第61話◆ きょうはく
「はい、お疲れ様でした。今回の報酬は口座振込になっていますので、しばらくお待ちください」
「ああ、分かった。またよろしく頼む」
マチルダ嬢のサインが入った依頼完了報告書をティナに提出して、ギルド会館を後にしようと踵を返したそのときだった。
「ロラン殿!」
慌てた様子で駆け込んできたのは、艶やかなドレスに身を包んだマチルダ嬢だ。
静まり返ると同時にギルド会館にいる冒険者の視線が一気に彼女に集まる。見眼麗しい令嬢の登場に誰かがピューと口笛を吹いた。
「マチルダ嬢?」
今朝方、観光中止の連絡を受けたばかりなのに、剣武杖祭の式典に出席しているはずの彼女が、なぜこんなところにいるのだろうか。
「どうしたんだ、そんなに血相を掻いて?」
グッと堪えるように息を呑み込んだ彼女は、自らを落ち着かせようと胸に手を当てて俺を見据える。
「理由は後ほど話します、今から時間を頂きますか?」
「あ? ああ、たいした予定はないから構わないが……。とりあえず水を飲んで落ち着いたらどうだ?」
「心遣い感謝します。しかし結構です。事態は急を要します」
マチルダの真剣な眼差しにオレはこくりと頷き、彼女と一緒にギルドを出ると会館の前に豪奢な貴族用の馬車が停まっていた。
貴族令嬢を待ち構えていた御者が颯爽と馬車の扉を開ける。
「乗ってください」
有無を言う前にマチルダが馬車に乗り込み、続いて俺も乗り込む。御者がドアを閉めると同時に「なにがあった?」と彼女に訊ねる。
「王女がいなくなったのです」
「なんだって? いつだ?」
「決勝が始まる少し前です。来賓席に向かっている最中に姿が見えなくなり、そのまま行方が分からなくなりました。私が用意したローブも一緒になくなっていたため、一人で街に出たのだと思われます」
「王女が行く場所に心当たりは?」
「おそらくイノリ殿に会いに出たのだと思います。ロラン殿、イノリ殿が今どこにいるかご存知でしすか?」
「イノリならマーケットで買い物してから帰るって行っていた。そこまで広くないからシャーリーと上手く鉢合わせしているかもしれない」
「マーケットなら馬車で向かうより走った方が早いですね」
立ち上がろうとするマチルダを俺は手で制す。
「おいおい、その格好で走る気かよ?」
「そのようなことを言っている場合ではありません。王女にもしものことがあれば私は……」
「気持ちは分かるが、貴族の令嬢がドレス姿で街を走れば何か事件が起こったのだと勘付く者がいるはずだ。この街の情報屋の連中を舐めない方がいい。ヴォーディアット家と繋がる者となれば、それこそ王女の存在を仄めかすことになって、返ってシャーリーに危険が及ぶ。それは上手くないだろ。俺が走って先に向かうからマチルダは馬車で大通りからシャーリーを探すんだ」
「……分かりました」
「マーケットの入り口で落ち合おう」
そう言って馬車の扉を開けた。俺が外に出たタイミングで、「あ、ロランさん、ちょうど良かった」とポストマンのフランクが声を掛けてきた。
「ロランさんに速達郵便です」
「俺に?」
手渡されたのは溶かした蝋で封された折りたたまれた便箋、差出人は書いてない。
「いやあ、自宅に配達する手間が省けました。それでは失礼します」
「ああ、ありがとう」
「ロラン殿、どうかしましたか? 早く行きましょう」
立ち止まったままの俺にマチルダが急かすように言う。
「ああ、ちょっと待ってくれ」
俺に手紙をよこすヤツなんてモニカくらいだ。だが、あいつなら使い魔を使う。
王女がいなくなったこのタイミングで、速達の郵便……。
胸騒ぎを覚えた俺はその場で便箋を開く。
そこに書いてあったのは――、
『女は預かった。ひとりで五番街の倉庫に来い。誰にも言うな。明日の日の出までに来なければ女を殺す』
「――ッ」
「ロラン殿?」
「いや……、なんでもない。すまないが少し捜索場所を変える。二人でマーケットに向かっても効率が悪い、二手に分かれて探そう。俺は他に王女が行きそうな場所を探すからマチルダは予定通りマーケットに向かってくれ」
「承知しました。ロラン殿が先に見つけた場合は狼煙を上げてください」
マチルダが扉を締めると御者台の御者が馬に手綱で合図を送り、馬車が動き始める。そして俺は反対方向に走り始めた。
女とはシャルロット王女のことなのか?
いや……、王女がお忍びで街に出ていることは、まだ俺たち以外は知らないはず。ならば王女を誘拐したと俺に脅迫状を送り付けるのは筋が通らない。
ということは、イノリかアルカナの可能性が高い。
一体なんのために彼女たちを?
誰が何の目的でイノリたちを攫ったのか、それは移動しながら考えるとして、マチルダには悪いが、王女探しよりもこっちを優先させてもらう。
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