第58話☆ 来ちゃった♡(⋈◍>◡<◍)。✧♡

「シャ、シャーリーっ!? どうしてここに?」


「どうしても会いたくて来ちゃいました!」


 彼女は興奮した様子でそう言いました。

 わたしを探してずいぶん走り回ったのでしょう、息を切らせています。


「会いたくてって来ちゃいましたって……」


 驚きと動揺を隠せないわたしにシャーリーは困惑して眉根を寄せました。


「ご、ごめんなさい、迷惑だった?」


「そういうことじゃなくて本当に大丈夫なの? なんていうか、抜け出してきたんでしょ? 問題にならない? そう、色々とお役目があるんじゃない?」


 わたしが彼女の正体が王女だと知っていることをシャーリーは知りません。

 真実をオブラートに包みながら会話するのは難しいです。


「……ええ、し、心配ありませんわよ」


 彼女が答えるまでに間がありました。視線も逸らしました。言葉遣いも変です。シャーリーではなくシャルロットが出てきています。キャラが定まっていません。嘘を付いているのがバレバレです。


 きっと今頃、マチルダ様が探しているはずです。

 王女がいなくなったとなれば、マチルダ様の責任になってしまうのではないでしょうか。

 説得して送り届けた方がいいのでしょうけど……。


「ご注文はお決まりですか?」


 オーダーを取りにきた店員さんに対して「彼女と同じ物をお願いします」とシャーリーは自然に答えました。


 たったそれだけのやりとりでしたが、わたしは感心してしまったのです。 


 彼女が、王女が自ら答えたのです。


 確かに初日こそ貝のようにフードに閉じこもっていた彼女でしたが、この数日の間でわたしたちとは普通に会話できるようになりました。それでも、街の人たちとは直接会話することなく常にマチルダさんを介して会話していたのです。

 その彼女が、さらっと注文してみせたのです。


 たったそれだけのことですが、彼女の成長を感じます。

 それとも一人で飛び出してきたという事実が彼女を大胆にさせているのでしょうか。ずいぶん垢抜けて明るくなった気がします。



「午前中までに戻れば大丈夫だから、だからもう少しだけ」


「うん、分かった。午前中だけね? お昼にはちゃんと帰るんだよ? 約束だからね」

 

 わたしが何度も念を押すとシャーリーは、ほぅっと息を付いて「はい」と返事をしました。

 無理やり連行されることも想定していたのかもしれません。よく見ると彼女の手は震えていました。

 そうするのが正しい判断ではないことは分かっています。

 けれど、わたしは彼女の勇気に報いたいと思ったのです。


「シャーリー、どうしてこんな無茶をしたの?」


「だって……、このままお別れするなんて嫌だったから、ちゃんとお別れの挨拶をしたくて……」


 言葉を詰まらせてシャーリーはわたしを見つめます。


「イノリ、友達になってくれてありがとう、ずっと忘れないよ、そう伝えたかったから」


「シャーリー……」


 いつ死ぬか分からないこの世界の住人にとって、国外の人との出会いは一期一会であり共通認識です。

 それでも、冒険者でも、貴族でも、誰であってやっぱり別れが辛いと思う気持ちは同じなのです。

 それでも、それでも、わたしはシャーリーの手を握ってこう言います。


「わたしもシャーリーのこと忘れない。だけど、どこにいても友達だから、ずっと友達だから、だからなにか困ったことがあったら呼んで、《不撓の鯱》がすぐに駆けつけるから」


「ありがとう」


 わたしの手を握り返したシャーリーの眼に涙が浮かびます。


 わたしの手を握った反対の手で涙を拭った彼女は、「イノリに謝らなければいけないことがあるの」といいました。


「謝る?」


「うん、今回の観光はね、私のためにマチルダが準備してくれたものなの」


「そう……、だったんだね」


 知らないフリは嘘を付いているみたいでいい気分はしません。


「今回の観光の目的はわたくしの思い出作りと、それから――」


 一呼吸置いてからシャーリーは「運命の出会いをすること」と言ったのです。


「運命の……、出会い?」


「そう、わたしくは物語に出て来るような素敵な恋がしたかったのです。イケメンの騎士様と街で出会って、身分を隠したまま恋に落ちて、王宮内で再会するのですが、政略結婚によって引き裂かれてしまいます。それでも騎士様は私を王宮から連れ去るために迎えに来てくれる――、そんな出会いを夢見ています」


 最後まで諦めたくない、と彼女は小声でつぶやきました。

 ずいぶん具体的でどこかで聞いたことのあるような願望だなと、わたしは思いました。


「ですので、冒険者の街なら騎士様に出会えると期待しています」


「……でも、この街には剣士はいても騎士はいないと思うよ」


「ええ、それは数日間この街で過ごして分かりました。ですが騎士じゃなくてもいいのです。自分が好きになった相手ならどんな人でも構いません」


 わたしは気付いてしまいました。

 結婚したくない、恋がしたい、そう彼女の真剣な眼差しが訴えているのです。

 もし自分が彼女の立場だったら絶対に嫌です。逃げ出してしまいたいと思うに違いありません。


 同い年の彼女が運命を受け入れた上で、僅かな奇跡に掛けて行動している――。

 

 ここでやらなきゃ魔法少女が廃ります!


「シャーリー、あまり時間がないけどギルド会館に行ってみない? ギルドなら街をただ歩くよりも運命の騎士に会える可能性は高いはず」


 わたしの言葉を聞いたシャーリーは、瞳を輝かせて弾ける笑顔をみせてくれました。




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