第48話☆ 伯爵令嬢(イノリ視点)
こんにちは、因幡いのりです。
今日は限定クエスト《伯爵令嬢を護衛せよ!》の依頼主さんと会うため、ギルド会館の応接室に来ています。
この世界にきて貴族と呼ばれる人に会うのは初めてです。
きらびやかな世界に住む貴族とはどんな人なのでしょうか、ドキドキします。
そんな感じで昨日の夜から緊張していたですが、これから来るのは伯爵家に仕える従者の方だとロランさんが言っていました。
考えてみれば当然のことです。向こうからすれば得体の知れない輩のわたしたちに、護衛対象である本人がいきなり会うなんてあり得ません。
なので、まずは従者さんと会って、その後で依頼主さんと面会して気に入ってもらわなければいけません。
問題があるとすれば彼女でしょう……。
今もロランさんの隣で大欠伸を掻いています。
この依頼の重要性は昨晩こんこんと語りました。だけど一晩寝れば自分の名前すら忘れてしまうアルカナのことです。
余計な発言で従者さんを不満を買ったり怒らせてしまわないか心配です。
「お願いだからアルカナは黙っててね」
わたしはアルカナに言いました。
「はあ? 指図しないでくれる?」
ロランさんの左側から顔をのぞかせたアルカナが目を細めてわたしを睨みます。
「これはあなたの部屋を借りるために大事な仕事なの」
これは昨晩こんこんと彼女に聞かせ続けたセリフです。
もちろんそれだけではありません。百プラタあれば好きな物を好きなだけお腹いっぱい食べることが出来ると伝えました。
「ふん……、なによ」
反論を諦めたアルカナはわたしから顔を背けて腕を組みます。
どうやら効果はあったようです。
そのときです。ガチャリとドアが開きました。
わたしの口から自然と「わあ」と溜め息が漏れ、思わず目が奪われました。
その長い髪は綺麗な銀色で、大きな瞳は翡翠色で、顔が小さくて、身体が細くて、手足が長くて、まるでモデルのような女性でした。
この人が従者さん? こんな人が従者なら伯爵令嬢はどれだけ綺麗なのでしょうか……。
「ごきげんよう」
わたしが言葉に詰まらせていると彼女はドレスの裾を左右の手で摘まんで軽く膝を曲げました。
どうやって返答していいのか作法が分からず、あうあうしている間にロランさんが颯爽と立ち上がり、「はじめまして、お会いできて光栄です」とカッコよく挨拶を返します。
「ヴォーディアット伯爵家、三女のマチルダ・シエル・ヴォーディアットと申します」
凛とした声が室内に響きます。
え……、伯爵家? 確かにヴォーディアット伯爵家と名乗りました。護衛対象の本人が来たということででょうか?
「この街で冒険者をやっているテナークス・オルカのロランです。彼女たちは同じパーティのイノリとアルカナです」
ロランさんに紹介されてハッとなったわたしは、急いで立ち上がり伯爵令嬢に頭を下げます。
しかしアルカナは座ったまま面倒くさそうに頭だけを軽く下げました。
そんなアルカナの不遜な態度を気にすることもなく、伯爵令嬢はわたしたちに目を配ると優しく微笑みうなずきました。
その微笑みにドキッと胸が高鳴ります。
「確かに条件通りのようですね。あなたも若い娘には興味なさそう草食系な雰囲気でとても良い感じです」
「は、はあ……。そりゃどうも……」ロランさんは微苦笑しながら頬を掻きました。
はい、それがロランさんの良いところでもあり、残念なところでもあるのです……。
伯爵令嬢はなかなかの慧眼をお持ちのようです。
「冒険者ランクはBだと聞いていますが、ロラン殿の剣術流派をうかがってもよろしいでしょうか?」
「俺は特定の流派に所属したことがなくほとんど我流です。ですが、シュバルニ魔導学院で剣術の教師をやらせてもらっています」
「ほう、それは僥倖です。そちらの少女たちも相応の実力者ということでよろしいでしょうか?」
「彼女たちが本気になれば俺より強いですよ」
「御冗談を……」
再びわたしたちに目配りをした彼女はくすりと笑い、「それでは時間が惜しいのでさっそく観光案内をお願いします」と言って踵を返しました。
「あれ? これからですか? 水曜日からじゃなくて?」ロランさんが尋ねます。
「ええ、今日は事前に当日のコースを見させてもらいます。正式に採用するかどうかはその後で判断します」
「はあ……」
彼女は自分が案内される観光名称を事前に自分の眼で確かめると言ったのです。
言うなれば遠足のコースの下見をするようなものです。
そんなことをしたら当日の楽しみがなくなってしまいます。
貴族とは不思議な人の集まりなのでしょうか……。
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