第2話 逃げられない……

 昼休みを告げるチャイムが鳴ると、生徒達が一斉に動き出し、昼食の準備をし始める。

 そんな中、俺だけは一人頭を抱えていた。


「唯人! 一緒にご飯食べよ……って、なんか元気ないね」

「ああ、日向か……」

「大丈夫? 体調悪いの?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……なんというか、その……胡狼さんにずっと見られてる気がして……」

「ええ〜? 気のせいじゃない?」

「だといいんだが……」


 今朝のこともあり、どうしても胡狼さんを意識してしまっている自分がいる。

 そのせいで授業にも集中できず、こうして日向に心配される始末だ。情けない限りである。


「本当に大丈夫? いつもの唯人だったら『胡狼さんの太ももやばすぎ! もはや芸術品だろ! あ〜触りてぇ!!』とか言いそうなのに」

「……お前の中の俺はどんな変態なんだよ」


 いやまあ、確かにあのムチッとした感じはたまらないものがあるけどさ……。

 でも、今はそれより視線が気になる。

 俺の気の所為でなければ、今も誰かに見られている気がするんだよなぁ……。

 それもかなり熱烈なやつに。


「あ〜。私もムチムチ美少女目指そうかなぁ。胸も大きくしちゃったりしてさ」


 そう言って自分の胸に手を当ててみせる日向。

 もちろんそこは平面なのだが、疲れからか、巨乳の日向の幻覚が見えた気がした。


「勘弁してくれ……。ただでさえ、お前を女だと勘違いした奴から妬まれてるのに、本当に女になられたら収集がつかん」

「あははっ、冗談だよ〜」


 けらけらと笑いながら、日向は俺の隣の席に座ると弁当箱を広げる。

 どうやらここで食べるつもりらしい。


「それより、早くお昼食べよ? もうお腹ぺこぺこだよ〜」

「ああ、俺購買行ってくるわ。今日弁当ないから」

「おっけ〜。いってら〜」


 ひらひらと手を振る日向に見送られ、財布を片手に立ち上がる。


「さて、行くか……」


 廊下に出ると、俺は足早に歩き始めた。

 目的地は3階にある売店だ。

 あまり日向を待たせても悪いし、さっさと買って戻ろう。

 そう思って廊下を歩いている時だった。

 背後から強烈な視線を感じた……。


「っ!?」


 咄嗟に振り返るが誰もいない。

 確かに誰かに見られたいた気がするんだが……。

 俺の自意識過剰だろうか。


「き、気のせいか……」


 そう結論付けると、再び歩き出そうとするのだが……やはり何者かの視線を感じる……。

 困惑しつつも歩みを進めるが、視線は相変わらず俺に向けられているようで一向に消えない。

 それどころかどんどん距離が縮まっているような気が……。


「ハムサンドとコーヒー牛乳で320円になります」

「はい……」


 そして、購買のおばちゃんに代金を支払おうとしたところで、視線の熱量はピークに達した。


「……っ!!」


 会計中にもかかわらず、勢いよく背後を振り返る。するとそこには……。


「ふふっ……♡」


 柱の裏からひょっこりと顔を覗かせる胡狼さんの姿が見えた。

 彼女の視線は間違いなく俺に注がれている。

 それがひどく不気味で恐ろしくて……。


「ぎゃあああああああああ!!!!」

「ちょっとお客様!? 商品忘れてますよ!」


 ホラゲー主人公さながらの全力疾走でその場から逃げ出した。


「なんなんだよマジで!」


 なんで胡狼さんが俺を追いかけて来るんだ……!

 もしかして【tiny_Jackal】の正体は彼女なのか……?

 いやでも、ゴースティングって大体非モテ陰キャがやってるイメージだし、あんな可愛い子がそんなことするとは思えないんだけど……。


「はぁ……はぁ……」


 とりあえず俺はトイレに逃げ込んだ。

 女の胡狼さんには入ってこれまい。

 これで一安心だ。


「ふぅ……」


 やはり、トイレこそが最強のパーソナルスペース!

 ここは俺の絶対領域!!


「安心したら小便したくなってきたな……。ちょうどいいし、済ませとくか」


 そう思い立ち、ズボンのチャックに手をかけるわけなのだが……。

 そこでふと窓の方から視線を感じた。

 まさか胡狼さんが……?

 だが、ここは3階。窓から覗くなんて不可能だ。

 しかし、そんな確信があってもなお、嫌な予感というのは拭えないもので……。

 恐る恐る視線を向けてみると……。


「ひっ……!」


 窓の外には満面の笑みでこちらを覗き込む胡狼さんの姿があった。


「ひゃぁぁぁあああ!!!」

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