第8話 もう一人の幼馴染み

 俺はリアルでもゲームでも用意周到な男、星野唯人。

 そんな俺にかかればストーキング対策など半日もあれば余裕なのだ。


「うわー……見てアイツ。変な格好してるんだけど」

「ホントだ、ウケる〜!」


 何やら周りの視線を集めているようだが、こんなの、胡狼さんのギラついた視線に比べれば、痛くも痒くもない。


「やっ! 唯人おはよ…………ってなにその格好……昨日もおかしかったけど、今日は一段とおかしいね……」

「ふふふ……おかしいなんて失礼なやつだなぁ。このスカーフはすごいんだぞ。有名人とかがパパラッチ対策に使う、カメラに映らなくなるスカーフなんだ」

「へ、へぇ……そうなんだ……。ところでそのアルミホイルの帽子は?」

「これか? これは近くに盗聴器があっても電波を阻害して、音声が聞こえないようにする優れものさ」

「う、うわぁ……」


 え……めっちゃドン引きされてる。日向にめっちゃドン引きされてる。

 いや、この格好で引かれないと思ってたわけでないけど……まさか、あの日向にここまで引かれるとは思ってなかった……。

 かなりショックだ。


「唯人……今日は学校休んでさ……頭のお医者さんに行こ? まだ間に合うと思うからさ……」

「まてまてまて! 俺は正常だ!」

「いや、どう考えても異常でしょ……」

「くっ……!」


 確かにこの格好は異常者のそれかもしれない。

 しかし、これにはれっきとした理由があるのだ。

 胡狼さんから逃れるという重大な理由が……!


「勘違いするな日向……。これは胡狼さん対策の一環なんだ。信じてくれ」

「はぁ……また胡狼さんかぁ……。もういいよ」

「え?」

「その帽子外すまで、私の半径10メートル以内に近づかないで。恥ずかしいから」

「ええ!?」

「じゃあね」


 絶対的信頼を置く親友から見放された……。

 そこで俺ようやく気づく。自分の犯した過ちに……。


「日向ぁぁあああ!! カムバァァァァックッ!!! この帽子はすぐにはずすからぁぁぁああぁあ!」


 日向の背中が小さくなっていくのを見ながら、俺はなんとか帽子を外そうと試みるが……


「クソッ! なんでこのアルミハットはずれねぇんだよ! たかがアルミホイルのくせに……!!」


 まるで接着剤で固定されているかのように、まったく外れる気配がしない。

 その間にも日向はどんどん遠くへ行ってしまい、ついには見えなくなってしまった。


「ちくしょう……日向ぁ……」

「あらあら……こんなところで愚民が 泣き喚いていると思えば……貴方でしたか……」


 途方に暮れていると、不意に声をかけられた。

 この人を小馬鹿にしたような声は間違いない。


「リオン……」


 俺のもう1人の幼馴染み。リオン・白雪・フラマンだ。

 取り巻きも数人いるようで、そいつらが俺のことを睨んでいる。

 フランスと日本とのハーフである彼女は、日本人離れした……いや、人間離れした美貌の持ち主だ。

 透き通った白い肌。宝石のごとき碧い瞳。

 とにかく体のありとあらゆる部位の色素が薄く、光に打たれて白く輝く髪は、まさしく天使のそれ。

 小柄な体型と相まって、彼女はまさに人形のようだった。

 お胸が控えめであるところは少々を選ぶが、それを補って余りある美しさが彼女にはある。

 まあ、中身は腹黒陰湿毒舌女なんだけど。


「相変わらず情けない姿ですこと……。せっかく声をかけてあげたというのに、挨拶もなしですか?」

「悪いな、今ちょっと忙しいんだ。お前の相手をしている暇はない」

「はぁ? 貴方のような底辺にわたくしを無視する権利があるとお思いで?」


 俺が座り込んでいるのをいいことに、その中学生ほどもない小さな背丈で俺を威圧してくる彼女だが、正直全然怖くない。むしろ可愛いくらいだ。


「おまえなぁ。俺たち幼馴染みだろ? もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃないか?」

「ふふっ……確かに昔はそうでしたね。しかし、時とは残酷なものです。こんなにも格差が生まれてしまうのですから。今では、貴方は底辺。私は頂点の存在です。話を聞いて差し上げているだけでも、光栄に思って欲しいくらいです」

「はぁ……まったく……」


 昔はもっと可愛げがあったのに……。

 リオンは体が弱いから、よく家に行って看病したりしていたっけ……。

 あの頃はお兄ちゃんとか言って俺の背中に隠れたりしてたんだけどなぁ〜。

 それが今となってはこんな毒舌になっちゃって……寂しい限りだよ全く。


「おい貴様! リオン様になんて口の利き方だ! 土下座しろ!」

「そうよそうよ! リオン様の慈悲に感謝なさい!」

「身の程をわきまえろ!」


 取り巻き達が騒ぎ始めた。

 コイツらはいわゆる親衛隊ってやつだな。

 リオンの権力を借りないと何もできない連中なのだが、生憎俺はそいつらより知力も腕力も下なので、何も言い返すことができない。


「あ、あなたたち! 下がりなさい! この愚民は私が躾けます。だから、貴方達は手を出さないでください」

「で、ですが!」

「二度は言わせないでください」

「……はい」


 さすがリオン様、あのうるさい奴らを一瞬で黙らせてしまった。


「それで、貴方何か困っているようですね。話くらいなら聞いてあげてもいいですよ?」

「ああ……実はこの帽子が取れなくて……」

「そんなこともできないのですか。これだから愚民は困りますね。ほら、頭を貸してみなさい」

「あ、ちょ……」


 リオンの小さい手が俺の顔に触れる。

 言葉では気丈に振る舞っていても、その手は頑張っているのが丸わかりで、少し震えていた。


「なに、ヘアピンで固定されているだけではないですか。本当に貴方は馬鹿ですね」

「バカで悪かったな……」

「ほら、取れましたよ」

「おお! ありがとうな!」

「っ!?」

「ん? どうした? そんな驚いた顔して……」


 急に固まってしまったリオンに声をかけるが反応がない。


「おーい、大丈夫かー?」


 再度声をかけると、ハッとしたように動き出した。


「べ、別にこれくらい大したことではありません」


 そっぽを向きながら答えるリオン。

 よく見えないが、その頬はほんのり赤く染まっているように見えた。

 あの頃も撫でてやるとこんな反応したっけな……。

 いま撫でたりしたら殺されてしまいそうだけど、昔からその照れたような仕草は変わらないようだ。


「そ、それでは私はこれで……。これに懲りたら、もう二度とそのような愚行に走らないことですね」

「はいはい、わかってますよ」

「ふん、それではごきげんよう」


 そう言って去っていく彼女の背中をを見送ると、俺も埃を払って立ち上がる。


「さて、帽子も取れたことだし、日向のところに行くか」

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