第43話◆ けんか

 コンコンとノックを二回。


「ただいま、大人しく待っていたかー……かっ?」


 ギルドから戻ってきた俺がイノリの部屋のドアを開けると、彼女とアルカナが取っ組み合いしている最中だった。


「ロ、ロランさん!?」


 俺の顔を見るなりイノリは慌てて掴んでいたアルカナの髪から手を離す。


 すかさず「隙あり!」と叫んだアルカナがイノリの足を払い、「いたい!」と声を上げて床に仰向けになったイノリのお腹の上に馬乗りなってマウントポジションを取った。


「あたしに勝とうなんて百億年はやいのよ!」


 ふふんと勝ち誇ったアルカナは悪ガキがするように鼻の下を得意げに指で擦ってみせる。


「なにやっているんだ……、やめろ」


 俺はアルカナのシャツの襟を掴み、親猫が子猫の首根っこを咥えるみたいに持ち上げる。

 それでも「がるる」と威嚇を続けるアルカナをベッドに降ろしてから俺はイノリに手を差し出した。


「イノリ、大丈夫か?」


「は、はい、大丈夫です」


 打った後頭部を押さえながら彼女は反対の手で俺の手を取って立ち上がる。


「一体何があったんだ?」


「……」


 質問に答えずイノリは黙ってしまった。


 これは彼女にも非があるってことかな? 年頃の女の子同士の喧嘩だ。言えないこともあるのかもな。


「食後のデザートの奪い合いをしていただけよ」アルカナは言った。


「は?」


「ブドウの粒が奇数だったからどっちが最後の一個を食べるかを決めていたの」


 案外くだらない理由だったことに俺は若干驚いている。

 あのイノリが? 普段の彼女なら文句一つ言わずに譲るだろう。しかもたった果実の一粒だ。


「本当なのか?」


「……」


 イノリは答えない。そっぽを向いて俯いている。


 うん、本当のようだ。

 しかしあのイノリがね、こんなことでムキになるなんてね。


 アルカナの登場によって子供らしい我儘な一面が出てきたのは、イノリにとって良い兆候なのかもしれないけれど、ここはイノリをフォローしておいた方がいいだろう。


「アルカナ」


 俺はベッドの上で胡座を掻くアルカナに体の向きを変えた。


「なによ」


「お前は居候させてもらっているんだから少しは遠慮しなさい」


「……だってイノリがいじわる言うんだもん」とアルカナは不満げに口をすぼめる。


「いじわる?」


「働かざる者食うべからずなんて言うのよ、ね? 意地が悪いでしょ?」


 意地が悪いのはお前だろ……。


「……いや、至極まっとうな意見じゃないか。それでも半分は食べたんだろ?」


「それはそうだけど……」


 イノリなら仲良くやってくれるだろうと軽く考えていたが、世界が変わろうと彼女たちが敵同士だった事実は変わらない。すぐに上手くやれるはずなんてないのだ。

 これは彼女たちを残した出掛けた俺の責任でもある。


 早いうちにもう一室、部屋を借りないとな。


「なんなら半分より多く食べたけどさ……」


「しかも多く食べてんのかよ……。イノリにちゃんと誤りなさい」


「えー……」


「今夜は肉にしようかと思ったんだけどな」


「ごめなさい! 次は一粒多くあげるわ!」


 ベッドの上で背筋を伸ばしたアルカナはイノリに向かって頭を下げた。


 ふー、と俺は息を付く。


「さて、話は変わるが新生テナークス・オルカの最初の仕事が決まったぞ。報酬はなんと一週間で百プラタだ」


「百プラタ!」イノリが声を上げた。


「ああ、依頼が正式に決まれば前払いで三割もらえるからその金でアルカナの部屋を契約しに行こう」


「どんな仕事なんですか? 額が額だけに高難度なんじゃ……」


「いや、そんなに難しい仕事じゃないよ」


「で、誰を殺せばいいのよ?」


 アルカナがポキポキと拳を鳴らして野蛮なことを言い出した。


「そういう依頼じゃないから。ただの護衛だよ、伯爵令嬢の」


「伯爵令嬢……」


「ハクシャクレイジョー、変な名前ね、どこまでが名字?」


「名前じゃなくて肩書みたいなもの、あなたの四天王と同じよ」


 ボソッとイノリに指摘されたアルカナの顔が真っ赤に染まった。


「し、知ってるし! ハクシャクレイジョーでしょ!」


「来週の月曜に依頼主と顔を合わせることになっている。その前に――」


 そして俺はアルカナに告げる。


「アルカナの実力を確かめておきたい」

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