第59話☆ クロッケ
カフェを出たわたしたちは速足でギルドに向かいます。
街をただ歩くよりもギルドなら素敵な出会いがあるかもしれません。
変な人も多いけれど、良い人もたくさんいます。
例えばわたしをパーティに誘ってくれた《鈍色の兎》のニナさんはまさに騎士然とした素敵な方でした。もちろん彼女は女性だけど、あのパーティメンバーならもしかしてシャーリーの騎士になってくれる剣士がいるかもしれません。
「ちょっとイノリちゃん」
シャーリーの手を引いて急ぐわたしを呼び止めたのは、定食屋のアルコさんでした。
「こんにちは」
挨拶をしてそのまま通り過ぎようとするわたしにアルコさんは言います。
「新作のクロッケを試しに作ってみたんだけど食べていきなさいよ、たくさんあるから」
「え、いいんですか?」
クロッケという魅力的な単語に思わず立ち止まってしまいました。
クロッケを簡単に説明するとコロッケです。アルコさんのお店のクロッケは、外はカリカリで中はホクホクしていてとても美味しいと評判で絶品なのです。
「え、えっと……」
わたしはシャーリーを見ました。彼女はあまり時間を無駄にできないのです。するとニコリと笑って「私もクロッケ食べてみたい」と言ってくれました。
「いただきます!」
「どうぞどうぞ、どうせ余ったら家畜の餌に混ぜちゃうんだから、誰かに美味しく食べてもらった方が作った甲斐があるわ」
「ありがとうございます!」
「じゃあ今持ってくるから少し待っていてね」
「はい」
てっきりお店の中でご馳走になるものだと思っていましたが、どうやら持ち帰り用に包んでくれるみたいです。食費が浮いてありがたいです。
「はい、どうぞ。熱いから気を付けてね」
しばらくするとアルコさんがクロッケの入った紙袋を持って出てきました。
「わぁ、こんなにたくさん? ありがとうございます!」
魔法のステッキを店頭の看板に立てかけたわたしが、アルコさんからクロッケの入った紙袋を受け取ろうとしたそのときでした。
突然、脇道から飛び出してきた野犬がわたしのステッキを咥えて走っていってしまったのです。
「――えっ? ちょ、ちょっと待って!」
思わぬ事態にパニックになりながらも、わたしは反射的に野犬を追いかけます。
「イノリ!」
後方からシャーリーの声がしました。
野犬を見失わないように必死になっていたわたしは「ごめん! すぐに戻るからそこで待っていて!」と声を出すのが精一杯でした。
わたしは野犬を追って走ります。でもワンコとの距離は縮まることなく、ぐんぐん離されていきます。
わたしは駆けっこが得意ではありません。クラスでも後ろから数えた方が早いくらいです。そんなわたしが野生の犬に追いつけるはずがないのです。だからといって魔法のステッキを諦める訳にはいきません。あれがなければ冒険者としてやっていけません。
なんとしても取り戻す必要があります。
街の外れまで来たところで野犬はやっと速度を緩めました。教会の角を曲がって建物に挟まれた薄暗い隘路に入っていきます。その後を追っていくと、通路の先は行き止まりになっていました。
壁の前で野犬がステッキを咥えて座っています。そして、ふたりの男性が立っていました。
日陰に身を潜めているため良く見えませんが、身なりからして堅気ではありません。どうやら冒険者のようです。
「よしよし、良い子だな。もう行っていいぞ」
男の片割れが野犬の頭を撫で、咥えていたステッキを奪いました。
薄闇から出てきた男たちの姿が陽の光に晒されて、わたしは思わずギョッとなりました。なぜなら彼らの顔に見覚えがあったからです。
「あ、あなたはッ!?」
待ち構えていたのは、わたしたち《不撓の鯱》にボコボコにやられたパーティ《
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます