第5話 包囲網

 そうとなれば早速、胡狼さんを誘いにいくわけだが……


「こ、胡狼さん……よ、よよ、良かったら俺たちとゲームやらない?」


 恐怖のあまり、声が裏返ってしまった。

 しかし、そんな俺を笑うでもなく、胡狼さんは「いいですよ」と微笑み混じりに答えてくれた。


「っ!?」


 その控えめながらも可憐な笑顔に、僅かながら『可愛い』という感情が芽生える。

 こうして見てみると、やはり彼女はとてつもない美少女だ。特に太ももは国宝級。


 だがしかしっ!


 外見に騙されてはいけない。

 こんな清楚なナリをしていても、その正体はストーカー。

 今は大人しく振る舞っているが、心の中では俺をどう貶めてやろうか考えているに違いないのだ。


「それで、どんなゲームをやるんですか?」


 胡狼さんの問いに待っていましたと言わんばかりに答えたのは真咲だ。


「ふっふーん! 今日やるのはヌマブラ! ご存知、大人気格闘ゲームですね! 今日はこれで、唯人先輩をボッコボコにしてやりますよ!」

「お前がFPS以外をやるなんて珍しいな」

「そりゃ、これ買ってきたのワタシじゃありませんし」

「え、じゃあ……」


 日向の方をチラリと見る。するとそこには、もじもじと恥ずかしげに体をくねらせる彼女の姿があった。


「えへへ、これなら唯人に勝てるかな〜と思って……」

「なるほどな……」


 なんとも浅ましい考えだ。だが、そんなところが実に日向らしくて可愛らしい。

 さすがは俺の日向。

 男であることを除けば、完璧なヒロインである。


「じゃあ、ワタシ準備するんでちょっと待っててください!」


 そう言ってソフト片手に準備を始める真咲だったが……


「おいちょっと待て……。もしかして、そのクソちっさいモニターでやるんじゃないだろうな?」


 彼女が向かったのはPC室に規則正しく並べられたPCモニターのうちの一つ。サイズは16インチほどしかない。

 1人でプレイするならともかく、4人同時対戦となるとかなり窮屈だ。


「そうですよ。ワタシだって本当はテレビに繋ぎたいんですけど、ゲーム機を持ち込んでるのがばれたら面倒ですからね」

「ぐぬぬ……」


 うちの部活はあくまでPCゲームのeスポーツをする部活であって、ゲーム機の使用は許されていない。

 ゆえに、ゲーム機を大画面にゲーム機を繋いで遊ぶと言うのは大変危険な行為であり、やるわけには行かないのだが……。

 それにしてもこの画面は小さすぎる。


「さて、準備できましたよ! 早く座ってください!」

「お、おう」


 俺が渋々腰を下ろすと、続いて3人が俺を取り囲むようにして座り始める。


「じゃあ私は唯人の隣に座ろうかな。えへへ〜」


 右隣に日向


「……じゃあ、私はこっち側♡」


 それに対抗するように左隣に胡狼さん


「むぅ! それじゃあわたしがモニター見づらいじゃないですか! あ! でもまだここが空いてますね」


 そして、膝の上に真咲。


「あ、あのぉ……ちょっとくっつき過ぎじゃありませんかね? お三方……」

「しょうがないじゃないですか。モニター小さいんですもん」


 この包囲状態は非常に危険だ。

 普段から日向のスキンシップで鍛えている俺の股間でも、この人数に囲まれるとさすがに反応してしまいかねない……。

 しかも今は膝の上に真咲が乗っている。もし元気になってしまおうものなら、即バレて、社会的な死を迎えてしまうだろう。


「彩音先輩は操作わかります?」

「大丈夫です」

「よし、それじゃあ始めていきますよ!」


 クソ……結局この状態で始まってしまった……。

 こうなったら仕方ない。俺はひたすら無心で耐えるのみだ。


「くっ……」


 だが、現実は非情なもので、この状態で集中できるわけもなく、俺の焦りはプレイとして如実に現れることとなる。


「あれれ〜先輩、クソ雑魚ですねぇ」

「うるせぇ! 黙ってろ!」

「ふひひっ、先輩ビビってるぅ〜。うりうりぃ〜。もっと楽しませてくださいよ〜」

「ぐぬぬ……覚えてろよ真咲」

「ひゃー、こわーい」


 真咲の煽りを受けつつも、なんとか持ち堪えていると、突然日向がこちらに傾いてきた。

 彼女のつややかな茶髪が俺の頰をくすぐる。


「んんー、よく見えない……」

「ちょ……日向! 近いって! 近すぎだって!」


 日向の顔が至近距離にあるせいで、もはやゲームどころではない。

 そんなこちらの事情などつゆ知らず、さらに顔を近づけてくる日向のせいで、もう心臓がバクバクだった。

 このままではまずいと思い、咄嗟に距離を取ろうとするが、今度は左側から圧がかかる。


 ムニュ……。


「なっ!?」


 この柔らかな感覚は間違いない。

 胡狼さんの豊満なお胸様の感触だ。

 しかし、どう考えてもこの当たり方は不自然だ。

 おそらくこれは罠!

 胡狼さんが俺の理性を崩壊させて、逃げられないようにするために仕掛けられた巧妙な罠に違いない!


「ぐ……ぐふぅ!」


 だからと言って右側に寄るわけにもいかない。

 あちら側に仕掛けてあるのも別の意味での罠だ!

 ならば、ここはあえて正面突破を試みるしかあるまい。


「うぇーい! 唯人先輩弱すぎ! ざぁこ♡ざぁこ♡」

「ぐっ、ぐぞぉぉぉ!!」


 ダメだ! 息子の上で真咲の尻が暴れてやがる! 

 もう無理ダァ! 耐えられない!


「ぐぁぁぁああぁあ!!」

「わわっ! 先輩、急に立たないでくださいよ!」

「はぁ……はぁ……今日はもう……帰る!」

「えぇ!? 逃げちゃうんですか! もしかして、私に負けて、逃亡ですかぁ? うわーだっさ〜い♡」

「うっせぇぇぇえ!!」


 真咲の煽りに怒りを覚えるが、もはや俺は戦える状態ではない。

 なにせ、俺の息子が戦闘態勢なのだ。

 こんなんでまともにプレイできるわけがない。


「じゃあな日向。今日は先に帰らせてもらう」

「あ、うん……」

「また明日な!」


 それだけ言い残して、逃げるように部室を飛び出した。


「なんなんですか本当に……変な先輩ですね」

「あはは……きっと今日はそういう日なんだよ。ほら、たまに元気になる日があるでしょ。それに似たものだよ」

「そういうものですかね」

「…………私も帰ります」

「え? 彩音先輩も?」

「はい。やることがので」

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