第57話☆ さいしゅうび

 こんにちは、因幡いのりです。


 今日は護衛任務最終日――。

 だったのですが、指定された時間と場所にマチルダ様とシャーリーは現れませんでした。

 代わりにやってきたのはマチルダ様の従者を名乗る女性で、彼女から「諸事情によりお嬢様は来られなくなりました」と伝えられました。


 きっと抜け出せない事情ができたのだと思います。今までもその兆候はありました。待ち合わせ場所に到着するのが、予定より早かったり遅かったりとルーズというよりも不安定だったのです。


 ロランさんは「仕方ないさ、ずっと綱渡りの状況だったのだろう。それに依頼主との関係なんて一期一会がほとんどだ」と言いました。


 くよくよしている時間はない。次の依頼が待っている。ロランさんが言わんとするのはそういうことです。


 この世界で冒険者として生きていくなら、それは当たり前で、嫌でも慣れなければいけません。


 ましてやシャーリーは王女、わたしが気軽に会いに行ける身分ではありません。

 だからこそ、せっかく仲良くなれたのだからちゃんとお別れをしたかったです。



 依頼が中止になったため、パーティとしての活動はお休みになりました。ロランさんは依頼の達成を報告するためギルドに向かい、アルカナは前払いでもらったお小遣いを手にマーケットに行ってしまいました。散財せずにちゃんと借金の返済に充てるのか心配です。


 わたしはというと、お気に入りのカフェに来ています。ついにこの異世界でお財布を気にすることなく甘いお菓子が食べられる身分にまでなりました。


 本当はシャーリーと一緒に来たかったのですが……。


 マフィンを頬張り物思いにふけりながら窓の外を眺めます。


 気持ちが落ちてしまうので話題を変えようと思います。


 元の世界での魔法少女について少しだけお話します。


 まずロランさんが〝光の束〟と呼ぶ光線は正確には【シャイニングアロー】といいます。

 こっちの世界に来てからなんだか恥ずかしくて技名を叫んだりはしていません。周りに他の魔法少女がいたときは気にならなかったけど、自分しかいないとなるとちょっとはばかれます……。


 それから本来のシャイニングアローには敵を浄化する力があるのですが、こちらの世界では浄化というより消滅させる力があるみたいです。


 シャイニングアローの効果範囲ですが、幅や長さはわたしの意思で調整できます。ふたつに分けたり曲げたりも簡単にできます。


 それから変身して魔法少女となったわたしの視界の中には、様々なディスプレイが表示されます。ARに近い感じです。

 ディスプレイには自分のステータスが表示され、敵のステータスも見ることができます。


 わたしは視線でディスプレイ画面を操作して、視界に浮かびあがったポインターで敵をマークすればオートで魔法が飛んでいきます。

 傍から見ると、しれっと魔法を放っているように見えますが実はゲームみたいな手順を踏んでいるのです。


 なので基本的に詠唱は不要なのです。

 

 まあ、気分的に声に出して必殺技を叫ぶときもあります……。なんとなく威力が増すような気がするから言葉にするという魔法少女もいます。


 この一連の操作ですが、魔法少女になったばかりの子はけっこう戸惑うことも多く、かく言うわたしも慣れるまでそれなりの時間が掛かりました。


 スムーズにできるのは、それなりの場数を踏んできたからです。わたしは中堅クラスの魔法少女でした。

 こう見えても中堅なんです、えっへん。


 話が脱線しましたが魔法少女同士の戦いとなると、基本的にこの操作がどれだけ早いかで勝敗が決まります。


 ガンマンの決闘みたいな感じでしょうか?


 もちろん単純にそれだけではなく、相性や駆け引き、それぞれの特殊能力もあるので全部とは言えませんけど。


 わたしが今まで一度も勝てなかった魔法少女は、同じチームにいる葵ちゃんくらいです。


 彼女はわたしにとって特別で別格です。


 さて、この後は何もすることがないので昼食を買って帰りたいと思います。アルカナが散らかした家の掃除をしなければなりません。


 そういえば以前に、面白い昔話をロランさんから教えてもらったので、ついでに紹介したいと思います。



 ――むかしむかしあるところに、才能ある魔術士の男がいました。


 男は魔術士としての力を王様から高く評価され、王宮魔導士として召し抱えられることになりました。


 しかし、男は彼の才能を妬んだ親友によって呪いを掛けられてしまうのです。

 その呪いは悪魔寄せの呪いでした。


 男は自分に悪魔寄せの呪いが掛けられたことに気付きます。

 呪いの発動は次の新月、悪魔が男の魂を奪いにやってくるのです。

 

 そのため男は自分自身に悪魔除けの魔術を施しました。


 そして、新月の夜がやってきました。

 

 男は悪魔から隠れ、悪魔が帰るまで寝ずに夜を明かすために納戸に身を潜めました。


 深夜になり、うとうと睡魔に襲われた男は眠気覚ましに自分の顔を、悪魔を祓うために用意しておいた聖水で洗いました。

 そのため顔だけ悪魔除けの効果が消えてしまったのです。男は顔だけが暗闇に浮かび上がる状態になってしまったのです。


 ついに、悪魔がやってきました。

 悪魔に見つかってしまった男は悪魔に顔の皮を剝がされてしまいましたとさ――。


 このお話、何かに似ていると思いませんか?


 そう、耳なし芳一です。

 こちらの世界にも同じようなお話があったのです。


 わたしがそのことを伝えるとロランさんは「まぬけな僧侶もいたもんだな」と声を上げて笑っていました。


 そんなことを思い出していたそのときでした。


「イノリ!」


 カフェに駆け込んできた少女がわたしの名前を呼びました。


 息を切らせて速足で近づいてくる彼女に、わたしはステッキを手に取って身構えます。でも、すぐに気付いたのです。

 大きなフードから見え隠れするその翡翠色の瞳は間違いありません。


 彼女はローレンブルク国の王女、シャーリーです。



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