【第五章】ワットウィルビーウィルビー

第46話◆ 伯爵令嬢

 そんなこんなで月曜日がやってきた。


 依頼主との初顔合わせの日だ。


 剣武杖祭が始まるのは明後日からだが、件の伯爵家は余裕を持って先週からこの街に滞在しているらしい。


 それに顔合わせといっても今日来るのは伯爵家に仕える従者の方だ。

 俺たちのような一介の冒険者は面識のない貴族にいきなり会えないし、貴族の彼らがわざわざ冒険者ギルドに足を運ぶとは思えない。


 まずは従者が依頼した条件と俺たちが合致しているか確認する。その後、依頼主本人と面会して気に入られれば採用という流れになるはずだ。


 しかし従者面談をパスしても、当の令嬢が俺たちを気に入らなければ不採用、採用されても任務遂行中でも粗相があれば解雇される。


 貴族が我儘なのは今に始まったことじゃないが、互いの合意で成立した依頼を中断する場合は違約金が発生する。

 俺としては、というより多くの冒険者にとってはそっちの方が楽して稼げるし好都合だ。

 

 なので、わざと悪態を付いて解約させようとする輩も中にはいるが、クレームがギルドに伝われば二度とこの手の美味い依頼は受けられなくなってしまう。


 さて現在、俺たち三人はギルド会館二階にある応接室の長椅子に並んで座って依頼主の到着を待っていた。


「お願いだからアルカナは黙っててね」


 俺の右隣に座るイノリがアルカナに言った。


「はあ? 指図しないでくれる?」


 俺の左に座るアルカナがイノリを睨み付ける。

 少女に挟まれた俺は苦笑いを浮かべるしかない。


「これはあなたの部屋を借りるために大事な仕事なの」


「ふん……、なによ」


 ガチャリとドアが開いて、入ってきたのは上等なドレスを身に着けた銀髪のご令嬢だった。

 

 はて? どう見ても従者じゃないよな? しかもすごい美人だ。

 まさか護衛対象である伯爵令嬢が直接俺たちに会いに来たってのか? んなバカな……。


 「ごきげんよう」と彼女はドレスの裾を左右の手で摘まんで軽く膝を曲げる。


 ハッと我に返った俺は慌てて立ち上がり「はじめまして、お会いできて光栄です」と騎士風の挨拶で彼女を迎えた。


「ヴォーディアット伯爵家、三女のマチルダ・シエル・ヴォーディアットと申します」


 驚いたことに、どうやら本当に護衛対象で間違いないようだ。


 年齢は二十代そこそこくらいか。

 しかし、なんというか想像と違う。別の意味で想定外だ。


 俺は勝手に可憐なお嬢様を想像していた。

 いや、もちろん目の前の彼女の容姿は可憐そのものなのだが、立ち姿に隙がないのだ。


 重心の使い方から剣術を嗜んでいるのは間違いない。しかもドレスの下に短剣を隠している――、ということを見抜いているのは隠しておこう。それと歯の浮くようなセリフで令嬢の機嫌を取りたいところだが、左右に少女たちの眼があるのでそれも止めておこう。


「この街で冒険者をやっているテナークス・オルカのロランです。彼女たちは同じパーティのイノリとアルカナです」


 俺に紹介されてイノリは立ち上がって頭を下げ、アルカナは座ったまま会釈する。


 アルカナの不遜な態度を気にすることもなく、伯爵令嬢はイノリたちを確認してうなずいた。


「確かに条件通りのようですね。あなたも若い娘には興味なさそう草食な雰囲気でとても良い感じです」


「は、はあ……。そりゃどうも……」


 褒められているのか? それとも貶されているのか?


「冒険者ランクはBだと聞いていますが、ロラン殿の剣術流派をうかがってもよろしいでしょうか?」


「俺は特定の流派に所属したことがなくてほとんど我流です。ですが、シュバルニ魔導学園で剣術の教師をやらせてもらっています」


 モニカじゃないが使える物はなんでも利用させてもらおう。


「ほう、それは僥倖です。彼女たちも相応の実力者ということでよろしいでしょうか?」


「彼女たちが本気になれば俺より強いですよ」


「御冗談を……」


 少し驚いた表情を見せた彼女はくすりと笑い、「それでは時間が惜しいのでさっそく観光案内をお願いします」と言って踵を返した。


 背中を見せていても警戒を解いていない。これは剣術を嗜んでいる程度ではできない芸当だ。

 このお嬢様はとんだ食わせ者のようだな。


「あれ? これからですか? 水曜日からじゃなくて?」


 何も気付かないフリをして俺は言った。


「ええ、今日は事前に当日のコースを見させてもらいます。正式に採用するかどうかはその後で判断します」


「はあ……」


 事前に見るって、なんだそりゃ。それじゃあ当日も同じ場所を見ることになっちまうぞ。



 そして、俺たちは彼女と一緒に冒険者ギルドを出たのだが、驚いたことに彼女は護衛を一人も伴っていなかった。しかも伯爵家ともなれば通常は馬車で移動するはずなのだが、どこにも馬車が見当たらない。御者もいない。どうやらここまで徒歩で来たようだ。

 

 ますます彼女の目的と正体が分からななくなってきた。


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