肉塊を愛すのは難しい、アイスだけに
「最近暑いですよね」
「うん」
「アイスとか食べたいじゃないですか」
「わかる」
「じゃあ放課後一緒に行きましょうね」
「論理の飛躍」
窓の外からじりじりとした日差しが差し込んできて、弱い冷房が効いているはずの教室でも、窓際の席に座っている俺の額には汗が滲んでいた。流石に肉塊と言えども生物の範疇にいるのか、菜々花も同様に。ちなみに彼女の場合は汗というか血みたいな何かである。
そんな菜々花は授業が終わってホッとした空気が流れる中、ちょっとした雑談をしかけてきたと思ったら奇襲を仕掛けてきた。一緒に出かけるという。アンブッシュ。
「女の子は甘いものが好きじゃないですか」
「決めつけに等しいものを感じるが、まぁ」
「そうなると私も好きじゃないですか」
「………………ごめん、『女の子』って辞書で引いていい?」
「私が常に清く正しく優しいと思わないことですね!」
肉塊の攻撃。
百の精神的ダメージ。
俺は死んだ。
ふわりと振るわれた肉肉しい触手によって叩かれた肩。べちょりと趣深い音が響いて、揮発性の高い謎の粘液が付着する。最近は制服じゃなくてワイシャツで過ごしているので、防御力が下がっているのだ。そこに肉塊の攻撃が入ってしまえば。
「化野さんはデリカシーを学んだほうがいいですよ」
「リテラシーはあるんだけどね」
化け物との関わり方という。
一生知りたくなかった。
「私が女の子じゃないって、酷くないですか? 何処からどう見ても女の子じゃないですか」
「まぁ元はそうかもね」
「元ってなんですか」
元は元である。
肉塊の原材料。
スーパーで発泡トレーに貼ってある、「〜産」とか書いてあるところに記載されているような。
『外国産 人間少女肉 草壁菜々花
個体識別番号292929
消費期限 29.2.9 100グラムあたり834円』
みたいな。
最悪である。
「何だか物凄く失礼なことを考えられた気がします」
「気のせい気のせい」
「本当ですか?」
「本当本当。化野君嘘つかない」
「怪しいんですけど……」
じー、と。
彼女は自分で口に出しながら半眼を――相変わらずの肉塊だから眼球とかは付いていない系の女子高生なのだが――向けてくる。
俺は真面目な顔を作りながら、大して上手くもない口笛を吹いた。
ぴすー。
◇
以前からの疑問なのだが、女子高生というか女性の方はどうして行列が好きなのだろうか。そこら辺にある行列の八割位がほとんど女性によって占められている気がする。残りの二割は脂っこい食べ物を食べるために並んでいる男性達。ラーメンとか。
放課後になって菜々花に連れられた店。
そこには行列ができていた。
明らかに数分では済まない。
「じゃあ定時なんで上がります」
「サービス残業は社会の基本ですよ」
「なんてブラックなことを」
この暑い中、何分も並びたくなかった俺は適当なことを言って逃げようとした。菜々花に捕まった。ぬちょりと温かい肉の触手が自分の手首を掴む。
「まぁまぁ、並ぶのも
「だいぶゴミ?」
「醍醐味、です。さぁ行きましょう」
彼女はこちらを強引に引きずると、(おそらく)眩しい笑顔を放った。肉の塊の皺が柔らかく歪む。
特段感想もないので、俺はため息をついた。
「せめて腕は離してくれないかね」
「離したら逃げちゃうかもしれないですので」
「そんな懐いてない野良猫じゃないんだから」
「でも化野さん懐いてくれないじゃないですか」
まぁ安い男じゃないからね、と首を振ってみせる。
本音は彼女が化け物だからである。
誰が好き好んで化け物と関わろうというのか。
もしも立ち位置を代わりたい人間がいたら立候補してほしい。
ふん縛ってでも引きずり出してやる。
まるで初々しい彼氏彼女を眺めるような視線を貰いながら、俺達は十数人が並ぶ行列の最後尾に移動した。先程のやり取りからも推測できるが手は繋いだままである。別に菜々花が肉塊であるとかは一切関係なく、気温と体温的に汗がすごい。じっとりと暑い。風邪でも引いているのでは、と錯覚するほどに。
「ねぇ」
「はい」
「風邪とか引いてる?」
「いいえ?」
「そう」
多分滅茶苦茶性格が悪いであろう神様の采配で、前に雪花と手を繋いだことがある。そのときはひんやりとしていて「私冷え性なのよね」とか「女の子は皆、手が冷たいのよ。優しい証拠ね」とか聞いていたのだが、これによって怪しくなってきた。
彼女の場合は死んでいるがゆえの冷たさなのではないだろうか――つまり死冷――と予想。ついでに優しくない。本人に伝えたら殺されるだろうけど。
「化野さん」
「ん」
「私って勘が鋭いことに定評があるじゃないですか」
「初めて聞いたが」
「今、女の子のこと考えてましたね?」
「ハズレ」
おそらくドヤ顔を晒しているであろう菜々花に短い否定の言葉を返した。おや、そうですかと彼女はしょぼん。鳥辺野村の名探偵の名前は返上ですね、など訳のわからないことを言っている。
間違いなく漢字は「名探偵」ではなく「迷探偵」であろう。それと探偵側というよりは犯人側である。見た目的に。
しかし現代最強の紳士と名高い俺は、決してそんなことを考えていたと顔に出さないのだ。
ひたすらに
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