第56話◆ 運命的な出会い

 ん? デアイってまさか『出会い』のことか?

 婚約者がいるのになんで?


 まさかとは思うが……王女といえ年頃の女の子だし、仮に政略結婚に納得できず外に出会いを求めているのだとすれば――。


「それはひょっとして……、『運命』の的な出会いなのか?」


 半分以上は冗談で言ったつもりなのだが、マチルダ嬢の表情は神妙なままだった。


「まさに、王女は運命的な出会いを渇望し、運命の君とのラブロマンスに恋焦がれているのです」


「え、えーと……、だけど運良く出会えたとしても叶わぬ恋になってしまうのでは?」


「ええ、その通りです。王女は国のために他国に嫁がなければなりません。当然彼女も自分の立場と事の重要性を理解しています。それでも憧れ、願わずにはいられないのです。自分を迎えに来て連れ去ってくれる騎士が現れると、物語のような素敵な恋をしてみたいと……」


 物語の世界なら姫を連れ去る騎士が出てくる展開は王道だろう。しかし現実は違う、姫を連れ去ったとなれば運命の君でも大罪人だ。軽くても死罪だ。


「結婚を来月に控え、落ち込んでいたところに剣武杖祭の来賓として招かれる話が舞い込んできました。タイミングが重なったのはまったくの偶然ですが、王女は運命を感じたようです。冒険者の街なら運命の騎士と出会えると。おそらく今も心のどこかで期待しています」


「だ、だが、この街に剣士はいても騎士はいないぞ」


「分かっています。それでもすがりたいのです、奇跡に。たとえ叶わなくても、実のらなくても、一瞬でも、恋をするために自ら行動したという経験が、彼女の生きる糧になるならば……」


 マチルダは言葉を詰まらせた。

 仮に俺が二十代の女子だったら王女を想う彼女の気持ちが痛いほど伝わってくるのだろう。しかし今の俺は誰が見てもオッサンだ、なので伝わってきたのは半分程度だった。


「それに何も収穫がなかった訳ではありません。運命の騎士には出会えませんでしたが、心を許せる友人と出会うことができました。イノリとアルカナとの出会いは王女の宝物になると思います」


「ああ、そうだな」


 これにはオッサンの俺でも迷わず同意できる。


「明日は午前八時に第一闘技場の北門に来てください。しばらく待って王女が来なければそのまま帰っていただいて構いません」


「元々明日までの依頼だったからそれは構わないが、いつもは正午に待ち合わせしていたのに、どうして明日だけ八時に北門なんだ?」


「剣武杖祭が終わった後、王女は晩餐会に出席しなればなりません。抜け出せる機会があるとすれば午前しかないのです。明日の観光コースは王女がお気に召した場所をここに書いておきました」


 マチルダ嬢は小さく折りたたまれたメモを俺に差し出した。


「えっと、ということはマチルダさんは来ないのか?」


「はい、明日は王妃の傍を離れることができません。私の侍女が隙を見て王女を北門に連れ出しますので、正午前に観光を終えて再び北門に送り届けてください」


「やれやれ、これは責任重大だな」


 そうこぼすと彼女は俺の方に体の向きを変えて右手をそっと胸に当てた。


「王女が自由でいられるのも明日で最後、貴殿を見込んで王女のことをよろしくお願いいたします。もちろんご迷惑をお掛けする分として報酬の倍額を上乗せさせていただきます」


 な、なんだって? 倍額を上乗せ!? ってことは合計で300プラタじゃないか……。


 ごくり、俺の喉が意図せず鳴る。


 アルカナの食費が想像以上にパーティの台所を圧迫しているのは事実だ。このまま何もしなければ今回の依頼で稼いだ金は食費で消えてしまい、アルカナの部屋は借りられない。

 不安定なパーティを維持するために、そして少女たちを養うために、1プラタの増額でも10プラタでも喉から手が出るほどありがたい。


 しかし、ここで当初の契約を反故にするなんて俺の冒険者としてのプライドが――。


「分かったよ、乗り掛かった舟だ。せっかくの機会なんだ、王女様も後悔を残さない方がいいだろう」 


 俺は言った、あくまでも譲歩した感じで。

 

 ああ、俺も俗っぽい冒険者に成り下がってしまったのか。いや、これが本来の冒険者の姿なのだと自分に言い聞かせよう。

 だってそうだろ? プライドを言い訳にできるのは一部の猛者だけだ。 


「この度はかのローランド=アロンディート殿に護衛していただき光栄でした。貴殿に、そしてイノリとアルカナに、心より感謝申し上げます」


 恐縮するマチルダに俺は「まだ終わってないぞ、最後まで気を抜くな」と少女たちの方を指差す。


「ロランさん」


 すると、そのタイミングでどこか恐縮した表情を浮かべながらイノリが俺たちの元に駆け寄ってきた。


「どうした?」


「あの、その……、行きたいお店があるんですが……」


 イノリは言った。実に言い辛そうだった。

 行きたい店があるなら俺はどこでも付いていくのだが、なぜそんな顔をするのか分からない。


「そうか、じゃあ行こうか」


 俺がそう言うと、さらにイノリの表情が曇っていく。


「えっと、その……、できればロランさんはここで待っていて欲しいのですが……」


 彼女はよそよそしい態度で視線を左右に泳がせる。


「え? いやでも、それだと護衛がやりにくいのですが……」


「し、下着売り場なんです」


「あ、ああ……、そうか。じゃあ俺はここで待っているから」


「分かりました!」と返事をしたイノリはシャーリーの元に戻っていった。

 

 イノリと逆行するようにアルカナが俺の方に歩いてきたので「アルカナは行かないのか?」と聞いてみると、


「別に興味ないし、そもそもシタギってなに?」と彼女は質問を返してきた。


「……え?」


「え?」キョトンとした赤い瞳が俺を見る。


「いや……、なんでもないよ」


「そんなことよりあっちで良い匂いがする、行ってみたい」


「アルカナ殿、串焼をご馳走しますので先にシャーリーの買い物に付き合ってもらえますか?」


 アルカナの肩に触れてマチルダ嬢は微笑んだ。


「えー……、しょうがないわね。約束よ?」


「ええ、約束です」


「俺はここで待っているから、みんなで行ってくるといい」


「イエッサー!」と気分を良くしたアルカナは揃えた五指をこめかみに付ける不思議なポーズを取った。


 さて、ついに明日でラストだ。

 運命の騎士が現れることはないと思うが、王女様にはやりきったと満足して帰還してもらいたい。












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