第44話◆ ぱんち

「はあ? 実力を見る? 何言ってんの? あんたたちなんかよりあたしの方がずっと強いし」


 辟易とした態度でアルカナは肩と眉をすくめた。


「な、なに言っているの! 少なくても変身しないとダメダメっ子のクセに!」イノリはアルカナを指さして憤慨する。


「ロランさんに捕まったんだからあなたはロランさんより弱いのよ!」


「なっ!? だ、だったらあんたも同じダメダメっ子じゃないのよ!」


 興奮したふたりは牛の角突合いみたいに互いの額を押し当ててぐりぐりやり始めた。


「ふたりとも止めるんだ、無駄に争っても腹が減るだけだぞ」


 ヴー、と唸り威嚇する彼女たちを引き離して俺は頭を掻く。


 やれやれ、こんなに手の掛かるパーティは久しぶりだな。って、俺も《黄金郷》では注意される側だったっけ……。モニカもこんな気持ちだったのだろうか。

 

「とにかくだ、イノリの実力は十二分に知っているし、別にアルカナの実力を疑っている訳じゃないんだ。アルカナがこの中の誰よりも強くてもいい、要は実力を見てパーティの構成を判断したいだけなんだ」


「構成?」


「そう、今は俺が前衛、イノリが後衛でやっている。アルカナがどのポジションが最適かを決めたい」


「そんなのド真ん中に決まっているじゃない! センターよ!」


 アルカナは得意げに腰に手を当てて胸を張る。


「中衛ってことか?」


「いえ……、たぶんそういう話じゃないと思います……」イノリは額に手を当てて息を付いた。


「うん? そういうことだから朝食は湖畔で食べることにしよう」


「えッ!? わざわざ湖畔に行く必要なんてないじゃない! 早くよこしなさいよね」


「朝食はアルカナの実力を見てからだ。焼き立てのバケットが食べたかったらピクニックに付き合ってもらおう。湖畔に着いたら人家がないから思いっきり力を発揮していいぞ。んじゃ、出掛ける準備をしてさっそく行こうか」


「う~……、冷めちゃうじゃないのよ」



 そして、俺たちは街を出て湖畔に向かった。 


 朝食がお預けになってぶーぶー文句を言っていたアルカナだったが、森に入ったら機嫌が良くなって今はすっかりピクニック気分だ。そんな彼女と違うってイノリはしっかりと周囲を警戒できている。

 もう一端の冒険者だ、実に頼もしい。

 守る対象が増えた分、負担も増えるだろうと覚悟していたけど徒労だったようだ。


 湖畔に到着したらアルカナの気分が変わらないうちにさっそく本題に入る。


「アルカナの身体能力はマーケットで見させてもらったから、今度は変身した状態のアルカナの力を見せてほしい」


「しょうがないわね、特別に見せてあげる」


 ふふんとアルカナは鼻を鳴らす。


 これからパーティでやっていくなら特別じゃ困るんだけどな……、まあいいか。


「ああ、頼むよ」


 こくりと頷いた彼女は腰に帯びるワンドを手に取った。胸の前に掲げて目を閉じる。


 ごくりと喉を鳴らしたのはイノリだ。彼女からただならぬ緊張感が漂ってくる。


 警戒するのは仕方がない。変身後に暴れ出して自分たちを始末しようとするかもしれない――、彼女はそれを危惧しているのだ。


 念のために、そう言いたげな顔で俺を見つめたイノリは自分のワンドに手を伸ばす。そんな彼女に対して俺は首を振った。


 アルカナを信じよう、そう目で伝えるとイノリはワンドから手を離して静かにうつむいた。


 アルカナの全身が火炎の渦に包み込まれたと思った直後、炎は消え去り魔法少女が姿を現す。赤と黒で構成された露出の多い衣装、変身の効果なのか容姿も少し大人びた気がする。 

 可愛らしいイノリとは対象的で、どこか蠱惑的な印象を受ける。 


「どう? 見惚れたでしょ!」アルカナの八重歯がキラリと光る。


 うん、どうやら中身は変わらないようだ。なんだかホッとした。


「ああ、いい感じだな」


 当たり障りのない賞賛を送るとイノリがムッと頬を膨らませるのが視線の端で視えた、そんな気がした。


「で、何をすればいいの? 早くしてよ」


「あ、そうか、三分で変身が解けちゃうだったな。えっと、魔法が使えないで身体強化されるんだったよな。それじゃあ、そこの木を殴ってみてくれないか? キックでもいいぞ」


 俺はアルカナの右隣にある針葉樹を指差した。


「分かったわ、全力でいいの?」


「へ? そうだな……、とりあえず半分くらいの力で殴ってくれ」


 俺から視線を切ったアルカナが体の向きを変えて針葉樹の前に立つ。


 すーっと息を吸い込んだ彼女は「えいっ!」という掛け声と共にアカマツの木を殴り、少女の軟な拳と硬い幹が衝突する。

 

 沈黙。

 

 アカマツは微動だにしない。

 空を白い雲がゆっくりと流れ、枝で羽を休めていた鳥がさえずる。


「……」

「……」

「……」


 しばらくしてから一個の松ぼっくりがボトリと落ちてきた――と思った直後、ビュッと風が走り衝撃波が巻き起こった。地面が扇状に捲りあがって木々が波状に薙ぎ払われる。


 一瞬の出来事に俺は言葉を失う。たった一撃で目の前の群落を丸裸にしてしまったのだ。


 マ、マジかよ……。


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