第13話

 俺みたいな大して人気のない奴がゲリラ配信を行ったところでリスナーが集まるとは思えないが、とりあえず見られているという意識を持つことで自制心を保てるはずだ。

 慣れた手つきで配信をつけると、リスナーの到着も待たずにゲームを起動し、プレイを開始する。


「よし……これで少しは気が紛れるはず……」


 画面の中で戦うキャラクターを見つめながら、深呼吸を繰り返し、意識を研ぎ澄ませる。

 よし、いい感じだ。これならなんとか耐えられるかもしれない。

 そう思っていた矢先のことだった。


「な……」


 すでに視聴者が数名集まり始めていたのだ

 まさかこんなにも早く来るとは思っていなかった。


 コメント——————————————

『配信は8時からじゃなかったの?』

『こんばんは。予定よりもお早い開始ですね』

『クズ野郎! しんぢゃえ!」

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 なにやらアンチコメらしきものもあるが、とにかく視聴者がいることは確かだ。

 計画通りと言えばその通りなのだが、突発的に始めたせいか、視聴者の襲来に焦りが募り始める。

 とりあえず何かしら喋らなければならない。

 マイクのスイッチを入れて、俺は実況を開始した。


「あー、あー、聞こえてますか」


 コメント——————————————

『聞こえてるよ〜』

「聞こえていますよ』

『バカ! アホ! ピザボ!』

 ——————————————————


 どうやらしっかり声は届いているらしい。

 息が荒くなっていないか確認しつつ、平静を装って言葉を紡ぐ。


「えー、どうもユイトンでぇす。今回は! 拡張バレルを付けると、敵を一撃で倒せるということについて……やっていきたいと思いまぁす!! また嘘だと思ったそこのお前……」


 とりあえず、配信用に用意しておいたネタを使って場を繋ぐ。

 配信が進むにつれて視聴者の数も増えて、いつしか100名を超える規模にまでなっていた。

 しかし、それとは反比例するように、俺の心拍数はどんどんと低下していく。


「ほら! 今一撃だったでしょ!?」


 コメント——————————————

『ヘッショじゃねぇかww』

『嘘乙』

『ばぁか! ばぁか! この嘘つき!』

『お前の右手がすごいだけ』

 ——————————————————


 どうやら、配信を通して落ち着きを取り戻してきたようだ。

 今はもうパンツのことなど頭にない。

 あるのはただひたすらに敵を倒すことだけである。


「いや、マジなんだって!! おまえらも試してみ? あ、でも香川県民は1時間しか遊べないから無理かww香川県民の皆さんは実践で試してもろて」


 コメント——————————————

『おいやめろ』

『ゲーム1時間条例定期』

『おまえも香川県民にならないか?』

 ——————————————————


 しかし、今日の配信は妙だ。

 調子が良すぎる。いつもなら負け込んで、今ごろキレてる頃なのに今日は勝ち越している。というよりも、今日は【tiny_Jackal】と遭遇していない。

 奴のゴースティングが始まってから今日まで、アイツがいなかった試合の方が少ないくらいなのに、今日は不思議とまだ一度も出会っていない。

 配信時間をずらしたから?

 いやでも、もう本来の配信開始時刻を過ぎている。

 となると、【tiny_Jackal】にゴースティングできない理由でもあるのだろうか。

 あり得るな。

 もし【tiny_Jackal】を胡狼さんだと仮定した場合。

 リアルでゴースティングできるようになったから、ゲームでのゴースティングをやめたという線もなくはない。

 もしかしたら、今も俺の配信そっちのけで、リアルゴースティングをしているのかも……。

「…………」

 そう考えると寒気がしてきた。

 今日はこの辺でやめておくか……時間的にもちょうどいいし。


「じゃ、今日はそろそろ終わるかな。おまえら歯磨いて寝ろよ〜」


 コメント——————————————

『えぇ〜もっとやろ〜よ〜』

『本日もお疲れ様でした。おやすみなさい』

『ばいにゃー』

『バカ! 逃げるな! 謝れ!』

 ——————————————————


「おう、おやすみ。いい夢見ろよ」


 パソコンの電源を落とすと、背もたれに寄りかかる。

 寝る前に飯とか済ませないとな……。

 そう椅子を反転させて立ち上がった瞬間、ふと違和感を感じた。


「あれ、俺の部屋ってこんなに綺麗だったか?」


 床や机の上にあった物が綺麗に整頓されているような気がする。

 ゴミもないし……。それになんだかいい匂いまでする。

 まるで女の子が部屋にいたような……。


「ま、まさかな……」


 きっと、無意識下で掃除ができるようになったんだろ。

 俺が無意識のうちに部屋を掃除するなんてありえないことだが、それくらい疲れていたということだ。

 うん、そういうことにしておこう。


「確か冷蔵庫に昨日の残りが……」


 しかし、リビングの扉を開けた瞬間、俺の希望は打ち砕かれることになる。


「あ、唯人さん。お疲れ様です♡」


 そこには裸エプロンの胡狼さんが存在していたのだ。

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