第1話 会いにきたよ♡

 翌朝、俺は周囲を警戒しながら学校へと向かっていた。

 理由はもちろん昨日の赤スパだ。

 念の為登校ルートを変更してみたり、遠回りしてみたりしているものの、特に変わったことはなかった。


 今この時までは……。


 目の前で女の子が困っている。

 どうやらカバンの中身をぶちまけたらしい。

 うちの制服を着ているが、見ない顔だ。

 通学路を変えるとこんなこともあるんだな。

 しかし、同じ学校の奴が困っているというのに、周りの奴らは見て見ぬふり。

 薄情な奴らだ。仕方がない。ここは俺が助けるとしようじゃないか。


「あの、大丈夫ですか?」

「え……? あ、はい!」


 可愛い……。

 見上げた彼女の笑顔を見て、真っ先に浮かんだ言葉がそれだった。

 特に太ももがいい。

 とてつもないムチムチ具合だ……。

 ニーソからはみ出す太ももが実在していたとはな。

 これはもはや芸術品と言っても過言ではない。


「何か困ってたみたいだったので。俺でよければ手伝いますよ」

「いいんですか!? ありがとうございます。実は、カバンの中身が散乱しちゃって」

「あはは……俺もよくやりますよそれ。じゃあ、こっちの方拾いま…………ん?」


 しかし、そのファーストインプレッションも、ものの数秒で塗り替えられることになる。

 彼女の足元、散らばった荷物の中に、普通の学生が持っているはずのない物が見えたからだ。

 それは、黒く小さなカメラのようなものだった。


「小型カメラ?」


 カメラだけではない。

 盗聴器のようなものや、ピッキングツールまで散らばっている。

 どう見ても、ただの女子高生が持つようなものではない。

 もしかしてこの子……ストーカー?


