第6話 いつ……どこで……

「はぁ……危ないところだった……」


 危うく人生ゲームオーバーになるところだった。

 あのまま続けていたら、俺は明日から学校に来れなくなっていたに違いない。


「やっぱり、胡狼さんは危険だな……」


 何が目的なのか定かでないが、先ほどの接触は明らかに俺を陥れるためのものだった。

 昼間のストーキング行為といい、一体どういうつもりなのだろうか……?


「まあ、考えても仕方がないな」


 胡狼さんが部室に拘束されている今がチャンスだ。

 さっさと帰って、明日からの作戦をじっくり練るとしよう。

 そう思い昇降口を出ると、


「……雨か」


 外はバケツをひっくり返したような大雨だった。

 だが、俺はゲームでもリアルでも用意周到な男。

 こんな時のために、折り畳み傘を常備している。


「ふっ、完璧だな」


 誰に言うでもなくそう呟き、鞄の中から折りたたみ傘を取り出して歩き出した。

 バシャバシャと水たまりを踏みながら校門の方を目指す。

 しかし、学校の敷地を出る寸前でふと、足をとめた。

 背後から視線を感じたからだ。

 もしやと思い、ゆっくりと振り返ってみれば、やはりそこには胡狼さんがいた。


「マジかよ……」


 どうやら部活はほっぽり出して、わざわざ俺を追いかけてきたらしい。

 ここまでくると、もう流石に胡狼さんはストーカーだと断定しても良さそうだ。


「…………」


 しかし、なんだか様子がおかしい。

 先ほどから空を無言でじっと見上げている。

 俺ではなく空を……。


「もしかして傘を持ってないのか?」


 だとしたら好都合だ。

 まさか雨の中、濡れてまで俺を追ってくるとは思えないし、このまま歩くだけで胡狼さんを撒ける。

 そうして俺は帰路を歩み始めた。


 ピチョン……ピチョン……


 雨の中、水たまりを踏みつける音が二つ鳴り響く。俺と胡狼さんのものだ。

 まさか雨の中まで追いかけてくるとは……。

 振り返ると、電柱の裏からびしょ濡れの胡狼さんが顔を覗かせている。

 あれでは間違いなく風邪をひいてしまうだろう。

 そうなれば、明日からしばらく胡狼さんに追われなくて済む。

 ここは無視を貫き通すべきだ。


 ピチョン……ピチョン……


 いつまで追ってくるんだ……。いい加減諦めろよ。

 本当に風邪ひいちまうだろうが……。

 そんなに頑張って追ってきたって絶対に家は特定させないぞ……。


 ピチョン……ピチョン……


 そこまでして俺に執着する理由ってなんだよ。

俺なんてチャンネル登録者1.99万人のクソ雑魚YouTuberだぞ!

 顔だって別にイケメンじゃないし、頭も平凡だし、性格だって最悪だし……ストーキングされるような要素なんて何一つないぞ。

 それなのになんで……


 ピチョン……ピチョン……


「ああ……くそ!」

「……!」


 気づけば、俺は走り出していた。

 胡狼さんから逃げるためではない。

 彼女に追いつくためにだ。


「っ!?」


 驚いた様子でこちらを振り向く胡狼さん。

 それに構うことなく、俺は彼女の頭に傘を差し出す。


「バカか。風邪引くぞ……」

「どうして……」

「勘違いするな。お前があんまりにもしつこいから部長として注意しに来ただけだ」

「そうですか……」


 そう言う彼女の体は妙に小さく見えた。

 昼間、追ってきた時にはあんなにも強大に見えたというのに、今ではまるで別人のようだ。


「とりあえず俺の家まで行くぞ。そこで傘と服を貸してやる。必要だったらシャワーも貸すからさ。説教はそれからだ」

「いいんですか……さっきから家の周りをぐるぐるして、特定されたくないみたいだったのに……」


 なんだよ……気づいてたのかよ。


「その言い草じゃ、もう知ってるみたいだし、別に構わねぇよ」


 そう言って歩き出すと、彼女は何も言わずについてきた。

 胡狼さんのムチムチボディは俺の小さな傘なんかじゃ収まりきらなくて……俺はそっと彼女の方に傘を傾けた。

 肩が寒い。

 こりゃ、明日の配信は中止かな……。


「なあ、一つ聞いていいか?」

「なんですか……?」

「なんでそこまでして俺を追いかけるんだ? 俺なんて大した人間じゃないだろ?」

「それは……」


 しばらくの間、雨の音が空間を支配する。そして、ようやく口を開いたかと思えば、出てきた言葉は……


「それは……私が君のストーカーだからですよ」


 なんとも意味不明なものだった。


「はぁ? お前、何言ってるんだ?」

「ストーカーだからストーカーなんです。それ以上でも以下でもないです」

「いや意味わかんねぇよ!」

「そうです。意味がわかんないんです。言葉じゃ説明できないくらい、ストーカーなんですよ。唯人さんのためならなんだってできます。唯人さんのことならなんだって知りたいです。唯人さんのためなら命だって投げ出せます。唯人さんが望むことならなんでもします。唯人さんのためなら悪役にでもなります。それがたとえ犯罪だとしても……」

「ひっ……」


 俺は恐怖した。胡狼さんに、そしてこんな激重ヤンデレをいつのまにか作り出していた自分に……。

 心当たりはない。

 だが、目の前の彼女は間違いなく俺が作り出したアルティメットヤンデレ。

 一体いつ、どこで、彼女をこんなふうにしてしまったのだろうか。

 彼女の話聞けば聞くほど、謎と恐怖は深まるばかりだ。


「さ、先を急ごうか……」

「はい♡」


 すっかり調子を取り戻した胡狼さんに、俺は背中を丸めながら、自宅への道のりを急いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る