第47話◆ 懐かしい名前
伯爵令嬢に街を案内することになった俺たちはギルド会館を出て、当日に訪れる予定だった街の名所を巡っていく。
ここは冒険者の街だから観光する場所なんて限られている。それでも俺は各所の特徴や歴史、由来などを丁寧に説明していった。
しなしながら、俺の解説にはあまり興味を示さないご様子の令嬢様は飲食店や雑貨店の位置、それから休憩できるポイントを終始チェックしているようだった。
加えて俺たちと会話するときも何かを探るような話し方をしているのが気になった。
危惧していたアルカナも令嬢の質問に対して素直に、それでいて余計なことは言わず淡々と答えている。約束した夕飯の肉料理が効果を発揮しているようだ。
なんにせよ、令嬢様が観光を楽しんでいるようには思えない。言うなれば、これは下見だ、しかも引率者としての下見である。
自分の観光だというのに妙な話だ。
間違いなく彼女は何かを隠している。物腰や言動、喋り方も貴族というより武官のようだし、ひょっとして本物の令嬢の替え玉ではないのか?
本物の伯爵令嬢でないとしたら一体なんのために?
偽物なら言動の違和感に合点がいくが、替え玉を用意するくらいなら最初から従者をよこせば済む。
なにより彼女が身に付けている衣類や装飾品はどれも庶民には手の届かない代物であり、身体に染み付いた仕草や振る舞いは嘘を付けない。
醸す気品が本物の貴族であると語っている。
「やれやれ……」
面倒事に巻き込まればいいのだが……。
滞りなく行程をこなして観光コースの締め括りにやってきた場所は、街を一望できる高台だ。良い感じに夕陽が街を紅く染め上げている。
とりあえずここまで何事もなく終わってくれた。アルカナも大人しくしてくれた。これで不採用なら文句の一つも言ってやろう。
「さて、以上で終了となります。満足していただけましたか?」
俺は夕焼けの街を見つめる伯爵令嬢に言った。
彼女が満足しているのかどうか、その表情からは読み取れない。
「ええ、だいたい把握できました。問題ありません」微笑した彼女は小さくうなずく。
問題ない……か、どうにも引っかかる言い方だ。お世辞でも賛辞の一言すらない。少しくらい喜んでくれないと案内したこっちが肩透かしを食らってしまう。
「とっておきの場所を先に見せてしまったので、水曜日は別の名所をご案内します」
「いえ、初日は今日と同じ内容で結構です」
「同じ? それは構いませんけど……」
「最後にひとつだけ」
街から視線を切ったマチルダが俺を見つめる。
「なんなりと」
「失礼ですが、剣武杖祭に出場した経験はありますか?」
美しい翡翠色の瞳に俺の顔が映り込む。
まるで俺の真価を問おうとするような瞳に、自然と心身が引き締まる。誤魔化したり嘘を付いたりしたら即座に見抜かれてしまうだろう。
「ええ、十数年前に一度だけ」
「そのときの戦績は?」
「準優勝でした」
「やはり……」と呟いた彼女は瞳を閉じて、再び見開く。
「やはり?」
「ロラン殿、貴殿はかの《
その名で呼ばれた俺は、自分の中で意識が切り替わるような感覚があった。切り離していたかつての人格が目を覚ます、まさにそんな感じだ。
「……懐かしい名前だ。よく分かったな」
「ええ、半身半疑でしたが確認して良かった。そうとは知らず、これまでの無礼をお詫び申し上げます」
俺の方に向き直ったマチルダは騎士のように右手の握り拳を胸に当てた。
「気にしてないよ」
肩をすくめた俺にマチルダは表情を緩めて騎士礼を解く。
「お会いできて光栄です。まだ幼い頃でしたが、《翼剣》のカンナ様との決勝戦は今でも鮮明に覚えています」
「……カンナ」
その名を自分の口から発するのも、誰かの口から耳にするのも、あのとき以来だ。
「大会後にカンナ様を中心に結成した《
実際には、くたばり損ないの俺と瀕死のモニカが迷宮から脱出を果たしたとき、運よく近くで依頼遂行中だった別パーティに救助されたのだが、深手を負った俺たちが治療施設に滞在している間に巷では《黄金郷》が全滅したことになっていた。
そして、俺とモニカはパーティ全滅という誤った情報を訂正しようとしなかった。
あの時、あの場所で、《黄金郷》は間違いなく全滅したのだ。
「ああ、モニカと俺だけが生き残っちまってな……」
「そうでしたか……。しかし、貴殿のような方がなぜこのような地で冒険者を? 望めば王宮騎士の指南役だって叶うはずです」
「……色々と事情があってね」
「……失礼しました。詮索するような真似をしたことをお許しください」
頭を下げたマチルダは改めて騎士礼をする。
「貴殿なら実力、人柄共に申し分ございません。正式に採用させていただきます。警護は予定通り明後日の正午に噴水広場に来てください」
こうして俺たち、新生テナークス・オルカの初仕事が決定したのだった。
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