「どうかしましたか?」

「な、なんでもありません。それより、早く拾っちゃいましょう」


 だが生憎、俺は探偵でもなければ警察でもない。

 ここで問い詰めたところで、何の解決にもならないだろう。

 そもそも、まだ彼女がストーカーだと確定したわけでもあるまい。

 下手なことを言って逆に怪しまれるのは御免だし、ここはさっさと片付けて退散するのが吉だな。

 俺は床に落ちた荷物を一つ一つ拾い上げていく。

 すると、彼女は俺の隣にしゃがみ込み、同じように荷物を拾い始めた。


「これで全部ですかね」

「本当にすみません! 手伝ってもらってしまって……」

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」

「……優しいんですね」


 そう言って微笑む彼女。

 その表情はやはり可愛く、とてもじゃないが、ストーカーには見えない。

 おそらく、ファーストインプレッションの方が正しかったのだろう。


「では……急いでいるので、私はこれで失礼しますね」

「あ、はい」


 軽く頭を下げると、彼女は足早に去っていった。


「可愛い子だったな……」


 去り際に見せた彼女の笑顔を思い出しつつ、そんなことを呟く。

 こういう時にもっと積極性があれば、俺にも彼女ができるのだろうか。

 いや、俺みたいなゲーマー陰キャはノーチャンスだろう。

 少なくとも、あんな美人が俺に振り向くはずがない。

 彼女がもしストーカーだとしたら、追いかけられてる奴は羨ましい限りだ。


「ってやば! もうこんな時間じゃん……俺も急がないと」


 時計を見れば、既に遅刻ギリギリの時間。

 俺は学校の方角に向き直り、全速力て走り出した。


「ふぅ……間に合った……」


 結局、俺は遅刻せずに学校へ辿り着いた。

 息を整えながら教室の扉を開くと、自分の席へと向かう。

 俺の席は教壇から見て一番奥の窓際。所謂主人公席だ。

 物理的に人が寄り付きにくい位置にあるので、俺はぼっち席とも呼んでいる。

 そんなぼっち席だが、今日は珍しく先客がいたようだ。


「あ! やっと来た!!」


 俺が教室に入るなり、明るい声が飛んでくる。

 見ると、そこには俺の幼馴染である天川日向あまかわひなたの姿があった。


「おはよう! 唯人ゆいと

「ああ、おはよう」


 肩にかかる程度に伸びたつややかな茶髪。ぱっちりとした二重の瞳。見ただけでその柔らかさが伝わってくるような白い肌。少し幼さを残しながらもしつかりと整った顔立ち。

 どこをとっても美少女と呼ぶに相応しい存在。

 それが彼女だ。


「今日も遅かったね。また寝坊しちゃったの?」

「まあ、そんなところだな」


 嘘である。本当は朝のアレが原因だ。

 しかし、もし本当にあの子がストーカーだった場合、日向を巻き込むわけにはいかない。

 だからここは適当に誤魔化した。


「また、夜遅くまで配信してたんでしょ? ダメだよちゃんと寝ないと」

「はいはい、わかったよ。これからは気をつけるから」

「ほんとかなぁ〜」


 目を細めて、疑わしげな視線を向けてくる日向。

 そんな視線から逃げるように顔を背けるが、彼女がそうはさせてくれなかった。


「頭に花びら乗ってても気づかないくらいだよ。説得力ないなぁ」


 日向の細くしなやかな指が、そっと俺の髪に触れる。

 そのまま優しく撫でるように髪をくと、何かを摘んだのか、ゆっくりと手を下ろした。


「ほら、ピンクの花びら」

「ああ、ありがとう……」

「新学期早々、こんな調子じゃ心配だよ。粘着してくる人の件もあるし……」


 にやつきながらもどこか不安げに瞳を伏せる日向を見て、胸が痛むのを感じた。

 嘘というのは、こういう時に強い罪悪感が湧いてくるのだから厄介だ。


「大丈夫だ。やばそうだったらすぐやめるから」

「本当? 約束してくれる?」

「ああ、約束する」

「そっか。ならよし!」


 安心したように笑う日向の顔を見て、こちらも自然と頬が緩む。


「それと、俺以外にこういうことするなよ」

「なんで?」

「また勘違いする奴が出てくるだろ」

「え〜? いないと思うけどなぁ〜」


 首を傾げる日向の姿にため息を漏らす。

 昔からこいつは鈍感なのだ。

 自分がどれほど男子たちの視線を集めているか知らないのだろう。

 俺が何度、そいつらに睨まれたかも知らないくせに。

 まあ、確かに日向はめちゃくちゃ可愛くて、優しくて、頭が良くて、運動もできるし、とてもいい子だ。

 だから、特に取り柄もないのに、そんな彼女と仲良くしている俺を睨みたく気持ちはわかるのだが……。

 俺としては日向に恋愛感情を抱いているわけではないので、妬まれるのは勘弁してほしいところだ。


「どうかした?」


 それに、真実を知った男子達のことを思うと可哀想でもある。

 これ以上、その悪魔的魅力で罪なき男たちをたぶらかすのはやめてあげて欲しい。

 本当に可哀想だから。


「やっぱ、女の子にしか見えないよなぁ……」


 日向にアレが生えていることを知った男子達の絶望に満ちた表情を思い出す。

 あれは間違いなくトラウマものだ。

 今後一生、まともな恋愛なんてできなくなるに違いない。南無三……。


「それは褒めてるの?」

「もちろん。今日も日向は世界一可愛いってことだ」

「えへへへ。もうっ、唯人は口が上手いんだからぁ」


 嬉しそうに体をくねらせる日向を横目に、俺は窓の外へと視線をやる。

 一体いつから日向は女になったんだったか……。

 少なくとも幼稚園の頃は男だったはずなんだが、気付いたら俺の隣には美少女がいた。

 最初は戸惑ったものの、今となっては慣れたもので、むしろ今の日向の方が落ち着くまである。

 うちの高校はかなり寛容な校風なので、男子が女子用の制服着てようが何も言われない。

 だからというかなんというか、日向は入学してからずっと女子の格好をしているのである。

 体育がある日は体操着を中に着てきて、プールの授業は見学、トイレは個室で俺という監視役がいる時しか行かないという徹底ぶりなのだから、もはや勘違いするなという方が無理な話だ。

 しかも、最近はさらに磨きがかかっており、仕草一つ取ってみても完全に女性のものになっていたりするわけで……。

 今だってほら、机に頬杖をついて物憂げな表情を浮かべているだけなのに、なんだか妙に色っぽいのだ。

 これが俗言う、男の娘というやつなのだろうか。恐ろしい……。


「ホームルーム始めるぞー。全員席につけ」

「あ、先生来ちゃった。じゃあね唯人。またあとで!」

「おう」


 手を振りながら去っていく日向。

 俺も小さく振り返すと、先生の方に向き直った。


「今日はみんなに転校生を紹介する」


 担任の言葉を受けて、クラス全体がざわつき出す。

 無理もないだろう。漫画やアニメの中ならいざ知らず、現実では転校生なんて滅多にお目にかかれるものではない。

 かくいう俺も少し興奮していた。


「入りなさい」


 扉が開き、その子が現れるまでは……。

 瞬間、教室内が静まり返るのがわかった。

 まるで時間が止まったかのような錯覚に陥る中、その少女だけが動き出す。

 そして教壇の上に立ったかと思うと、ペコリと頭を下げたのだった。


「初めまして。胡狼彩音ころうあやねです」


 鈴の音のような可愛らしい声。腰まで伸びるふんわりとした髪の毛。新雪のように白い肌。

 長い睫毛まつげに覆われた瞳は、見る者全てを魅了するかの如く煌めいており、桜色の唇が艶めかしい。

 顔だけ取っても十分すぎるほどの美少女だというのに、彼女はそれに加えてスタイルまでも抜群であった。

 モデル体型とでも言うのだろうか。

 豊満な胸にきゅっとくびれたウエスト。

 そこから続くお尻にかけて緩やかな曲線を描いている様は、まさに芸術品。

 そして、ニーソからはみ出るほどのムチムチな太ももには見覚えがあって……。

 間違いない。今朝会ったストーカー(?)の少女だ。

 なぜここに……? まさか同じクラスだったとは……。


「この学校には、とある人にに来ました……」


 瞬間、彼女の視線が俺を捉える。

 その視線はまるで獲物を狙う肉食獣の如き鋭さがあり、俺は本能的な恐怖を覚えた。


「これからどうかよろしくお願いしますね♡」

「「「「「うぇーい!よろしくぅ!!」」」」」


 クラス中が歓喜に沸く中、俺だけは時間が止まったまま動けないでいた……。

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