可愛らしく「がんばれ」なんて言われると思ったか?
ぴこん。
俺が自室で読書をしていると、机の上に置いておいたスマホが鳴った。
ちょうど集中も切れていたところだ。重たい腰を上げて立つ。
さて一体誰からの連絡だろうと画面をのぞき込んだ。悲しいことに選択肢に上がるのは化け物だけだが。そこには『草壁菜々花』の文字。
何やらメッセージと写真が送られている。
トークアプリを開いて確認してみた。
『アイスを一緒に食べてる図ですよ!』
『仲良しですね!』
との文言に、一枚の画像が添えられている。
多分数時間前のツーショットだろう。
肉塊と同じ画角に入るなんて屈辱的だなぁ、とぼんやりと考えていたら、頭の隅では予想していた事態が。
「ふむ……」
そこにいたのは美少女だった。
紛うことなき。
間違っても肉塊ではない。
綺麗な金髪。雪花との血の繋がりを感じさせる。俺も忘れていたが彼女は外国の血が混じっているらしい。ハーフだったかクォーターだったか。形質のことを考えれば金髪になる確率はかなり低いと思うのだが、実際にこうして金髪である以上、潜性形質(あるいは劣性形質)が勝ったのであろう。潜性形質が勝るってなんだよ。
ぎしりと椅子を軋ませながら天井を見上げる。
細く吐き出した息には落胆というか、羨望のようなものが込められていた。
なぜ自分の視界には美少女として映らないのかと、何度も何度も思考した疑問ゆえに。
「まぁいいか」
俺は一般的な男子高校生である。
一般的であるからして容姿の整った異性との接触には慣れていない。
ということは草壁菜々花(よそ行きの姿)と関わろうものならば、みっともなく慌てふためく可能性が無きにしも非ず。ないだろうけど。
今更肉塊相手に動揺することなど屈辱極まれり、という感じ。
特段不都合も発生していないし……いやまぁ嫌だけれども。
嫌だけれども、相手が肉塊であることによって根本的な問題が起きたことはない。
だから別にいいか。飲み込もう。俺は器の大きい紳士なんだ。
しばらく菜々花に何と返信しようか考えて、結局、俺は適当なスタンプを送ったのであった。
◇
「みーつけた」
「まーだだよ」
「試合のゴングはすでに鳴らされてるんやで」
「まず俺が試合に参加してないってところから議論しない?」
「視聴者参加型やさかい」
「理不尽な企画するのはやめよう」
廊下を歩いていたら化け物に捕まった。その化け物は可愛い声をしている。制服を優美に揺らして、袖口から塵を見せるその姿。遅まきながら応援部に入部した
か弱く摘まれたカフス。
振りほどけば動けるが、そこまでして動くほど、しなければならないことがあるわけではない。
「どうしたの」
「理由がなかったら話しかけたらあかんの?」
「返し方わからないランキング一位の言葉は禁止で」
「曜くんを見かけたさかい」
からころと、須佐美さんは口元を手で隠して笑った。
塵における声帯はどこに位置しているのだろうか。
人間と同じ場所だろうか。という疑問が生じる。
発言することはないが。
「ところで」
「ん」
「
「どういうこと?」
彼女は得意げに胸を張る。
「ここ――つまり応援部室前」
「偶然だよ」
「うちの活躍を見に来たってことやん」
「偶然だよ」
「まったく恥ずかしがり屋やな」
きっと世界の紛争というのは、こうした相互理解の不十分によって生まれるのだろう。須佐美さんは「おおきに」などと言って部室に連れ込もうとする。結構な力で抵抗してみた。化け物とは言え女子。二人の間には絶対的な筋力の差が存在する。
「……曜くん」
「何」
「潔う諦めたほうがかっこええわぁ」
ぐぐぐ。
彼女の声は真っ直ぐであった。
綱を使わないタイプの綱引きさえやっていなければ、もしかすると、明日空から槍が降ってくるくらいの確率で、俺は従っていたかもしれない。
「ネバーギブアップを信条にしてるから」
「こないに可愛い女の子がお願いしとるのに?」
「可愛い女の子は無理矢理暗がりに人を連れ込もうとしないんだよ」
「部室は電気ついてんで」
「そういうことじゃないんだなぁ」
思い切りため息をついた。それこそ塵を吹き飛ばしてしまうほどに。残念なことに塵の代表例である須佐美さんは健在だが。いつまでも
「じゃあお邪魔する」
「一名様ご来店でーす!」
「応援部室って飲食店だったの?」
「気分やわぁ」
「難儀な性分してるね」
何だか疲れてしまって棒のようになった足を、須佐美さんは腕を引っ張ることで地から離す。ホラー映画でたまに見る、人形の腕だけを持ってそれを引きずる少女のように。すごく退廃的である。
扉の上に威圧的に設置された「応援部」の文字。よく目を凝らすと応の字が應だった。應援団。強そう。
そんな小学生みたいな感想を抱きつつ入場したそこは、意外なことに比較的整理された部室であり――嘆き悲しむべきことに、この学校の文化部の部室は押し並べて非常に汚い。下手をすると産業廃棄物が不法投棄されているんじゃないかと思うレベルに――、むさ苦しい空間が広がってると思っていた俺は拍子抜けした。
「ふふふ、狭苦しいところどす。かんにんえ」
須佐美さんは鈴を転がしたというよりも、下駄を鳴らすように喉を震わせると、振り返って胸を張る。
「これから練習があるんや。見ていってくれやっしゃ?」
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