第16話 1人……2人……3人……

 俺、星野唯人は陰キャゲーミング高校生である。

 そんな俺は今、ノーパンで学校に向かっているところだ。

 くれぐれも勘違いしないで欲しいのだが、望んでこのような状況になっているわけではない。

 これには深い事情があるのだ。


 遡ること1時間前…………


 俺はいつものように朝の支度をしていた。


「あ〜だりー。マジだり〜。学校やめて広告収入だけで食っていけたらいいのに〜」


 朝食を食べ、歯を磨き、顔を洗い、そしていよいよ制服に袖を通そうとしたその時だった。


「んんぅっ!?」


 俺は自分がパンツを履いていないことに気がついたのは。

 寝ぼけ眼を擦って見るが、やはりない。

 寝巻きには一切乱れがないところを見るに、寝ている間に脱いでしまったという線もないだろう。

 となると、誰かに脱がされた可能性が出てくるわけだが……


「まあ、いいか」


 その時の俺は深く考えることもせずにタンスへ新しい下着を取りに行った。


「せっかく新しいのを履くんだから、何かデザイン性のあるやつにしようかな……」


 万が一にも誰かに見られることなんてないのに、そんなことを考えながらタンスを開ける。

 しかし、そこには……


「っ!?」


 一枚たりともパンツが入っていなかった。

 お気に入りのアレも、ちょっと派手めなコレも、柄物のも、一切見当たらない。

 どう考えても誰かが持ち去ったとしか思えない状態。

 間違いなく事件性のあるパンツの消失。

 いますぐにでも警察に通報するべき案件だが……


「まあ、いいか」


 俺は特に何をするでもなく、パンツを履くことを諦めた。

 その結果、今こうしてノーパンで登校するに至ったわけだ。

『パンツが盗まれたのになんでそんなに冷静なの!?』などと、疑問を抱く人もいるだろうが冷静に聞いて欲しい。

 俺は慣れているのだ。パンツが盗まれることに。

 小学5年生の頃から定期的に、もはや数えるのも面倒なくらいの回数に渡って盗られているのだから、慣れて当然だ。

 枚数にすれば、おそらく100枚は超えるだろう。

 俺なんかのパンツを盗んで何が楽しいのかはわからないが、少なくとも犯人が喜んでいることだけは確かだ。

 その証拠に、パンツが盗まれた後のタンスには必ず茶封筒が置かれている。

 中身はもちろん現金。諭吉にして10人くらいだろうか。それが『パンツ代』と書かれたメモと共に入れられているのだ。

 最初こそ恐怖を感じていたが、今ではすっかり慣れてしまった。

 むしろ、最近は楽しみですらあるくらいだ。

『パンツ代』が入れば、新しいゲームを買うことだってできるし、高級なパンツだって買うことができる。

 通報するなんてもってのほか。犯人には感謝の気持ちでいっぱいだ。

 しかし、一つだけどうにも気になることがある。

 それは犯人の検討がついていないことだ。

 というのも、パンツ泥棒は【tiny_Jackal】が現れるよりも、遥か昔から行われていることであり、胡狼さんがやっているとは考えにくいのだ。

 一体、誰がこんなことを……。

 パンツが盗まれるたびに考えるのだが、未だに検討すらつかないでいる。

「まあ、いいか」

 どうせ通報するわけでもないんだ。深く考えるだけ無駄だろう。

 今回も結局結論を出さないまま、学校にたどり着いてしまった。

 初めは緊張していた昇降口だったが、今では難なく通り抜け、靴を履き替えられる。


「さて、ノーパンデイを始めるとしますか」


 しかし、ノーパン状態で未だに緊張することもある。例えば……


「あらあら……底辺の臭いがするかと思えば……やはり貴方でしたか」


 こうしてリオンに遭遇することだとか……。


「お、おはようリオン……」

「はい。おはようございます。今日は一段と底辺らしい顔つきをしているのですね」

「あはは……そうかな?」


 まずいな。まさかノーパンデイにリオンと遭遇してしまうとは……。

 取り巻きたちの視線がいつにも増して痛い……。

「あら……どうしました? そんな怯えた顔をして。まるで、私が虐めているみたいではありませんか」


 クスクスと口元に手を当てて笑うリオン。

 その可愛らしい姿からは想像できないほどのプレッシャーを感じる。


「い、いや、なんでもないよ……」

「本当ですか? 今日はなんと言うか……アリレベルの底辺さが、ミジンコレベルにまで悪化しているような気がしますよ」

「気のせいじゃね……?」

「ふーん……。そうですか」


 リオンの鋭い視線が俺の股間を射抜く。

 リオンは昔から妙に感が鋭いのだ。

 俺の下手な嘘なんて簡単に見破ってしまって、些細な変化にもすぐに気づく……。


「どうも臭うんですよね。あなたからなのは間違い無いのですが、どこからでしょう……」


 スンスンと鼻を鳴らしながら、リオンがこちらへと近づいてくる。

 その正確無比な嗅覚は俺の身体の隅々に至るまで正確に嗅ぎ分けているようだ。


「ちょ、ちょっと近くないですかリオンさん!?」

「黙りなさい。愚民が私に口を聞いていいとでも?」


 さっきまで普通に話してたじゃん! なんでいきなりそうなるの!?


「うーん、ここらへんが一番怪しいですかね……」


 そうこうしているうちにも、俺の体を一通り嗅いだ後、ついに股の間にまで顔を近づけてきた。

 やばい! バレる!


「やっぱりここからでしょうか……」


 リオンの顔がどんどん近づいてきて、やがて鼻先が俺の大事な部分に触れるか触れないかというところまで近づいた。


「ちょ……やめろって!」


 これはマズイ……。かなりえっちだ!

 俺の息子が反応してしまいそうだ……。

 しかし、ここで勃ってしまったりしたらそれこそ一巻の終わりである。

 ここはグッと堪えるしかない!


「おかしいですね。絶対にここらのはずですが……」


 そう言って何度も鼻をヒクつかせ、クンカクンカと匂いを嗅いでくる。

 その度に鼻頭が息子に触れそうで触れなくて、非常にもどかしい……。


「うぅ……」


 もう限界だ。これ以上は我慢できない!

 リオンの前で勃ったりしたら、日向からも、学校のみんなからも、世界中の人からも嫌われてしまうだろうが、もはやそんなことはどうでもいい。

 俺は早くこの苦しみから解放されたいんだ!! そう思った瞬間だった。


「あら、もうこんな時間でしたか。私としたことが、少し夢中になりすぎましたね」

「え……」


 突然パッと顔を離したかと思うと、何事もなかったかのようにスカートを整え始めたリオン。

 その表情はどこか満足げである。


「それでは、ごきげんよう」


 そしてそのままスカートを翻し、彼女は優雅な足取りで去っていくのだった。


「…………」


 なんだったんだ……。マジで……。

 とりあえず危機は脱したようだが、相変わらず何が起きたのかさっぱりわからない。

 ただひとつわかったことは、俺の息子は今もなお元気なままだということだけだ。


「とりあえず、これが治ってから教室に行くか……」

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