第60話☆ ゆうかい

 一体どうして彼らがこんな人気のない場所にいるのでしょう?


 それにこの野犬は彼らのペットなのでしょうか……。

 ですが、野犬は魔法が解けて我に返ったように耳を立てると、すぐさまわたしの横を駆け抜けてどこかに走り去っていきました。


「あの……、そのステッキ、わたしの物なんです。さっきの犬が咥えて持って行っちゃって困っていて……、取り返してくれてありがとうございました。だから、その……返してもらえますか?」


 彼らと距離を取ったままわたしが告げると、カインさんはヘラヘラした顔で肩をすくめました。


「おいおい、久しぶりに会ったって言うのに挨拶もなしかよ、ツレねぇな。せっかくの機会なんだから世間話でもしようぜ」


「けっこうです。急いでいるので早く返してください」


 取り付く島もないわたしにカインさんはピュウと口笛を鳴らします。


「さすが人気急上昇中のイノリ様は、俺たちと違ってお忙しいようだ」


 嫌味ったらしくそんなことを言うので、さすがのわたしもイラッとしてしまいます。


「いったい、なんなんですか……」


「いやぁ、こんなに上手くいくとは思ってなかったつーかよ。なあ、スヴァン、まさか弓使いのお前にこんな特技があったとは知らなかったぜ。ここまで獣を自由に使役することができるなら獣使いへの転向を勧めるぞ」


「冗談キツいな、俺は動物が好きなんだ。今回は仕方なくテイムしたが、自分の代わりに戦わせているヤツを見ると反吐が出る」


 そう言ってスヴァンさんは溜め息を付きます。


 テイム? じゃあさっきの野犬は操られていた……。


 ふたりの会話から、わたしは自分が罠に嵌められたことを悟りました。


 この場所に誘い込まれたのであれば、良い予感はしません。彼らの目的がわたしへの意趣返しだとしたら、この状況は最悪です。


「なんの用ですか……、早くわたしのステッキ返してください」


 わたしが身構えると、勝ち誇ったようにカインさんがほくそ笑みました。


「くくっ、どうやら本当のようだな」


「?」


「情報屋の情報通りだぜ、この杖がなければ魔術が使える状態なれないって話はよぉ」


「うっ……」


 魔法のステッキをこれ見よがしに突き出してきたカインさんは隙だらけに見えます。しかし腐ってもB級冒険者、迂闊に飛び出せば攻撃を受けてしまいます。なにより向こうはふたり、わたしの武器はロランさんからもらった護身用の短剣だけ、彼らには勝てません。


 声を上げて助けを呼ぶほかありません。

 こんな人気のない場所で叫んでも大通りまで声が届くか分かりませんが、やるしかない――。


 わたしがすっと息を吸い込んだそのときでした。


「イノリ!」


 わたしの名前を呼ぶ声に思わず吸い込んだ息を吐き出してしまいます。


「あん? なんだこいつは?」


 カインさんたちの視線がわたしの背後に移動します。


 振り返ると息を切らせたシャーリーが走ってくる姿が見えました。迂闊でした。シャーリーはわたしを追いかけてきてしまったのです。


「シャーリー!?」


 後ずさりしながらシャーリーに向かって「来ちゃダメ、早く逃げて!」と声を上げますが、シャーリーは顔をキョトンとさせてその場で立ち止まってしまいました。


「くっ!」


 わたしは踵を返して走り出します。優先すべきは王女の身の安全、シャーリーを連れて一端退くしかありません。


「逃げられると思っているのかよ!」


 言うよりも早くカインさんは一瞬でわたしを追い抜きました。回り込まれたわたしは腕を掴まれてしまいます。シャーリーもスヴァンさんに逃げ道を塞がれて捕まってしまいました。


「無礼者! この手を離しなさい!」シャーリーが声を上げます。


「なんだこいつ? どこぞの貴族の娘か? カイン、この女はどうする?」


「どうでもいい! 見られたからにはやるしかねぇ、早くこいつらを眠らせるぞ!」


 わたしは口許に布を押し付けられ、甘い香りを嗅いだ途端に意識が遠のいていきました。


「シャーリー……」

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