第3話 出待ち
「ひゃぁぁぁあああ!!!」
悲鳴を上げながら、慌ててトイレから飛び出す俺。
そのまま一心不乱に走り出し、気づけば教室に戻っていた。
「唯人、おかえり〜。早かったね」
「ひ、日向ぁ〜!」
「え、なになにどうしたの!? というか、社会の窓開いてるよ!」
涙目になりながらすがり付く俺を見て驚く日向だったが、すぐに優しく抱き留めてくれた。
そしてよしよしと頭を撫でてくれるのだ。
まるで聖母のような慈愛に満ちたその行為に思わず涙が出そうになったが、ギリギリのところで日向が男だということを思い出して踏みとどまる。
「胡狼さんが追いかけてくるんだよ〜」
「まだ言ってるの? 気のせいだってば」
「本当なんだって! マジなんだって!」
「はいはい。怖かったねぇ」
信じてもらえないことに苛立ちを覚えつつも、日向の胸に顔を埋める。
なんだかいい匂いもするし、とても落ち着く……。
「粘着の件とかいろいろあって、溜まってるんだね。可哀想な唯人……」
憐れむような声音で囁かれると同時に、背中に小さな温もりを感じた。
どうやら抱きしめられているらしい。
柔らかく暖かい感触が不安や恐怖を少しずつ溶かしていく。
「よかったら、私が抜いてあげよっか……?」
耳元で甘く囁く日向の声に背筋がゾクッとした。
こんな美少女にそんなことを言われたら、健全な男子高校生なら誰だって反応してしまうだろう。
「いえ、結構です……」
だが、残念ながら俺は日向が男であることを知っている。
ゆえに、彼女がいくら可愛くても、俺の股間はピクリとも反応しないのである。
「そっか……残念。せっかく勇気出したのにな……」
いや勇気の出しどころ絶対間違ってるだろ……。
親友相手に何しようとしてるんだこいつ。
「あっ、胡狼さんだ」
「えっ!?」
胡狼さんの名を聞いた瞬間、反射的に体が動いた。
俺は日向を押し退けると、教室の扉へと視線を向ける。
するとそこには……。
「……」
ハンカチを咥えたまま、無言でこちらを見つめる胡狼さんの姿があった。
「ひぇっ……」
咄嗟に日向の背中に隠れる。
胡狼さんは相変わらずの無表情でこちらを見ているが、心なしか目が据わっているような気がしないでもない。
「唯人、大丈夫だよ。きっと気のせいだから。ハンカチ持ってるし、トイレにでも行ってきたんじゃないかな?」
「トイレ……トイレか……そうだな」
確かにトイレには行ってきただろうな。
特に外壁のあたりとか張り付いてきたんだろうな……!
「それよりさ、そろそろご飯食べようよ。私、お腹空いちゃったよ」
「あ、ああ……ってあれ?」
「どうしたの?」
「昼飯買ったのに、どっかに置いてきちまったみたいだ……」
「え〜? なにやってるのぉ!?」
「それもこれも胡狼さんが……」
「人のせいにしない!」
「ごめんなさい……」
日向に怒られてしまったので、素直に謝る。
だが、胡狼さんのせいであれもこれも失ったのは事実。
授業には集中できないし、トイレもまともに行けないし、昼飯はどこかに忘れるし、胡狼さんのおかげで俺の学校生活はめちゃくちゃだ!
「しょうがないなぁ。私のお弁当分けてあげるから早く食べよ。昼休み終わっちゃう」
「おお、助かる……」
「その代わり、今度ジュース奢りね」
「へいへい」
☆★☆
午後の授業が終わり、放課後。
俺は胡狼さんを警戒しつつも、とある場所に向かっていた。
「もう……いつまでそうしてるの」
「いや、胡狼さんがいつ襲ってくるかわからないだろ。今もほら……あの柱の裏とかに……」
「いないってば。はぁ……私は残念だよ。唯人がこんなにヤバい奴だったなんて。昔はせいぜい『気をつけろ日向! あの鳩は政府の監視ドローンだ! 見られてはいけない!』とか言ってるくらいだったのに……」
「そんなこと言った覚えねぇよ。てか、そっちの方がヤバい奴だろ」
そんな会話をしながら廊下を歩いていると、いつのまにか目的地に辿り着いていた。
PC室。いや、放課後になった今、『eスポーツゲーム部』の部室と言った方が正しいだろうか。
ここは俺にとって、実家のような場所だと言っても過言ではない。
トイレが絶対領域なら、ここはもはや聖域。何人たりとも侵すことは許されない。
それがたとえ胡狼さんであっても……。
「邪魔するぞー」
扉を開ければほら……1680万色の光と、死ぬほどうるさいファンの音、そして…………
「なっ……」
「こんにちわ。お邪魔してます♡」
胡狼さんが出迎えてくれる……。
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