第10話

「頼み? もしかして彼女になって欲しいとかそういう系ですかぁ? も〜、しょうがないですねぇ〜」


 ニヤついた顔で擦り寄ってくる真咲。

 よくそんな貧相な体つきと、ゲームしかない頭で恋愛対象になれると思っているものだ。

 真咲と付き合うくらいなら、まだ男の日向の方がマシだ。

 日向の方が女として見られるし。


「違ぇよ。おまえなんか女として見れるわけないだろ」

「ひどぉーい! 私だって女の子なんですよ! 傷ついちゃいますよぉ〜!」


 やる気のない真咲の拳がポカポカと頭を叩いてくる。

 言いすぎたかも知れないと思ったが、この様子なら大丈夫そうだ。


「そんなことよりも、おまえの力が必要なんだ。頼む、力を貸してくれ」

「むぅ……話を逸らして……。で、何すればいいんですか?」

「ああ、実は昨日、胡狼さんにジャージと傘を貸したんだけど、それを代わりに返してもらって来て欲しくてだな……」

「え、なんでですか? 普通に自分で行けばいいじゃないですか。あ、もしかして恥ずかしいんですか? 先輩も思春期ですね〜。ぷぷぷっ! まあ、童貞の先輩が彩音先輩の着ていたジャージを直接受け取ったりしたら、興奮して鼻血出して倒れちゃうかもしれませんからね。仕方ありません、今回は私がやってあげましょう」


 こいつまじで腹立つな……。

 だが、落ち着け星野唯人。

 ここで怒ってはいけない。

 真咲が引き受けてくれた時点で俺は勝利しているのだ。

 ここから、無駄なことをして自滅するわけにはいかない。


「あ、ありがとうな真咲」


 怒りを抑え、俺は満面の笑みで感謝の気持ちを伝える。

 これで真咲も上機嫌になり、俺のジャージと傘も返って来るだろう…………と思ったのだが、何やら真咲の顔色が優れない。


「どうした?」

「あ、ああ……」


 もしかして、俺の笑顔がキモすぎたのだろうか。

 かなり無理やり作った笑顔だったから、あり得るな。

 でも、真咲の視線は俺と言うよりか、俺の足元にあるように見える。

 机の下にゴキブリでもいr……。


「こんにちわ。唯人さん♡」

「「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああ!!」」


 突然現れた胡狼さんの姿を見て、俺と真咲は机から飛び退く。


「い、いつからそこに……」

「真咲さんが来る前からいましたよ? 2人があんまりにも気づかないので、ちょっと怖がらせようと思って隠れてたんです」

「なん……だと……」


 俺の全力ダッシュ、果ては真咲のハイパー磁力引きよりも早かっただと? ありえない……。

 だが、胡狼さんは壁にすら張り付く化け物。

 人間レベルで考えた俺がバカだったのかもしれない。


「あ、あの〜。彩音先輩……」

「なんですか?」


 胡狼さんに会話を聞かれたのは想定外だが、ここで真咲が取り返してくれれば、なんの問題もない。

 行け真咲! 俺のジャージ達を取り返して来い!!


「昨日唯人先輩にジャージと傘を借りたらしいですけど、それいま私に返してくれませんかね?」

「なぜですか? 唯人さん自身が取りに来ればいいじゃないですか。すぐそこにいるんですし」


 全員それ言うな。まあ、確かにその通りなんだけど。


「いやぁ、唯人先輩はクソ雑魚童貞なんで、彩音先輩に直接手渡しなんてされた日には、鼻血ブシャーで死んじゃうらしいんですよ。だから代わりに私が受け取ります」


 おい、さっきよりもさらに誇張されてるぞ。

 誰がクソ雑魚童貞じゃい。

 それに俺は別に直接手渡されたところで鼻血を出して死にはしない。

 恐怖のあまり死ぬことはあるかも知れないが……。


「ふふっ……大丈夫ですよ。もし唯人さんが興奮するようなことがあっても、私が慰めてあげますから♡」


 おいおい……勘弁してくれ……。余計に近づき難くなったぞ。

 今までただ本能的な恐怖があるだけだったが、そこに性的恐怖まで合わさったら、もう本当に胡狼さんから逃げ回るしかなくなる……。


「い、いやぁ、えっちなのはよくないと思うんで、ここは私が……」

「いえ結構です。唯人さんが目の前にいるのに真咲さんを中継する意味がわかりませんし」

「だから、中継しないと唯人先輩は……」

「はぁ……」


 真咲が食い下がる中、唐突に溜息をつく胡狼さん。

 呆れ果てたのか顔を手で覆っている。

 そして、次に顔を上げた時、胡狼さんの表情は一変していた。


「察しの悪い人ですね。あなたはだと言っているんですよ。真咲さん」

「え……」

「あんまり邪魔をされるようなら、少し痛い目に遭ってもらわないといけませんね」

「ひっ!?」


 胡狼さんは真咲を睨みつけると、そのままゆっくりと歩み寄っていく。

 その足取りはゆっくりではあるが、一歩ずつ確実に距離を詰めていく。

 真咲もそれに合わせて後ずさるが、やがて壁まで追い詰められてしまった。


「そうですね。真咲さんにもわかるように言うのなら、HP1の状態を永遠と味わってもらうようなものでしょうか」

「あ、ああぁ……」

「ふふ、怯えなくてもいいですよ。すぐに楽にして差し上げますから」

「ひ、ひぃっ!」


 真咲は戦闘から逃げ出した! しかし逃げられなかった!

 胡狼さんの精神攻撃!

 真咲の戦意に999ポイントのダメージ!

 真咲は戦闘不能になった!

 真咲は尊厳を10ポイント失った!

 真咲は状態異常『胡狼さん恐怖症』になってしまった!

 真咲はどうする?


「うう……助けて先輩……」

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