第54話◆ シャーリーの秘密
護衛開始から五日目、ここまで無難に依頼を遂行している。
残り二日間、この調子で終われそうだ。
今日は剣士や冒険者にとって聖地と呼ばれる場所、地竜の穴倉にやってきた。
地竜の穴倉は赤茶けた荒れた大地に出来た巨大なクレーターで、かつて魔神と三英雄が戦ったときに出来たという伝承が残っているが、真偽は定かではない。
正直言ってバカでかいクレーターがあるだけで、興味がない者にとっては全く面白くもない場所だ。
それでも俺がここを選んだ理由は、ただ一つ。
簡潔に言うとネタ切れである。もう案内するところがこんな殺風景な場所しかない。そもそも最初からこの地方都市を一週間も観光するなんて無茶な話なのだ。
ここは冒険者の街、求められるものは金か名声、基本的にその二つだ。
さて、目的地に到着してしまえば「ふーん」や「へぇ」の一言で終わってしまうシチュエーションなのだが、イノリとアルカナが従者の少女と楽しそうに会話をしてくれているおかげで、和やかな雰囲気を保つことができている。
初日こそ従者の少女からは強い警戒と緊張が伝わってきたが、イノリの人当たりの良さとアルカナの明け透けな態度が彼女の警戒心を解いてくれたようだ。
エスコートするのがマチルダ嬢単独だったらこうはいかなかった。護衛に集中できるのも従者の少女も含めて彼女たちのおかげである。
クレーターの
「どうした? あの子とずいぶん仲良くなったようだが、なにかあったのか?」
「いえ、その……、少し気になることがありまして」と少しだけ彼女は表情を曇らせた。
「気になること?」
「その……、シャーリーってちょっと変わっているんです」イノリは言った。
「変わっている?」
彼女がアルカナ以外の陰口を言うのは珍しい。これはなにか理由がありそうだな。
俺の表情の変化を察したイノリは、「別に悪口を言っている訳じゃないんです」と慌てて付け加える。
「ああ、分かっているさ。それで、イノリが気付いたことを教えてくれ」
「その……、わたしがこんなことを言うのも変なのですけど、シャーリーはこの世界の住人であるはずなのに、あまりにも世間を知らな過ぎるんです」
「ふむ、というと?」
「わたしもこの世界においては世間知らずなんですけど、彼女のはそういう意味じゃなくて、同じ年頃の女の子としては知っていて当たり前のことを本当に初めて見聞きするみたいな……。硬貨を見たのも触れたのも初めてだと言っていました。だけど、この地竜の穴倉の言い伝えについてはすごく詳しかったんです。歴史についても博識なんです」
イノリに顔を向けたまま、俺は悟られない程度にシャーリーに視線を送る。
彼女はマチルダに話しかけている。マチルダは腰を屈めて彼女の話に耳を傾けている。
初日にも同じ光景を目にした。そのときから俺の頭の片隅に靄が掛かっていた。
イノリの話を聞いてその靄が晴れ、点と点が線でつながったのだ。
「ははぁ、なるほど。そういうことだったのか」
「え?」
「やれやれ、この依頼はとんでもない大役だったようだ。百プラタじゃ全然足りないぞ」
「どういうことですか?」
「嘘だったんだよ、シャーリーは従者なんかじゃない」
「嘘? 実はマチルダ様は伯爵令嬢じゃなくて、シャーリーが伯爵令嬢で、ふたりは身分を入れ替えていたってことですか?」
「そういう話なんだが根本が違う。マチルダは本物の伯爵令嬢だ」
「じゃあどういうことですか?」
「マチルダは伯爵令嬢だが、そうだとしても本当の護衛対象はシャーリーの方だ。あの子、シャーリーはたぶん王女様だ」
「おッ!? おう――」
俺はイノリの口を塞いだ。
「すみません……」
「俺も本物の王女を見たことないが年の頃はイノリと近いはず。マチルダの隠しきれないシャーリーに対する敬う態度と、世間知らずなのに博識だというイノリの話から推測すると間違いない。シャーリーの本当の名前はローレンブルク王国第二王女、シャルロット=ゼタ=ローレンブルク」
「はわわわわ……」
「自前の護衛を帯同させてない理由は、王女様のお忍び観光だからだ。おそらく王家も執事も把握していない、この一件は王女と懇意にあるマチルダの一存だろう。そして今、闘技場では王女の替え玉が貴賓席に座っているはずだ」
イノリの顔からサッと血の気が引いていく。
「ど、どどど、どしましょう……」
「今更慌てても仕方ない。イノリ、今から警戒レベルを最大にするぞ。なにかあれば俺たちの首が飛ぶ」
「わ、わかりました、あのわ、わたし、王女と普通に会話しちゃいましたよ……」
「その辺は無礼講だろ。むしろ変に気を使うな。こっちが気付いていると知れば、王女様はそう振舞わなくちゃいけなくなる、それが王族ってものだ」
「わかりました……」
「アルカナには……、黙っておこう」
こくりとイノリはうなずいた。
それからイノリはなんとか平静を装い続け、五日目を無事に乗り切ったのだった。
しかし、任務達成の最終日に大事件が起こってしまうことなど、このときの俺たちは知る由もなかった。
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