ギリギリキャンセルセーフ

 照りつく太陽。

 ギラつくアスファルト。

 涼しい自室。

 つまり休日である。

 ビバ休み。



 七月になって活動を活発化させた太陽に「もう少し休んでもらっても構いませんよ」と念話を送りつつ、俺は若干冷房を効かせた部屋でゴロゴロと転がっていた。アウトドア派の人間が見たら発狂しそうな光景。インドア派を主張すれば引きこもることが許されるわけではないが、近年の風潮的にギリギリ許容される範囲だろう。



「朝だよお兄ちゃん!」

「昼だよ」

「だって暑いから……」

「また訳のわからないことを言うね」



 そんなことをしていると自室に闖入者が。

 今日もんでいる系の妹である。

 実質ヤンデレ。



 彼女は開け放った扉に「電気代が勿体ないね」といそいそ閉めつつ、不定形の体を震わせた。真っ黒な触手が縦横無尽に暴れ回る。まるで不満を代弁するように。しかし触手の持ち主も不満を言い始めた。



「暇だよ」

「そう」

「あー! そうやってスマホ弄るんだ!」

「現代の若者だからね」

「『現代の若者』は無礼なことが許される万能の言葉じゃないよ」



 あまり外出を好まない――好まないのか何か意図があって外出を避けているのか――ために家にほとんど居る彼女であるが、流石に最近の引きこもり生活に不満が出てきたようだ。生まれてこの方ずっと家にいたことを考えれば誤差のような期間であるが、一度学校に行ってしまったために外出の快楽を知ってしまったのだろう。度々お出かけをねだってくるようになったのだ。

 


「お外に行こうよ」

「涼しくなったらね」

「冬になっちゃうよ」

「勘弁してね」

「あっ本音!」



 とろけるプリンのようにとろけている脳を使って会話をしていたものだから、心の奥底で思っていたことを口に出してしまった。

 鬼の首でも取ったかのように触手を「ぴーんっ!」と伸ばすと、妹はずかずかと歩み寄ってきて、



「お願いっ、おにーちゃん♡」

「帰れ」

「ここが家だよ」

「そりゃそうだ」



 あまりにパープリンだった。

 俺は寝転んでいた体を起こし、スマホの画面を暗くする。

 適当にそれを放りだして立ち上がった。



 うにょうにょと絡んでくる妹の触手を引き剥がすと、ため息をつきながら寝間着に手をかけ、彼女に半眼を向ける。



「……着替えようとしてるんだけど。ストリップショーをする趣味はない」

「今日の私は頑固だよ。首を縦に振るまで動きません」

「じゃあいいや。遊園地にでも行こうかと思ってたけどやめた」

「早くしてね。準備してるから」

「電光石火、疾風迅雷の動き」



 霧が風に吹かれて散り散りとなるように、妹は刹那にして姿を消した。探してみると扉の向こうから覗き込んでいる。「待ってるよ」との念の押しようもすごい。考えを改めて「化け物と外出するよりインターネットで英雄になる方が有意義だ」と転がったら殺されそう。謎のばけものぱわーで。



 完全に彼女が扉の向こうに影を消したので服を脱ぐ。

 コンビニに行くとかなら考える必要はないが、遊園地に行くとなると流石に。

 開園サービスとやらで安くなっているらしいから人は多いだろう。そこに小学生みたいな格好をした高校生が行ったら?

 袋叩きの上、石を投げられる。後に残るはボロ雑巾と化した俺である。



 雪花に選んでもらった服に袖を通しつつ、「そういえば雪花にも遊園地に誘われていたな」と思い出した。

 まぁそれが頭の片隅に残っていたからこその遊園地という目的地だが。

 ゾンビと遊園地に行こうものならパニック系ホラー的な展開が始まってしまいそうなので、何だかんだのらりくらり・・・・・・とかわしてきたのだけれども。



 きちんとした服装が一つしかないのはどうなんだ、と思わないこともないが、他の人に言わせれば俺のセンスは壊滅的らしいから、自分で選ぼうものなら見るも無惨な格好が生まれてしまうだろう。それこそ趣味の悪いハロウィンみたいな。仮装みたいな私服。火葬されてしまえ。



 慎重に階段を降りつつリビングの扉を開けると、そこには楽しそうに麦茶を啜っている妹がいた。

 優しくコップを机に置くと彼女は立ち上がる。



「〝待〟ってたよ! この〝瞬間とき〟をね!」

「そう」

「ずいぶんと冷静だね」

「熱い気持ちになるよりも前に、暑い外に行くことを考えたら萎えちゃって」

「萎びた風船みたいな顔やめてよ」



 だって外出たら多分溶けるし……。



 自分自身が新種の化け物になってしまうことを憂えば、今日は外出しないほうが賢明なのではないだろうか。気持ちとしては行きたいこと山々なのだが、非常に残念なことに時機が悪いし……あと何か方角が悪い気がする。方違かたたがえしなくちゃ。



「そんなの迷信だよ」

「なんてことを」

「だから遊園地へゴー!」



 迷信の塊みたいな存在である妹が吠えた。

 強引に腕を掴まれる。

 適当に靴を引っ掛けて、さぁ絶望の暑空の下へ――。



 ざあざあ。



 ざあざあ。



 ざああああああああああ。



 ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!



「あああああああああああああああああ!!!!」

「近所迷惑だよ」

「この天気は私に迷惑だよ!」

「そんなこと言われても」



 玄関の扉を開けた途端、先程まで晴れていたはずの空から大粒の雨が降り出してきた。別に今は梅雨明けをしているわけでもないし、特段おかしいことではない。しかし今から出かけようというときに、これほど強い雨が降るとは。



 すでに外に出ている状態で天気が崩れるのならともかく、崩れている状態から出かけようとは思わない。流石に妹もそうだったようで。



「…………うぅ、今日はお家でのんびりしよう」

「それがいいよ、うん」

「なんで嬉しそうなの?」

「超悲しい。ぴえん」



 優しく殴られた。

 彼女曰く、「もっと女の子のこと考えて」らしい。

 女の子になったら考えてもいいが。

 もっと俺のこと考えて。

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