第9話 最後の頼り
俺、星野唯人は用意周到な男だ。
準備する時間さえあれば大抵のことには対処できる自信がある。
しかし、そんな俺にも対処できない場合がある。なんだと思う?
答えは簡単準備できない場合だ。
たとえば、女の子が突然押しかけてきたときとか、うっかりジャージを貸してしまうことがある。
あとで返してもらうことも考えずに……。
「クソ! やってしまった……」
「あ、唯人。帽子外したんだ。でもまだおかしいままだね」
「日向! いいところに来た。ちょっと俺の代わりに胡狼さんからジャージと傘を返してもらってきてくれないか?」
「え、やだよ」
即答だった。しかも真顔で。
「なんでだよ! ただ返してもらうだけだぞ。別に難しいことじゃないだろ?」
「いや、難しいとかそう言う問題じゃなくて、今の唯人のお願い聞きたくないな〜って」
「なにぃ!? なんでそんなこと言うんだよ! 俺たち親友だろ?」
「うーん、確かにそうだけどさぁ〜。なんて言うか、今の唯人はキモいからあんまり関わりたく無いんだよね〜」
キモい……だと……?
さすがにそれは酷くないだろうか。いくら俺でも傷つくんだが……。
「ま、まぁ確かに今の俺はちょっと変かもしれないけどさ、日向にだって俺の気持ちがわからないわけじゃないだろ? ほら、さっき半径10メートル以内に近づくなとか言ってたじゃん。俺も胡狼さんに対して、今そんな気持ちなんだよ」
「いや、全然わかんないよ。唯人のはただ逃げてるだけじゃん。私はちゃんと唯人と話した上でキモいと思ったからそう言ったんだよ? 唯人みたいに話すこともせず、怖いからって逃げるのとは違うんだよ?」
「ぐぬぅ……」
日向の言葉がグサグサと心に刺さる。
たしかに俺は胡狼さんから逃げているだけなのかもしれない。
だが、『逃げるな』なんていう綺麗事は日向の立場だから言えるのだ。
思い出しただけでも鳥肌が立つ……。
昨日の胡狼さんの顔……完全に捕食者の目をしていた。
それが窓に張り付いていたんだぞ。しかも3階のトイレのだ。
『逃げるな』なんて無理に決まってるじゃないか。
「昨日だって私が話す機会を作ってあげたのにすぐ逃げちゃうしさ。このままじゃあ、逃げて逃げて……永遠に逃げ続けて、挙句ありとあらゆるものから逃げた果てに、クソダメクズニートになっちゃうよ?」
「いや、話飛躍しすぎだろ。なんで人生レベルの話に発展してるんだよ」
「とにかく! 唯人はちゃんと胡狼さんと向き合うこと! わかった?」
「うぅ……」
「私なりに心配して言ってるんだから、ちゃんと言うこと聞いてよね? じゃあ、私もう行くから」
念押しするように俺を指差してから、日向は自分の先に戻っていった。
「はぁ……」
朝から幼馴染み2人な罵倒される男子高校生は俺以外にそういないだろう。
昨日ぐっすり寝て回復したはずのステータスも、度重なる精神攻撃によって瀕死状態だ。
「どうしようかな……」
ここはもう真咲を頼るしかないか……。
バカだから本当は頼りたくはないのだが、この状況だから仕方ない。
バカだけど大体の頼み事は聞いてくれるし、なんだかんだ言って面倒見もいいからな。
バカだけど物を返してもらうくらいはできるだろ。
バカだけど……。
☆★☆
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪
本日最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
そして、終業の挨拶が終わると同時に、俺は部室に向けて走り出した。
まだ胡狼さんは教室に残っている。
いくら壁に張り付いたり、化け物みたいなスペックを持つ胡狼さんといえど、本気を出した俺を追い越して、待ち伏せすることはできまい。
今の俺よりも早く部室に辿り着けるのは、ガチゲーム廃人で、ゲームと超強力磁石レベルに引き合う真咲くらいのものだろう。
1秒たりとも無駄にはできない。俺は全速力で廊下を駆け抜けた。
途中、すれ違った教師に廊下は走るなと注意されたが、その程度では俺の勢いは止まらない。
そうして、俺はようやく目的地に到着した。
勢いよくドアを開け放つ。
するとそこには……
「あ、先輩お疲れ様でーす。今日は早いですね」
予想通り、ゲームに興じている真咲の姿があった。
対して胡狼さんの姿はない。どうやら間に合ったようだ。
「はぁ……はぁ……」
「先輩このキノコ見てくださいよ〜。今日校庭で拾ったんですけど、この模様完全に某ブラザーズのアレですよね! これ食ったら巨大化するやつですよきっと!」
「はぁ……はぁ……おまえ絶対それ食うなよ? 絶対だぞ? 食うなら家に帰ってからにしてくれ。部活動停止になりたくないから」
「え〜。せっかく 先輩にも分けてあげようと思っていっぱい取ってきたのに……。しょうがない。お母さんに炊き込みご飯にでもしてもらいますかね〜」
「ってか、キノコなんてどうでもいいんだよ。真咲、おまえに頼みがあるんだ……」
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