第49話☆ 初めてきいた名前
わたしたちはギルド会館を出て、当日に訪れる予定だった街の名所を伯爵令嬢に案内していきます。
案内と言ってもわたしとアルカナはロランさんとマチルダ令嬢の後ろを付いていくだけです。
もちろん、ただ付いて歩くだけじゃありません。
ロランさんから事前に「イノリとアルカナは背後を警戒するように」と指示を受けています。
これは伯爵令嬢を警護するためのフォーメーションなのです。
現在、わたしたちはマーケットを歩いているのですが、すごく目立っています。
異国人であるわたしも目立つ方なのですが、やはり貴族ともなれば注目度が違います。
身なりが良いのはさることながら、醸し出す御令嬢オーラがすごいです。
そんな彼女は人目をはばかることなく、気になる雑貨店や飲食店を見つけるとコースを外れてふらりとお店に立ち寄ります。
店主さんは突然やってきた貴族に驚いて身構えるのですが、そこは商魂逞しい商人さんです。
ここぞとばかりに店の奥から高価な商品を引っ張り出してきては、如何にレアであるかの説明を始めます。でも、マチルダ様の興味を引いたのは庶民向けの民芸品のようでした。
ここは冒険者の街だから観光する場所なんて限られているとロランさんは語っていましたが、それでもわたしの知らないことばかりだったので勉強になりました。
アルカナはずっと上の空でした。きっと夕飯の肉料理のことで頭がいっぱいなのでしょう。静かなのは良い事です。
たまにマチルダ様がアルカナに話しかけるのですが、アルカナは彼女の言葉に対して「それね!」とか「確かに!」とか「なるほど!」と、わたしが伝授したその場を乗り切る魔法の言葉を駆使して答えていました。
気になったのは、マチルダ様が観光を楽しんでいるようには見えなかったことです。どこか仕事で来ている感が否めません。
ロランさんが「やれやれ……」と露店をのぞくマチルダ様の背中を見つめながらこぼしました。
やはり思いのほか彼女の反応が薄いことが気になるのでしょう。
観光コースの締め括りにやってきた場所は、街を一望できる高台でした。夕陽によって紅く染まった街の光景はとても素敵です。
「さて、以上で終了となります。満足していただけましたか?」
ロランさんが夕焼けの街を見つめる伯爵令嬢に言いました。
「ええ、だいたい把握できました。問題ありません」
そう淡泊に答えたマチルダ令嬢が小さくうなずきます。
「とっておきの場所を先に見せてしまったので、水曜日は別の名所をご案内します」
「いえ、初日は今日と同じ内容で結構です」
「同じ? それは構いませんけど……」
「最後にひとつだけ」
街から視線を切ったマチルダさんがロランさんを見つめました。
傍から見ていると良い雰囲気です……。
「なんなりと」
「失礼ですが、剣武杖祭に出場した経験はありますか?」
「ええ、十数年前に一度だけ」ロランさんは答えました。
「そのときの戦績は?」
「準優勝でした」
「やはり……」
「やはり?」
「ロラン殿、貴殿はかの《
――ローランド=アロンディート。
それがロランさんのフルネーム、初めて聞きました。
「……懐かしい名前だ。よく分かったな」
「ええ、半身半疑でしたが確認して良かった。そうとは知らず、これまでの無礼をお詫び申し上げます」
ロランさんの方に向き直ったマチルダ令嬢は右手の握り拳を胸に当てました。
「気にしてないよ」
肩をすくめたロランさんにマチルダは表情を緩めます。
「お会いできて光栄です。まだ幼い頃でしたが、《翼剣》のカンナ様との決勝戦は今でも鮮明に覚えています」
「……カンナ」
カンナ、その名を呼んだロランさんの声はいつもと変わりませんでした。
だけど、わたしには分かりました。
その声がとても悲しそうで、寂しそうで、切なくて、《翼剣》のカンナがロランさんにとって大切な人だということに――。
「大会後にカンナ様を中心に結成した《
《黄金郷》のリーダーがカンナさんということは、ロランさんとモニカ学園長のかつての仲間……。
「ああ、モニカと俺だけが生き残っちまってな……」
「そうでしたか……。しかし、貴殿のような方がなぜこのような地で冒険者を? 望めば王宮騎士の指南役だって叶うはずです」
「……色々と事情があってね」
「……失礼しました。詮索するような真似をしたことをお許しください」
マチルダ様は頭を下げて再び拳を胸に当てました。
「貴殿なら実力、人柄共に申し分ございません。正式に採用させていただきます。警護は予定通り明後日の正午に噴水広場に来てください」
こうしてわたしたち、新生テナークス・オルカの初仕事が決定したのですが、わたしはロランさんについて、ほとんど何も知らないことに気付かされました。
過去、ロランさんに何があったのでしょうか。
そこに、彼がたまに見せる陰の答えがあるのです。
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