I screamed "You're a piece of meat!" and cried.

 暑さの立ち込めるベンチに、清涼感のあるアイスが現れた。ショッピングモールの二階。ちょっとした広場にて。人気のアイス屋の前のベンチである。日陰を作るためだろう、樹齢十年はいっていない木が立っている。



「ほわぁ」

「いただきます」

「もう少し楽しみましょうよ」



 気温的にも放置しておくとよくない。

 なので即座に口に放り込もうとしたら、菜々花から苦言。



「何を?」

「匂いとか、冷気とか」

「それ冷蔵庫で代用できない?」

「代用しないものなんです」



 代用しないものらしい。 

 俺はわずかに首を傾げながらも、彼女の言葉に従って、しげしげとアイスを眺めてみることにした。

 さてこれをどう楽しめというのか。



 アイスを楽しむという発想に至ったことがなかったので、現代アート的な使い方しか思いつかない。ざらざらとした感触のワッフルコーンを観察してみる。球状に乗せられたアイスが少し溶け出していた。調子に乗って三つとか買わなければよかったかもしれない。



「あちゃあ、化野さん」

「ん」

「〝わかってない〟ですね」

「何を?」



 本当にわからなかった。

 思い切り眉をひそめる。

 得意げな雰囲気を醸し出している肉塊は続けて、



「こういうのはですね、一つか二つにしておくのです」

「なんで」

「食べ切るよりも前に溶けてしまうからです」

「普通の理由だった」



 化け物だから「アイスが三つになることによって地獄の扉が開かれ、それを敏感に察知した陰陽師が私を祓いに来てしまうからです」とか言うのかと思った。嘘だけど。ちょっぴりしか思ってない。



「ふふふ、記念ですね」

「…………」

「せっかくなので写真を撮りましょう」

「じゃあ俺が撮ってあげるよ」

「二人でお出かけして写真を撮ることになって、まさか一人寂しく撮ることを言外に勧められるとは思いませんでした」



 だって化け物なのである。もはや慣れてしまって手を繋いだりしても特に動じなくなってきたが、それでも化け物なのである。可能なら近づきたくないし視界に入れたくない。SAN値が削られてしまう。行き着く先は発狂。



「実は幼い頃に写真をたくさん撮ってね」

「はい」

「魂の残機がなくなったから写りたくないんだ」

「はるか古の考え方ですね」

「昔を尊ぶ系男子だからさ」

「そろそろ文明開化しません?」



 別に子供の頃に写真を撮った記憶はないが――というか小さい頃の記憶があまりないが――、肉塊と写真に写らないためならば嘘もつこう。断腸の思い。

 しかし彼女の妹である雪花が、ゾンビであるのに美少女のようになっていたことを考えると、姉である菜々花も美少女になるのかもしれない。



「溶けちゃいますから」と急かされた俺はしぶしぶ彼女の横に立って、なぜか距離を詰められて写真を撮った。理由を聞いてみたら「ほら、あれです。画角とかです。多分」との返答を頂いた。画角なら仕方がない。



 やっと菜々花からアイスを食べる許可を頂いたので、並んでベンチに座る。

 それに顔を近づけるとひんやり・・・・とした空気。

 暑さが逃げ去っていくようだ、と口を開いて。



 ぽた。



「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……ねぇ」

「だいぶやわこく・・・・なってますね」



 ワッフルコーンから垂れる雫。

 それはかぐわしい香りを立てていた。

 まるで乳のような匂い。

 


 つまりアイスが溶け始めていた。



「ここからは速度が重要になってきます」

「さっきの『アイスは一つか二つがいい』って話はどうしたの」

「長話をし過ぎました。これからは気をつけましょうね」



 菜々花はこちらと目を合わせないようにするためか、真剣そうな表情を作っているのだろうと推定される横顔を、ひいては視線をアイスに注いでいる。他のものには目もくれない。猪突猛進。だから汗が流れているのは錯覚かもしれない。罪悪感が固まって構成されているような汗は。



 黙々とアイスを食べ進める。

 三つの味はすべてバラバラだから、全部が混じり合ってよく理解できない味になっていた。宇治抹茶チョコミントマスクメロン&マンゴー金時というところだろうか。控えめな表現をすると美味しくない。味同士が喧嘩している。



 けれども決して食べられないほどではないので、俺は一意専心して貪っていく。頭が痛い。頭痛で頭が痛い。反骨心を存分に出してきた氷菓が、食べられまいと最後の足掻きを見せる。おかげで額にじんじんとした痛み。



「……痛いです」

「やっぱりアイスは落ち着いて食べるものだね」

「あと勿体ないです」

「まさか二分もしないで完食されるとは思ってなかっただろう」



 アイスサイドも。

 ワッフルコーンを包んでいた紙のみとなったそれを見て、ぽつりと呟いた。

 何だか物悲しい。諸行無常。

 


 上手く形容できない空気が俺と菜々花の二人の間に流れて、間もなく日が暮れるのにもかかわらず未だ暑い湿度に、清涼感の溢れる風が吹き抜けていく。まるで氷菓の遺物のような。二人で向き合って――彼女は肉塊であるからして双眸などの設備は存在しないが――、どちらともなしに笑い声が溢れ始めた。



「本当に、これからは気をつけましょうね」

「うん。もう二度と菜々花と写真は撮らないようにしよう」

「そういうことじゃなくないですか? 泣きますよ」

「ごめん」



 思わず胸の中で渦を巻いていた言葉を吐いてしまった。

 失敬失敬。視界に肉塊が居たものだから。

 もしかしてこれ自分悪くない感じ? 肉塊サイドにも問題があるよね。

 親近感の抱きやすい肉塊になってほしい。



 俺は拗ねたように背中を見せてくる菜々花に頭を下げながら、ただの紙となったワッフルコーンスリーブをポケットに突っ込んで、日が落ちていく帰路についたのであった。

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