絵画にしたら美術の教科書に載れそう
あれから長い時が経った。
高校時代の奇妙な体験は埃をかぶり、たまにふと意識が過去をかすめたときに、「あぁそんなこともあったな」と想起するばかりだ。
学校を卒業したと同時にあの美少女系化け物——あるいは化け物系美少女——たちとの関係は希薄になり、またそれ以降おかしな存在を視認することもなくなっていたので、もしかすると俺の目は正常になったのかもしれない。
やっと普通のラブコメができる。
そう喜んでいた大学生活も、間もなく終わりを告げる。
もちろん悲しみはある。四年間も通っていた大学だ。何かいい感じの学校に合格できたし、美人でかつ可愛い彼女もできた。何か三人くらい。多分。
ゆえに大学生活が——モラトリアムが終わってしまうことには、言いようもない悲しみが付随していた。彼女的なあれにプレゼントしてもらった日めくりカレンダーを捲るたびに、指先が重くなる。
けれども未来は希望に満ち溢れていた。
何かいい感じの企業に採用されたし、何だったら自分で起業しちゃうし。
年収百億。食事は毎食三百六十五日焼肉。いやそれは飽きそうだな……。
とにかく俺の眼前には希望しかないのだ。
過去に置いてきた化け物たちのことは忘れて。
普通で理想的な夢に飛び込もう。
アイキャンフライ。
スリー。
トゥー。
ワン。
「どうしたんですか、化野さん。目の焦点が合っていませんよ」
「俺の年収百億はどこへ……?」
「夢のまた夢の中とかじゃないですかね」
——まぁ、きらきらと希望に満ち溢れた未来に飛び込めるはずもなく。じっとりとした空気は相変わらず俺の腕に纏わりついてきて、化け物が相対する地獄のような光景も、また変わらなかった。
須佐美さんと菜々花が遭遇してしまった際、とてつもなく嫌な予感がしたので、自分は全力で逃走を図ったのだが。
普通に捕まり——拘束的な意味というよりもキャッチに捕まった純朴な少年のように——、現在は学校近くのファストフード店の中である。
塵と肉塊が並列しているというのは実質的な「誕生」と「葬儀」とが並んでいるようで、芸術とかそこら辺の知識があれば、もしかすると感動的な光景だったのかもしれない。万分の一くらいの確率で。
当然のように俺には芸術の鑑識がないので、目の前のこれには「いやぁこれは駄目ですね。焼却処分です」くらいの感想しか出てこない。
「曜くん眠いん?」
「まぁ眠たくはなるかな」
永眠的な意味でだが。
大和撫子効果なのか、それとも塵であるのが関係しているのか知らないが、須佐美さんは楚々とした雰囲気を保ちながら机に肘をついている。
こてんと見た目だけは可愛らしく首を傾げ、心配そうな口ぶり。
「ちゃんと寝た方がええで」
「生きて帰ったら十時間くらい寝るよ」
「戦地に赴く予定でもあるん?」
「そうならないことを願っている」
「アメリカの映画でありそうやなぁ」
アメリカの映画だったら百パーセント戦いが発生するじゃないか。
なぜか知らないが、化け物が集まると碌なことにならないのだ。
なぜか俺が酷い目に遭う。可哀そう。雛とか流したらまともな生活が送れるようになるかな。
いつからか紙製になったストロー。
それは自分の心の状態を表しているかのように、しなしなと頼りなくなった。
「化野さんが女の子を弄ぶなんてそんなことするはずないですよね。いやぁ、私どうかしてました。動転しちゃって酷い勘違いを」
「うちも言い方悪かったさかい。曜くん、かんにんえ」
「奢ってもらって怒りを抱くというのもね」
俺は肩を竦めつつ、若干の申し訳なさを表明した。
手に持っているこれは彼女らに奢ってもらったもの。
男が女に奢るべき、などの思想は持ち合わせていないが、かといって同級生の女子に奢ってもらうのは少し。
「勘違いしていたお詫びです」とか言われてしまえば断り切れなかったが、十全に味を楽しむことができるはずもなく。まるで
彼女らは存外相性がよかったのか、すっかり意気投合していた。
互いに「菜々花ちゃん」「陽子ちゃん」と呼び合っている。
距離の詰め方がトンビの域。
今も楽しそうにお喋りをしていて、俺は空気と化して逃げられないだろうかと考えていた。
ダダダダダダダダダダ……。
「化野さんどこへ行くんですか?」
「あの演出で外れかぁ」
「どの演出ですか?」
激アツだと思ったんだが。
そっと引いた椅子をそっと元の位置に戻して、俺はため息をついた。
「君たち仲いいね」
「相性でもよかったんですかね」
「話が合うんやんなぁ」
そりゃ肉塊と塵である。生前と火葬のあとみたいな。おそらく相性占いとかをしたら前世からの因縁でもついて来るだろう。バーナム効果とかが一切関係ない、純度百パーセントの相性のよさ。
やはりここは新しいお友達同士で話をしてもらって、もはや昔の男となった俺は寂しく帰宅したいところ。
さりげなく腕時計を親の仇のごとく連打して、さも定時ですみたいな顔をして立ち上がった。声はかけられない。あまりの自然さに彼女らも気が付かなかったようだ。自分の演技力が怖い。
「じゃあ全員食べ終わりましたし」
「ちょい混んできたしなぁ」
全然関係なかった。
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