第55話◆ デアイ
依頼六日目、剣武杖祭の決勝が行われる前日、その日の試合は第一闘技場で行われる準決勝のみであった。
正午、待ち合わせ場所の噴水広場は試合が終わって時間を持て余した多くの観光客で賑わっている。そんな中、王女とマチルダ嬢は予定よりも遅れてやってきた。
彼女たちはいつにも増して質素な格好で平民に擬態していた。
剣武杖祭も終盤になり、試合数が減ったことで多くの観光客が街に出ることは予測できる。すれ違う人々の中に王女の顔を知っている者がいないとも限らない。
より慎重になるのは当然だ。マチルダ嬢からは強い緊張がうかがえる。
ここまでリスクを冒しても王女の願いを叶えてあげたいと行動するマチルダ嬢の忠義っぷりには頭が下がるばかりだ。
王女の願いが具体的にどんなものか分からないが、おそらく縛りの無い自由な時間といったところだろう。
イノリの話では王女は近々結婚するらしい。
王族なら珍しくない話だ。嫁ぐ先によっては自由などまったくない鳥籠の生活を少女は強いられる。俺だって自分で結婚相手を決めることができないシャーリーを不憫に思うし、同世代の友人との思い出を作ってあげたいと思わない訳ではない。
だからできる範囲で協力してあげたい。
この依頼が真に達成できたかどうかは、シャーリーがどれだけ満足してくれたのかではないだろうか。
木を隠すなら森の中、ということで俺たちは初日に来たマーケットに来ている。
単にネタ切れという理由もあるが、女子といえば買い物という安易な発想だ。
しかしながら、この選択は間違ってはいなかったようだ。
前回は観光客向けの店ばかりだったが、今回はイノリのお気に入りの店を中心にマーケットを巡っている。初日の様子からは想像できないほどシャーリーの笑顔が見られるようになった。
「明日はいよいよ決勝戦だな、決勝に残ったのはナイトハルト流とウェザーランド流の剣士らしいが、どっちが勝つと思う?」
「さあ、どちらでしょう」
マチルダ嬢は少し離れた露店でアクセサリーを試着するシャーリーから目を離らず淡々と答えた。心ここにあらず、そんな感じだ。
「荒事には興味がないか?」
「いえ、どちらも良い戦士ですのでどちらが勝ってもおかしくないと思ったまでです。ロラン殿、貴殿のことです、もうお気づきになられているのでしょう?」
「さて、なんのことですか?」
しらばっくれる俺にマチルダ嬢は前を向いたまま眉をひそめる。
「こうやって従者であるはずのシャーリーを見守る私に気付かないあなたではないはずです」
「やはり……、あの方はシャルロット王女でしたか」
「はい」
「どうして急に打ち明ける気になったんだ?」
「正直申しますと最後まで打ち明けずにいるつもりでした。ですが、真実を打ち明けずに去るのはあなた方を騙して逃げるに等しく非礼だと思いなおしました。なにより、王女のあのような笑顔を久しく見ていません。最近はずっと暗く沈んでいた王女でしたが、元気なお姿を見られることができたのは貴殿のおかげです」
「俺のおかげじゃない、イノリとアルカナのおかげだ」
「……実は昨日で観光を終えるつもりでした。昨日の時点でイノリとアルカナにお別れを言うよう王女に伝えたのですが、もう一日だけと王女に懇願されました。同年代の友人ができたことが本当に嬉しかったようです」
「贅沢な望みかもしれないが、王家なんかに生まれなければ人並みの幸せを……か。なあ、一つ聞いてもいいか?」
「なんでしょう?」
「今回の件はあんたの独断だろ? バレれば立場が危うくなるのに、どうしてこんな危険なことを?」
俺の問いにマチルダ嬢は微笑を浮かべる。
「それは彼女が私にとって妹のような存在だから、それだけでは理由として足りませんか?」
「いや、十分だよ」
「告白ついで言ってしまうと、王女には観光以外に別の目的がありました」
「別の目的? 庶民の暮らしぶりが見たかったとか?」
「違います。出会いです」
「デアイ?」
であい? ディアイ? 誰かの名前か?
その単語の意味を咀嚼して理解するのに、しばらく時間が必要だった。
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