんと手入れされた森で射線が通るなら弓でもいけるが、剣の訓練も始めておく方が良さそうだ。

ギリーさんは夜の見張りは最初の番らしく、夕食後に軽く手合わせをしてくれる約束をした。

俺自身どのぐらいのレベルなのかわからないし、護衛の人に剣すじを見てもらって意見も聞きたいし。


そんな風に和やかに過ごして、そろそろ夕食と言うときにそれは起こった。


「うわっちぃいいい」


突然、野営地の端で火柱が立ち上った。

ラーダが火を噴く何かを投げたようだ。


「何やってるんだい!森に火が移ったら危ないじゃないか!」


みんなが慌ててラーダの方に行き、火柱を呆然と眺めた。

あれは…

俺は慌てて左の腰を探る。

…無い。


「俺の財布!」


そう。

火を噴いていたのは俺の皮財布だ。


「ラーダの奴、またやったな」

「また?」


俺は急いで立ち上がって、財布を拾いに行こうと思ったが、ギリーさんの言葉が気になって足を止めた。


「あとで説明するから財布拾ってくるといい」

「わかった」


俺の財布からは俺の肩ぐらいまでの円柱状の火柱が立ってる。まるで財布を守るかのように。

財布自体は火鼠の皮を使っているから中身も燃えることは無いが、誰も近寄れなくなっている。

あの火が森の木に移ったらと何人かが財布と周りの木に水をかけているが、火は一向に収まらない。

俺が行くまでは。


俺が財布に近づくとゆっくりと火柱は小さくなり、手を伸ばすとふっと火は消えた。


「すまん。騒がせた。これ、俺の財布だ」

「カイの財布?ラーダ、またやったね!今回はやらなくていいっていっただろう!」

「また?」


俺の言葉を聞いたイメルダがラーダを責めたが、その言葉を聞いてオーロが俺と同じように問いかけた。

「また」ってことは度々財布を盗んでいるってことか?


「すまないね。カイ。馬車の中でお金の隠し方を教えただろう?それをすぐに実践しない子達に、この先はそんなに甘くないぞって思い知らせるためにラーダが財布をとって教育することがあるんだよ。そんなことしなくていいって言ってるんだけどね」


なるほど。

確かに革袋に入れたお金をじゃらじゃらと音をさせない方法をイメルダに教わったし、財布をどこに身につけるのがいいかも聞いたが、まだ実践はしてなかった。

今日の夜に荷物を解いたらと思っていたが、人が多い今より移動の馬車の中でやっておく方がよかったかもしれないと思っていた。


「でもね、あんた達の里の財布はちょっと特殊だろ?前にも里から出てきた子の財布をその子から離したら突風が吹いたことがあったし」

「そうだな。里を出るときに餞別でもらう財布には精霊の加護があるから、この財布は俺から離れると火が出るようになってる。財布自体は燃えないが、持っている人はやけどする」


嘘だ。財布に加護があるわけでは無い。

警戒しているのは焔舞だ。

財布に限らず、俺の所持品が俺の意思によらず離れた場合は精霊の焔舞が相手に痛い目を合わせてる。

俺と焔舞に限らない。オーロとオーロの守護精霊も同じだろう。

ただ、こういう事故はよくあるので、里を出る者にはこういう言い訳をするように口伝えられている。


「すまん。火傷しなかったか?」

「あ、あ、ああ、大丈夫だ。火が出たんで驚いて放り投げたけど、そんなに熱くはなかった」


焔舞が手加減してくれたらしい。

里の子供達もいたずらで財布を隠そうとしたりすることがあるから、お仕置き用にちょっと派手で、火傷しない程度の火柱を放ってくれたんだろう。


「しかし、すごいな」

「でも、カイ、それは危ないからこそ、もっとうまく隠さないといけないよ」


ギリーは感心していたが、イメルダの言うとおりだろう。


「馬車借りるな。ちょっと隠してくる」


俺がちゃんとしていたら、ラーダさんを驚かすこともなかったし、商隊のみんなにも変な目で見られずに済んだのにな。

このあとの夕食が気まずいものにならないといいんだが。



食事のときに気まずくならないか懸念していたが、全く心配なかった。

酒ってすごいな。

最初は俺の方を避けるようにしていた面々も酒が入ると陽気になってオーロや俺に話しかけてきた。


「おまえの財布すげぇ」


最初に声をかけてきたのはラーダだ。俺の肩をバンバン叩いてくる。ちょっと痛い。


「まぁな。あんなど田舎から出てくるんだから、町では気をつけろって言われてるよ」


この辺りのトークもほぼ定型だ。

過去に同じような事例はいっぱいある


「それにプールミッテもすげぇ。俺初めて食った。やわらけぇな。普通のうさぎと全然違う。あの霧の森にそんなにプールミッテがいるんだ」

「うさぎはそんなに見ないな。普段は鳥とか魚の方が多いぞ」

「でも、四匹だろ?すげぇよ」


酔っ払っているのか語彙が少ない。さっきから財布すげぇ、うさぎすげぇ、弓すげぇしか言わない。

弓はうさぎに残った傷跡で推測されたらしい。さすが護衛。見るところはちゃんと見てるんだな。


「ラーダ、うざ絡みもそのぐらいにしておけよ」

「ギリーさん」

「カイ、そろそろやるか?」

「そうですね。よろしくお願いします」

「うん、よろしく」

「へ?何すんの?」


うざいって、ひでぇ、とブツブツつぶやいていたラーダが聞いてくる。


「夕食後にギリーさんと手合わせしてもらう約束してたんだ」

「まじか!俺も見てぇ!」


ラーダが大きな声を上げたので周りの人が何事かとこっちを見てくる。それをギリーさんが何でもないと軽くいなしていた。

ギリーさんと手合わせがあるとわかっていたので剣は食事をとるときに持ってきていた。

弓は馬車の中だけど。


俺はギリーさんの後について野営地の少し端の方に移動した。ラーダは見てぇと言っていた割については来なかった。


「最初は少し剣を合わせよう」


そう言われて、軽く剣を合わせる。

二合、三合。

カン、カンという音がここちよい。

最初に互いの剣をあわせて少しずつ力を加えていく。

どのぐらいの力で互いが剣を振っているか合わせていく。


「ふむ。一度普段の練習を見せてもらえるか?」


俺は了承して、普段やっているように型を始めた。

中段、上段、下段と振って、突きまで進んだところで、ギリーさんが俺の身体のゆがみを指摘してくれた。

自己流なので変な振り方になっているのは自分でも知っていたが、ギリーさんはきちんと型を習っていたようだ。


「それなりに早いな。これならまずまずじゃないか?一当てしてみるか」


そう言って、ギリーさんと剣を合わせてみたが、数合で剣を飛ばされた。

ちょっと悔しかったので、続けてもう一回合わせてもらったが、タイミングをずらされるわ、フェイントを食らうわ、散々だった。


「とにかく剣速が早い。それが取り柄だけど、動きが素直すぎる。野生動物を狩るならいいが、ダンジョンにダイブするならもう少しフェイントやトリッキーな動きも身につけた方がいいな」

「ありがとうございます」


俺もうちょっとできるかと思ってた。世間知らずだったな。


「とはいえ、イケーブスで狩人やるのには十分だと思う。ラーダより強いと思うぞ。精進しろよ」


そう言ってギリーさんは戻っていったけど、俺はもう少し剣を振りたいと思った。

剣速は早いと言ってもらえた。なら、その武器をもう少し磨いておかないと。今日は訓練もできていないし。


俺の訓練は夜の見張り番が見張りを始める時間になってみんなから寝るように言われるまで続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る